上弦の月の天使~結ばれた約束の夜

夏目奈緖

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 藤沢らしくない光景だ。一貴さんが藤沢の肩を掴んだ。俺のことを見てくれと言っている。

「あんたなあ、しつこいぞ!」
「冷たい態度で自分のことを守るな。君のことを理解している」
「女性物のモデルはお断りします。中性的な立ち位置はマーケットが外れるので!」
 
 一貴さんは冷静な様子だ。反対に藤沢は混乱しているようにも見える。去年とはまるで反対の関係だ。

「……桑園怜《くわぞのれい》さんからの希望なんだ。紺地の着物一枚だけでいい。そのイメージに合う。数ショットの撮影と、一回のみのショーだ」
「……一枚だろうが千枚だろうが、俺にとっては同じ意味です。やっとここまで来られたんだ。最後まで貫く……!」

(いつもと違う。やばいかもしれない……)

 自然と前に出て行こうとすると、黒崎から片手で押し留められた。ここに居ろと言いながら。それは出来ない。そう思って身をよじろうとすると、何かが覆いかぶさって来た。それは藤沢の身体だった。まるで縋りつくようにされた。両腕で抱き返すと泣き出したから、胸が痛くなった。

「夏樹。一貴と話してくる。ここで待て」
「うん。待っているよ。……藤沢、どうしたんだよ?ゆっくり話してよ。まだだめ?分かった。怖かった?……聞かないよ。そうだね。あとで家に来いよ。ココアがあるんだ。美味しい珈琲豆もあるからさ……」
「なつ……き……、ありが……」
「大丈夫だよ。こっちの陽当たりに行こうね」

 肩口に埋めた顔からは嗚咽が漏れ始めた。こんなことも初めてだ。藤沢の身体を支えているのに、あまり重く感じない。身長差が縮んだし、俺の力が強くなったからかな?高校1年生の時には、抱きつかれて尻餅をついたのに。背中に両腕を回してさすった。嗚咽が小さくなるごとに、黒崎たちの話が終わっていく。

 一貴さんは最初から冷静だし、黒崎も一貴さんを咎めていない。今の状況を見るだけだと、藤沢だけが混乱している。

「……藤沢。そろそろ行こうか。歩ける?」
「……ごめん。もう大丈夫」
「……普段からしっかりしてるもんね。今日は子供みたいになればいいよ。いっぱい大人がいるからさ……」

 こんな言葉が出てきたのが不思議だ。何かが起きて泣いているのは、滅多に感情を出さない藤沢だからだろうか。

 藤沢が何か言おうとしている。そっと口元へ耳を寄せた後、相づちを打った。今まで堪えてきたのが分かったからだ。

 良いことでしか泣かないつもりだったのに、と言った。今まで大人のふりをしていたのかな。飄々とした姿をして。それを肌で感じていたのに、俺が気づいていなかったのか。

 そう冷静に考えられる自分自身の変化を感じた。今まで泣いている相手を前にすると、どうしようかと戸惑いながら慰めていた。今の俺はそうではなくて、静かに落ち着くのを待っている。まるで黒崎のように。

 こういう面が成長したのなら、上出来じゃないか?そう感じて誇らしくなった。しかし、その直後に目尻から涙が零れたことで、スタート地点へ戻った気分になった。藤沢の涙につられて、自分も泣いてしまった。
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