上弦の月の天使~結ばれた約束の夜

夏目奈緖

文字の大きさ
202 / 514

18-6

しおりを挟む
 午前9時。

 京橋駅で下り、徒歩数分で目的地に到着した。黒崎製菓だ。何度も訪ねている本社ビル前で、深く深呼吸をした。開発部のオフィスへ行くのは、30分後だ。まだ早過ぎるから、受付ロビーで待つことにした。わくわくしているのに、緊張している。

 沢山の人が行き交う光景を眺めながら、17年前の光景を思い浮かべた。当時の黒崎は、今のような気持ちで出勤しただろうか?

(たぶん違う。俺は恵まれている。お義父さんからも送り出されたから……)

 胸元には、黒崎の”初出勤”ネクタイを締めている。深川さんから贈られた物で、実はお義父さんが頼んだのが真相だった。グレーと青が混ざった生地に、数本のストライプが入っている。ネクタイが明るめだから、スーツは暗い色味を選んだ。黒崎が着ているイメージだから戸惑ったものの、鏡で見ると似合っていた。

(今日は社員証を受け取るのか。来訪者用じゃない。嬉しいなあ……)

 あんなに緊張したくせに。いそいそと受付へ向かうと、沢山の視線を感じて、軽く息を吸った。そして、背筋を伸ばす意識をして、カウンターへ向かった。

 すると、傍にいる人から声を掛けられた。その人は、営業企画部の枝川さんだった。さっそく挨拶すると、軽く首を振って笑われた。

「そんなに緊張しないでください。怖がらないで」
「いえ、そんな……」

 どこかで見た光景だと不思議に思うと、あることを思い出した。このロビーのソファーで黒崎のことを待っていた時に、枝川さんからナンパをされた事があった。案内するよと誘われて、何度も繰り返しガードをしていると、黒崎が登場した。その後で、枝川さんは黒崎から恐ろしい目に遭ったそうだ。聡太郎からの情報による。まさか話題に出すわけにはいかない。

 あの頃とは印象が変わり、話し方まで違うから戸惑った。向かい合う佇まいからして違う。黒崎や早瀬さんとも違う。落ち着き払っているのは同じだ。

「今日からお世話になります」
「こちらこそ。デビューステージ以来でしたね。一年半ぶりだ」
「去年の夏に訪ねて来て、お見かけしました。お忙しそうでしたので、ご挨拶が……。俺、さっき可笑しかったですか?たくさんの人に見られました。企業は慣れなくて……」
「いえ。そういうことはありませんよ。初めて会った時を思い出しました。成長した。大きくなった。そう呟きそうになりました。どうぞ、ご案内いたします」
「いえ。お構いなく……」
「ナンパをしませんので。恐ろしい目に遭いたくない」
「あの節は……」
「ええ。叱られて反省しました……」

 黒崎のことだろう。控えめな笑顔で頷くと、軽く笑い声を立てられた。そばにある柱の鏡へ視線を向けても、スーツに乱れがない。普通の表情もしているのに。ここは、先輩に聞くべきだ。

「やっぱり、可笑しいところがありますよね?教えて頂けませんか?」
「黒崎常務に似ているからだよ」
「ええ?」
「顔立ちが違うけど、そっくりそのままの空気感だよ。桜木君から聞いた通りだ」
「初めて言われました。そうでしょうか……」
「常務の家の方だと分かるよ。ロビー内にいる社員も納得している。だからこそ、堂々と胸を張って行こう!」
「はい!ありがとうございます」
 
 ばしっと背中を叩かれたことで、ロビーの空気に溶け込んだ。そして、枝川さんが周りへ視線を向けた後、動物園のカンガルー状態が消えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

サラリーマン二人、酔いどれ同伴

BL
久しぶりの飲み会! 楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。 「……え、やった?」 「やりましたね」 「あれ、俺は受け?攻め?」 「受けでしたね」 絶望する佐万里! しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ! こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。

【完結】お義父さんが、だいすきです

  *  ゆるゆ
BL
闇の髪に闇の瞳で、悪魔の子と生まれてすぐ捨てられた僕を拾ってくれたのは、月の精霊でした。 種族が違っても、僕は、おとうさんが、だいすきです。 ぜったいハッピーエンド保証な本編、おまけのお話、完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! トェルとリィフェルの動画つくりました!  インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのWebサイトから、どちらにも飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

没落令息はクラスメイトの執着に救われる

夕月ねむ
BL
突然父親の爵位がはく奪され、帰る屋敷も家名も失ったローレンス。貴族が集まる学院の寮からも放り出されるところだった彼を、クラスメイトのアルフレッドが引き留める。 「侯爵家の私であれば、従者をひとり授業に同席させることができる」と言って。 アルフレッドの従者となったローレンス。けれどその二年後、彼らの関係は再び大きく変わることとなった。 ※FANBOXからの転載です。 ※他サイトにも投稿しています。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

処理中です...