上弦の月の天使~結ばれた約束の夜

夏目奈緖

文字の大きさ
146 / 514

15-10

しおりを挟む
 吹き抜けた風の中には、古い木の匂いがした。湾沿いからの水の匂いと、周りを囲んでいる木陰があり、一歩敷地を出るとビル群に囲まれているとは思えない環境だ。

 この礼拝堂の鐘の音が鳴るのは、次回は15時だ。お腹に響く感じが発声練習に似ているから、ここへ来ると練習をしたくなる。条件反射的なものだ。

 それを三河さんが知っているから、さっき、木陰で練習してもいいよと声を掛けられた。たまには違う環境だと、気分が変わるだろう?と。
 
「三河さんも歌うもんね。讃美歌以外のジャンルは?聞いたことがなかったね」
「民謡が好きだ。……ここで歌ってくれる約束だよ?いつ歌ってもらえるんだ?讃美歌のことだよ」
「タイミングが合わないもん。みんなの前でって」
「そうだなあ。大学もバンド活動が始まるからな。……黒崎さん、ゆっくり出来たようだね」
「うん。いつも、ありがとうございます」
「いえいえ。それこそいつでも……」

 黒崎は一人で礼拝堂に入っている。こうしてさり気なく、黒崎のことを一人にしている。ただ静かに天井を仰ぎ、ステンドグラスを眺めている光景は、いつの間にか馴染んでいた。

 どういう事を思い浮かべているのかは、聞いたことが無い。忙しい中、ああやって折り合いをつけているのかな?と、そう思っている。

 口数が少ないし、家の中では物静かにしている。取り巻いているものが多いからこそ、子供の頃から落ち着いている。お義父さんがそう話していた。

(けっこう知っているんだよ。黒崎さんのこと。あまり話していないっていうわりには。本当にそうなのかな?うちのお父さんとのパターンが似ているんだけど……)
 
 お互いに会話が無かったと言うわりには、知っていることが多すぎる。もの静かな人同士、通じ合うものがあると思う。大人と子供でも。

 父と俺の考え方が似ていることに気づいたのは、いつのことだったか。そう多くは話していないのに、お互いに覚えている事が多い。それを黒崎に話すと、そっくりそのままだと笑われた。弁護士を目指さないか?と、昔、父にしては珍しいことを言われたことがあり、納得できた。

(僕は人から嫌われても構わないって、お父さんも言っていたのか……)

 誰とでも気軽に話すし、飲みに行くことも多いから意外だった。仕事だけの話しているのではないよと言っていた。どうやって心を落ち着けているのだろう?今になって、聞きたいことができた。

「夏樹君。どうしたんだ?」
「うちのお父さんのことを思い出したんだ。え?縁起が悪いって?そう言う方が、かえって縁起が悪いだろ~」
「君と話していると、ぽんぽん返って来るね。面白いよ。もう少し外に居ようか」
「ありがとう。ここでやろうかな?ああーーって」

 扉の向こうを覗いてみると、黒崎が立ち上って、天井を仰いでいた。そろそろ出てくるだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

サラリーマン二人、酔いどれ同伴

BL
久しぶりの飲み会! 楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。 「……え、やった?」 「やりましたね」 「あれ、俺は受け?攻め?」 「受けでしたね」 絶望する佐万里! しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ! こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

【完結】お義父さんが、だいすきです

  *  ゆるゆ
BL
闇の髪に闇の瞳で、悪魔の子と生まれてすぐ捨てられた僕を拾ってくれたのは、月の精霊でした。 種族が違っても、僕は、おとうさんが、だいすきです。 ぜったいハッピーエンド保証な本編、おまけのお話、完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! トェルとリィフェルの動画つくりました!  インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのWebサイトから、どちらにも飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

没落令息はクラスメイトの執着に救われる

夕月ねむ
BL
突然父親の爵位がはく奪され、帰る屋敷も家名も失ったローレンス。貴族が集まる学院の寮からも放り出されるところだった彼を、クラスメイトのアルフレッドが引き留める。 「侯爵家の私であれば、従者をひとり授業に同席させることができる」と言って。 アルフレッドの従者となったローレンス。けれどその二年後、彼らの関係は再び大きく変わることとなった。 ※FANBOXからの転載です。 ※他サイトにも投稿しています。

処理中です...