上弦の月の天使~結ばれた約束の夜

夏目奈緖

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 そこから歩いて来たのは二葉だった。イケメン度が増している。そして、黒崎によく似た嫌味たらしい笑顔のままで、俺のことをイジッてきた。

「黒崎くーーん。ビービー泣いているのか?」
「泣いていないよ!」
「男は泣くな!」
「関係ないよ。どっちでもいいだろ?」
「そうだよ。どっちでもいい。歌手でもサラリーマンでも。君は歌手の方がいい。俺はそう思う。早瀬さんーーー。俺もーー」

 二葉が早瀬さんの元へ走って行き、悠人ごと抱きついた。そこでまたサンドイッチの具になり、きいいいいっと声を上げたから、俺達の笑い声が重なった。

 ひと通りの大騒ぎをした後、さすがにマズイと焦った。ここは会社のロビーだ。そんな俺のことを抱き寄せて、黒崎が嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「TDDの密着取材中だから問題ない。カメラと照明スタッフがいる」
「ええ?本当だ。気がつかなかったよ……」

 悠人も知らなくて、泣き顔を誤魔化し始めた。久弥のシャツで顔を拭き、かえってカメラのレンズを向けられてしまった。

 その光景を見ている黒崎の姿を見て、胸の鼓動が高鳴った。印象が変わったからだ。明るいスーツの影響だろうか?ずっと柔らかい雰囲気を持っている。驚いて見上げると、どうしたんだ?と笑われた。

「イメージが変わったんだけど?気のせい?」
「恐ろしい目に遭わせる、黒崎常務のことか?たまにそうなろうか」
「どういうことだよ?……あれ?晴海お兄ちゃん!」

 深川さんと歩いて来たのは、晴海さんだった。ゲラゲラ笑っているから、目を疑った。やっぱり度が合っていないのか?これは現実であり、笑い掛けてくれた。そして、深川さんの方を向いて、黒崎の印象が変わったと声を掛けると、感慨深そうに見つめられた。晴海さんもそうだと思うと言った。

「拓海君に見える。君達の言う通りだ。スーツの色味だな」
「そうですよね」

 すると、晴海さんが黒崎のそばに立った。お互いに笑いかけ合っている。

「……俺が言うから間違いない。お前は拓海兄さんと似ている。今のように笑っておけ。……なんだ。話し出すと、圭一だな。可愛げのない。……兄さんと働く約束を果たせたじゃないか。副社長の就任おめでとう。兄さんと同じポストだ。お前の方が就任が遅かったな。ああー、怖い。失礼するよ」

 これで言いたいことが済んだと言い、晴海さんがエントランスを出て行った。その後ろ姿が潔くて、男としてシビれた。悠人も同じことを言い、ため息をついた。まるで双子だなと久弥が笑い、爆弾発言を落としてくれた。

 今日の姿を見ると、俺が普段の黒崎と似ているという話だ。そばにいる本物を見上げると、微笑み方の違いが一目瞭然だった。優しいと思った。ということは、俺は嫌味たらしいのか?

「一緒に働けてよかったね。拓海さんもここにいると思うよ」
「それが叶った。これで今日の仕事は終わりだ。もう疲れた……」
 
 黒崎が肩を回して姿勢を直した後、普段通りに戻った。嫌みたらしい笑顔をしている。さっきまで、会社での顔をしていたのか。その早変わりの様子に驚き、あんたは役者かと、悲鳴をあげた。
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