上弦の月の天使~結ばれた約束の夜

夏目奈緖

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18-16

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 15時半。

 撮影スタッフが撤収し、俺達も本社ビルを出るところだ。TDDの密着取材の件を知らなかったのは、俺と悠人だけだった。枝川さんや聡太郎、開発部の室長、須賀部長も了承済みだ。みんな演技が上手いと思った。どんと構えているという事だ。

 聡太郎が、社内で小型カメラを回していた。蕁麻疹の騒ぎや、カップを投げている時は、みんなで交代で担当したという。再来年は広報部のPR部署を希望しているから、実績づくりとして名乗りを上げたそうだ。ステージを経験している分、アングル取りが上手いことをカメラマンから褒められていた。ステージから観た視点だという。

 俺達はあのままロビーで撮影を続けた。受付カウンターで話しているところや、エレベーター待ちのシーンも。そして、イケメンだと声を上げられて、狼狽えている姿も追加された。これは要らないと長谷部さんに泣きついたのに、突っぱねられた。

 枝川さんからは突っ込まれて、調子が悪かった。イケメンだと言われて嬉しがっていたくせにと。あの時の、黒崎の意地悪そうな笑いを忘れられない。
  
「一貴お兄ちゃん。黒崎さんから頼まれていたよね?オフィスで預かるか、一緒に家にって。あれは仕込みだったの?」
「預かる予定通りだ。ただし、明日の就任式当日の帰りだ。バレないように話していた。お父さんも圭一も留守にする。俺と一緒に居よう」
「……留守番は危ないんだね。子供じゃないから素直に聞くよ」

 ここで理由を詳しく聞かないでおく。必要だからそうしている。子供じゃないと、駄々をこねることも止める。プラセルのオフィスで過ごせるのは、新鮮な気分だろう。そう思って素直に頷くと、よかったと胸を撫で下ろされた。

「君のことを納得させて預からないと、圭一に会社を潰されかねない」
「意地悪な人だねえ。そんな事を言わなくてもいいのに」
「いいや。何か起きても、駆け付けることが出来ない。大事を取って、俺に預けるんだろう。会議中は寂しいだろうけど、我慢してくれるか?」
「そんな……」
「そうか……。寂しいのか。下の階だぞ?秘書に付き添わせる」
「嫌だよーー」
「秘書は優しい男だ。話し相手にさせよう。年も離れていない」
「そういう意味じゃないって。子ども扱いしないでよ~。あ……、それとこれとは別だって!」
「いけません。お兄ちゃんの言うことを聞いて下さい。伊吹君には程遠いけどね」
「お兄ちゃん……」

 初めての発言のはずだ。自分のことを兄貴だと口にするのは。今回は本気だ。じーんと感慨深く見つめると、すっと手が伸ばされて、頭を抱き寄せられた。そして、頭の上に顎を乗せて、カチカチやられて振動が伝わってきた。伊吹にやられるから逃げていた行為だ。嬉しいのに、身じろぎして逃げるふりをした。 

「お兄ちゃーん。やめろって。痛いんだけど~」
「もっとやらせろ。憧れていたんだ。弟か妹にやるのが。この年で両方が叶った。二葉は弟だけど」
「いつやってあげたんだよ?昨日とか?」
「まだやっていない。嫌われたくないしな」
「ここでやったらいいよー」

 ロビー内に居たはずだ。2人で見回して探すと、カウンターで書類を受け渡していた。少し話すぐらいはいいだろう。家に帰った後は、タイミングを外してしまう。

 さっそく近くへ連れて行くと、嫌そうな顔をされた。しかも、来るなと言い放されてしまった。何かやったに違いない。一貴さんの腕を引っ張ったのに、彼の方も動こうとしない。誤解を解こうと思ったが、逆効果になりそうだ。

「仕事中だね。帰った後に……」
「気にしないで、これから仕事帰りだから。お兄ちゃん!あんたなあー、俺にキスをするなよ!」
「ええ?お兄ちゃん、マジでやったのかよ?……伊吹お兄ちゃんが勧めたのは、黒崎さんからの、頬へのキスだよ~。口にしたの?オデコか……。二葉、許してあげてよ。ここは会社だよ。やめろって!」

 一貴さんが謝ろうとしている。しかし、一貴さんが二葉の肩を引いて向かい合ったから、台無しになった。謝りたいのだろう。しかし、こういう方法は、やめるべきだ。喧嘩を売っているように見える。二葉が抵抗して、ブーブー文句を返した。その後、俺の周りで追いかけっこを始めたから放置した。

「あの二人は放っておくよ~」

 悠人達のそばへ行った後、もう一人居ないことを寂しく感じた。お義父さんのことだ。先月末で引退し、新体制の就任までの数日間、深川副社長が業務代行した。就任式には出席しないと決めているそうだ。ここまで避けなくてもいいだろう。黒崎が2回も勧めたのに、出ないと言った。

 黒崎がエレベーターから降りて来たのに気づくと、すでに彼が俺の隣に立っていた。目立つのに、気配を消すことが出来る人だ。

「あんたは忍びかよ?……あーあ。頑固だもんねえ。誰かに似ているよ」
「俺のことか?どうしたんだ?」
「お義父さんのことだよ。どうしても就任式に出ないっていうからさ」
「夏樹。……副社長へ来てくれ。後から家まで送らせる」
「分かった。ゆうとー、お兄ちゃん。先に帰っていてね」
  
 悠人達へ声を掛けて、エレベーターへ乗り込んだ。周りから視線を浴びたのは一瞬で、すぐに時間が動きだした。黒崎が拓海さんの真似をしているらしく、柔らかい空気を作り出しているからだ。なんて器用な人だろう。エレベーターの中は逃げ場がないから、黙ってついて行った。
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