アイアンエンジェル~あの日の旋律

夏目奈緖

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 もっと綺麗に描けばよかったと後悔をしているうちに、黒崎がどこかへ行ってしまった。何もすることが無いまま、所在なく椅子に座って待った。遊んでいるように見えるから、スマホを見ることが出来ない。しかたなく、パソコンへ視線を向けた。

「見ても分からないなあ……」
「お久しぶりです」
「あ……、早瀬さん!」
「退屈しているでしょう?」

 デスクのそばに、早瀬さんが立っていた。一か月ぶりなのに、もっと長い間会っていない気がした。メールでは何度かやり取りしたものの、忙しいだろうから頻繁に送るのを遠慮していた。心もとない気分が晴れて、ホッとした。

「大学には慣れましたか?」
「それがまだだよ。電車通学にも戸惑っているぐらい。やっとペースに乗ったら、学祭があるし」
「来月でしたね。モデルのカメラテストを受けられたそうですね」
「うん」
「着ぐるみパジャマでしたね?」
「そんなことまで話したんだね~。あ……」

 近くに来た人が、早瀬さんへメモを渡した。それと交換するようにして、彼の方からも手元のファイルを差し出した。忙しいだろう。椅子に座り直していると、気にしないように言われた。

「……R&W社の高野さんが午後にいらっしゃるそうです」
「……ありがとう。これを」
「……かしこまりました」

 社員さんが向こうへ戻った後、マーケティング推進室と書かれたファイルに気がついた。秘書から新しい担当になったと聞いている。ますます忙しそうだ。すると、早瀬さんが教えてくれた。自分も新しい環境に戸惑っていることを。

「マーケティング推進室にいます。すぐ近くのデスクです。黒崎ホールディングスでは、数字の分析を担当していました。無理やり秘書にさせられたのが真相です。5年前のことです」
「そうだったんだ……」
「お茶のご用意がまだですね。失礼しました」
「俺の方が断ったんだ。昼ご飯が食べられなくなるからって」
「別腹でしたよね?遠慮なさらず」
「あ……」
「ここでは、召し上がりづらいでしょう。カフェスペースへ移動しましょう」
「う、うん……」

 早瀬さんに案内されて、カフェスペースヘ向かった。声を掛けられる度に、会釈を返して行った。早瀬さんへの熱い視線も感じる。

「すごくモテているねー」
「そうですか?恋人にフラれましたよ」
「ええ?」
「付き合ったのは、3か月だったので。傷は浅いです」

 早瀬さんが付き合うのは男性だと聞いている。黒崎が言うには、可愛らしい大学生だったらしい。ここへ引っ越したことが影響したのだろうか。気が利いたことを返せずにいると、早瀬さんからクスクスと笑われた。

「新しい出会いがありました」
「付き合っているの?」
「いいえ。まだ会ったばかりです。ゴールデンウイーク明けから、マーケティング推進部で働くことになった人です。面接に来ていた時に話して、好きになりました。でも、友達になりたいのが本音です」
「へえーー」

 早瀬さんからプライベートな話題が出るのは、珍しいことだ。秘書ではないから気を遣わなくなったそうだ。そして、2人で話しているうちに、カフェスペースに着いた。
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