上弦の月の天使~結ばれた約束の夜

夏目奈緖

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 そこで、まさかという発想が浮かんだ。このお菓子を送ってきたことを、当時の嫌味だと受け取っていないだろか?手紙を読むまでには、復刻版を製造したのは知っていた。

「聞きづらいことがあるんだ。答えなくてもいい」
「珍しい遠慮だ。泣いているのか?そういう質問か?」
「うん。近いよ。これを送ってきたとき、嫌味だと思った?バーテルスさんの家とは縁があるけど。あんたの受け取り方次第だよ。手紙を読んだ後で嬉しそうにしたんだよ?」
「……そこまで深く受け取らなかった」

 これは本音だ。ほんの僅かだが、ハッとした顔をされた。全否定ではなかった。黒崎がネガティブになっている。心に突き刺さっているのも本音だ。

 黒崎の判断が全て悪いのか?経営のためだろう?退職する社員を少なくさせるためにやったことだ。

 黒崎は好きなことを仕事にできた形だ。レストラン事業を引き継ぐことを、黒崎製菓グループから勝ち取った。その時にはどう思っただろうか?犠牲にした後の夢だったと受け取ったのか?だから、冷たい水たまりができたのか。現実をいうものを知ったことで。

「黒崎さんはアントン君を犠牲にしたの?レストランを作りたいから、急いでやったってことで」
「認める。どうしても欲しかった。自分でゼロから立ち上げればいいことだ。大きな間違いだ。頭を下げることをしていない。すでに建っている城の主になった。……これは見栄だ。……黒崎製菓で秘書をやって一人前になり、企業を任された、22歳になったばかりの経営者だ。伊吹君は違う。一から築き上げた」
「一貴さんのことは?」
「すごい人だと思っている。正直な思いだ」

 黒崎から本音が出てきた。伊吹は誰のことも蹴落としていない。鬱陶しいぐらいの自社と自己アピールで登ってきた。だからこそ応援団がいて、ワタベ電機の社長からも見込まれた。島川社長からの本気の妨害に堪えて、しかも、戦わずして乗り越えた青年だ。

 ここで、俺の方から否定をしたい。そばで見てきたことと、一貴さんから聞いたこと、早瀬さんの話、遠藤さんから聞いたことをまとめる。全てに共通しているのは、黒崎が優しい人だということだ。

 レストラン事業は大変なものだった。どうしてわざわざ引き継いだのかと多方面から驚かれたし、黒崎製菓にいればいいのに、跡取り息子としてと言われた。そういう話題を会食で出されても、柔らかくスルーした。社員や店頭スタッフには丁寧に接する。お義父さんと深川さんからは、何も聞いたことがない。今さら言わなくてもいいのだろう。

「黒崎さーん。あんたは凄いんだよ?俺がまとめてみた。……どれだけの社員数を担いだんだよ?責任の幅が広いよ。……お兄ちゃんはあんたから刺激を受けた。……新卒で就職するのが怖かったんだって。頭を下げるのが嫌だから。取引先には下げるのは、業績を上げたいから。上司と先輩は嫌だって。……一貴さんは頭を下げたくないから、仕事の妨害ばかりした。あんたはしていないだろ?傷つけていないんだ!……うん。興奮しないようにするよ」

 黒崎から背中をさすられたままだ。俺の方が慰められている。どうしてだろう?変な顔をしているのか。黒崎がそうできないから、俺が代わりにしている。そういうことにしよう。百面相が長所になった。
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