上弦の月の天使~結ばれた約束の夜

夏目奈緖

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16-1 新しい春のはじまり

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 4月4日、木曜日。21時半。

 パソコン画面のデジタル表示を見て、まだこんな時間なのかと軽く驚いた。仕上がった資料を眺めると、もっと時間が経っていると思ったのに。この時間から家の中が静まり返るのは、珍しいことだ。それはそのはずで、お互いに急いで済ませたい用事があるからと、リビングと書斎に分かれて籠っている。

「よし。これで仕上がった~。休憩しようっと」

 疲れた肩をまわした後、眼鏡を外して、大きく伸びをした。天井を見上げると、ノルタルジックな照明が並んでいる。裸電球を切子ガラスで囲ったものだ。そして、壁に取り付けてあるのが、年代物の鳩時計だ。リビングの居心地が、いっそう良くなった。

 4月に入ったとはいえ、夜はまだ肌寒い。カーディガンを羽織り直して、キッチンへ珈琲を淹れに行った。あとで黒崎にも持って行こう。疲れているから、カステラも。ほんの少しなら食べられる。

 珈琲メーカーからの音を聴きつつ、明日のおやつの準備を始めた。久しぶりに焼いたマフィンを包んで、それぞれ紙ぶくろへ入れた。悠人達が食べる分だ。

 テーブルには、パソコン、資料ファイル、パンフレット類を置いてある。レポート課題、絵本の連載分、そのどちらにも当てはまらない、珍しい事をやっている。うちの大学の教授について、授業の傾向と対策をまとめる作業だ。これらを冊子にして、新入生に渡す。データではないのは伝統だ。

 既に履修登録が済んでおり、単位を取る難しさの程度と、生徒から見た教授の評価の一覧は手に入れている。今回作っているのは、それに追加して、授業の傾向をまとめた。俺達も先輩から貰ったから、同じように作っている。

「大学生は遊べるって聞いたけどさ。全然そんなことはなかったよ。ふう……」

 一年生のうちに、なるべく多く単位を取ろうとした結果ではある。何が起きるか分からないし、学業に集中したいという気持ちが大きかったからだ。人づき合いが下手くそな自分としては、気にならない状況に追い込みたかった。しかし、実際に通ってみると、楽しく過ごせた。

「とうとう4年生か。開き直ったのが不思議だなあ。なんやかんや不安だったのに。すっきりしたよ……」

 4年生に上がることが不安だった。年末からネガティブな感情が起きていたのに、すっかり元通りになった。明日が新学年の授業開始日であり、学科内の顔ぶれに変化はなくても、フレッシュな環境になる。そういう事だろう。要は気の持ちようだという、実体験ができた。

 4年生からは、授業の流れに変化がある。実験と野外演習、レポート提出が大半を占めるようになる。週3日は実験の時間だが、必ずあるわけではなく、次の週はレポートを書くために休みになる。これが絶妙なバランスで、仕事との両立がしやすい。

 実験グループでは、悠人とセットになっている。そそっかしい本人からの希望であり、教える側も、それがいいと推した。俺が慌てないタイプだからだ。

 ただし、のんびりし過ぎているから、日下がグループの調整役を担っている。矢代が細かく観察して記録をつけて、悠人が高い知識と計算力を発揮する。俺の役目は、レポート作成だ。みんなの能力をかき集めるという、これもまた絶妙なバランスだ。
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