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5月9日、木曜日。午前5時半。
朝ご飯を作っているところだ。いつもより一時間早く起きて、今日という初出勤日に備えた。昨日までに準備を済ませてあるから、普段通りで構わない。気が張って眠れなかったのが本音だ。昨夜は早めにベッドに入ったものの、うとうと微睡むだけで朝を迎えたわけだ。眠気が起きないどころか、目が冴えている。
昨夜は黒崎も早めにベッドに入った。風邪を引いた時しかないパターンだ。カウンター越しに振り向き、黒崎へ声をかけた。
「昨夜はありがとう。気を遣ってくれたんだろ?」
「いつものことじゃないか」
「だって。22時前だったよ?」
「その時間に抱いているぞ」
「そういう意味じゃないよ~。はいはい、スープを取りに来てよ。今朝はトマトと卵だよ」
「眠れなかったのか?妙に目覚めがいいようだ」
「うん。気づかないふり、ありがとう」
「何のことだ?……天気予報が晴れだぞ。今朝の星占いも見ておけ」
「うへへ。こっちに来てよ」
分かりやすい嘘をつかれて、”はい、そうですね”とは、済ませたくない。そばに来た黒崎の背中に両腕を回して、ぎゅっと抱きついた。シャワーを浴びた後だから、まだ身体が熱い。首筋へ顔をすり寄せると、彼の方からも両腕が回された。ぽんぽんと叩いたり、背中を撫でてくれた。そして、耳元で笑い声を立てられた。
「デビューする時の方が、緊張しただろう?正式に契約を結びに行った日のことだ。今日は一人だから、緊張しているのか?」
「あの時は現実感がなかったんだ。夢のまた夢だと思っていたから。渋谷のモニターを観に行った後、現実感しかなくなった。……今日は現実からスタートしたんだ。予行練習をしているし。村山さんと……」
「拓海兄さんの教師役を務めた人だ。それもあって、少々は注目を向けられている。それだけのことだ」
「うん。挨拶だけは自信があるんだ。デビュー前からやって来たもん」
「初出勤のわけがない。お前は一人前の社会人だ。大勢の中で責任を果たしている。どうして怖い?そう見えるぞ」
「ぎく……」
何がどうとは、具体的な言葉が出て来ない。初めて踏み入れた大人の世界が、音楽業界だ。全く異なる世界へ入るから、戸惑いはあって当然だ。俺にはコラボ商品を作る感覚で来てもらう。それが開発部の受け取り方で、すでに浸透しているそうだ。きっと、俺だけが気負っているのだろう。
「理由が分かったよ。気負っているからだよ」
「その通りだ。ソロの楽曲とバンドの分を聴き比べて、感動しただろう。成長したということだ。……うちの役員連中は、大っぴらには話題に出さないが、お前の歌を聴いている。……お前の本業は歌手だ。悠人君の演奏で歌うボーカルだ。しっかりしろ」
「いてて。くすぐったいよ~」
「今日は俺の17年前のネクタイを締めるだろう?これもついでだ」
首筋に噛みつかれて、舐められた。嫌な予感がした通り、小さな痛みが起きた結果、襟元から見えない位置に、キスマークを付けられてしまった。
黒崎から贈られた”初出勤ネクタイ”の下には、愛情という名の、”意地悪の印”が存在することになった。どこまでも独占欲の塊だ。お返しに、黒崎の首筋にもキスマークをつけてやった。
朝ご飯を作っているところだ。いつもより一時間早く起きて、今日という初出勤日に備えた。昨日までに準備を済ませてあるから、普段通りで構わない。気が張って眠れなかったのが本音だ。昨夜は早めにベッドに入ったものの、うとうと微睡むだけで朝を迎えたわけだ。眠気が起きないどころか、目が冴えている。
昨夜は黒崎も早めにベッドに入った。風邪を引いた時しかないパターンだ。カウンター越しに振り向き、黒崎へ声をかけた。
「昨夜はありがとう。気を遣ってくれたんだろ?」
「いつものことじゃないか」
「だって。22時前だったよ?」
「その時間に抱いているぞ」
「そういう意味じゃないよ~。はいはい、スープを取りに来てよ。今朝はトマトと卵だよ」
「眠れなかったのか?妙に目覚めがいいようだ」
「うん。気づかないふり、ありがとう」
「何のことだ?……天気予報が晴れだぞ。今朝の星占いも見ておけ」
「うへへ。こっちに来てよ」
分かりやすい嘘をつかれて、”はい、そうですね”とは、済ませたくない。そばに来た黒崎の背中に両腕を回して、ぎゅっと抱きついた。シャワーを浴びた後だから、まだ身体が熱い。首筋へ顔をすり寄せると、彼の方からも両腕が回された。ぽんぽんと叩いたり、背中を撫でてくれた。そして、耳元で笑い声を立てられた。
「デビューする時の方が、緊張しただろう?正式に契約を結びに行った日のことだ。今日は一人だから、緊張しているのか?」
「あの時は現実感がなかったんだ。夢のまた夢だと思っていたから。渋谷のモニターを観に行った後、現実感しかなくなった。……今日は現実からスタートしたんだ。予行練習をしているし。村山さんと……」
「拓海兄さんの教師役を務めた人だ。それもあって、少々は注目を向けられている。それだけのことだ」
「うん。挨拶だけは自信があるんだ。デビュー前からやって来たもん」
「初出勤のわけがない。お前は一人前の社会人だ。大勢の中で責任を果たしている。どうして怖い?そう見えるぞ」
「ぎく……」
何がどうとは、具体的な言葉が出て来ない。初めて踏み入れた大人の世界が、音楽業界だ。全く異なる世界へ入るから、戸惑いはあって当然だ。俺にはコラボ商品を作る感覚で来てもらう。それが開発部の受け取り方で、すでに浸透しているそうだ。きっと、俺だけが気負っているのだろう。
「理由が分かったよ。気負っているからだよ」
「その通りだ。ソロの楽曲とバンドの分を聴き比べて、感動しただろう。成長したということだ。……うちの役員連中は、大っぴらには話題に出さないが、お前の歌を聴いている。……お前の本業は歌手だ。悠人君の演奏で歌うボーカルだ。しっかりしろ」
「いてて。くすぐったいよ~」
「今日は俺の17年前のネクタイを締めるだろう?これもついでだ」
首筋に噛みつかれて、舐められた。嫌な予感がした通り、小さな痛みが起きた結果、襟元から見えない位置に、キスマークを付けられてしまった。
黒崎から贈られた”初出勤ネクタイ”の下には、愛情という名の、”意地悪の印”が存在することになった。どこまでも独占欲の塊だ。お返しに、黒崎の首筋にもキスマークをつけてやった。
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