上弦の月の天使~結ばれた約束の夜

夏目奈緖

文字の大きさ
465 / 514

27-5(黒崎視点)

しおりを挟む
 16時半。

 母のモデルスクールの事務所の前で、タクシーを降りた。約束の時間まで30分近くある。この辺りの華やかな街を歩いてみよう。

 事務所を見て意外に思った。外観を中心に改装したと聞いたが、全体的に重苦しさのある空気に包まれていた。正面玄関は整えられている。女性が好みそうなデザインだ。母の希望だろう。

 ここに来る前、あえて裏の通用口沿いの道を走らせて到着した。その通用口を見ると、とても管理が行き届いているとは言えない状態だった。出入り口の外に傘が乱雑に立てられて、ゴミ袋まで置いてあった。どこで取引相手が見ているのか油断できない。通りかかるだけで丸見えの建物だ。自宅はどうでもいい。

(清掃会社に依頼する経費を惜しんでいるのか?それなら、トップの母がやればいい。やるわけがないか。華やかな表舞台の住人としての、看板になりたがっている人だ……)

 地元で開いていた教室は、スタッフの男性が運営していた。そして、当時の母名義の銀行口座には、別の男性名で毎月振り込みがあった。

 なぜ知ったのか?都内に引っ越してきた頃、朝陽が荷物の中から通帳を見つけたからだ。二葉と朝陽の学費だと表に書かれていたから、躊躇なくページを開いたそうだ。当面の生活費を、ここから出せばいいと、俺に話すために。

 そして、振込名を見てショックを受けた。朝陽の学校の教師だったからだ。漢字は分からないが、おそらく本人だろう。担任ではないという。理由を母に聞いた時は、教室の月謝だという話だった。そうではない気がしている。

(どういう流れで付き合いが始まったんだ……)

 担任教師との面談で出向いた日ぐらいしか思い当たらない。俺との再会後から、男性関係が派手になったようだ。

 この話には、夏樹がショックを受けた。自分が引き合わせたからだと思っているに違いない。一切口に出すことがなかった。二葉と朝陽が来たことを否定することにもなる。

(俺の方の判断ミスだ。あの人は、自分で選択しない選択をしてきた……)

 これらは母の問題だ。俺に声をかけて名乗る選択をしたのは母だ。唯一のことか?俺も会いに行く選択をした。夏樹はその手伝いをしてくれた。それを受け止めたのは、俺の選択だ。

 どうしてだ?あのモデル教室を調べることをしなかったのは。知人のツテを使えば容易いことだった。朝陽の学校教師との関係も知った。経営の実情と親子関係も。最初から分かっていた気がする。しかし、俺は気づかないふりをした。

 これが母への情というものか?無条件で愛されると思い込んでいた。同じ家に暮らしていた当時は、母には心の余裕がなかった。体調も悪かった。これから打ち解けていけばいい。自分という息子がいて、母のことを守る力を持っている。それらは全て偽物だった。

 ガーーーーー。

 ブランドショップが建ち並ぶ通りを過ぎた。フラワーショップが、この通りに街に彩り豊かな花を添えている光景の中に入った。

 カフェのガラス壁に映る自分は、ここには似合わない色味のスーツを着ている。黒に近い紺色だ。夏樹と並んで歩けば溶け込むだろう。不思議だ。今の自分の表情が悪いのか?とても穏やかではいられない。

(なんて顔をしているのか。二葉と朝陽が家で待っている。夏樹が付き添っている。今日は一貴が家にいる。親父は書斎にいるだろう……)

 俺の年でもサポートが必要だったのか。自分では分からなかった。これから母に、2度目の別れを告げに行く。ただ話をするだけだ。これほど重苦しいものだったのか。

(俺ことを産みたかったのか?それを質問したことがない……)

 自分は望まれて生まれてきたのだろうか?ふとした時に考えていた。今は気づいたことがある。俺のことを待ってくれていた人が、必ずいたことを。

 たとえ母が望んでいなくても、生まれてくる赤ん坊の自分を取り上げた人がいる。医師だ。では、父はどうだろうか?当時の言動は想像でしかない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

サラリーマン二人、酔いどれ同伴

BL
久しぶりの飲み会! 楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。 「……え、やった?」 「やりましたね」 「あれ、俺は受け?攻め?」 「受けでしたね」 絶望する佐万里! しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ! こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

【完結】お義父さんが、だいすきです

  *  ゆるゆ
BL
闇の髪に闇の瞳で、悪魔の子と生まれてすぐ捨てられた僕を拾ってくれたのは、月の精霊でした。 種族が違っても、僕は、おとうさんが、だいすきです。 ぜったいハッピーエンド保証な本編、おまけのお話、完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! トェルとリィフェルの動画つくりました!  インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのWebサイトから、どちらにも飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

没落令息はクラスメイトの執着に救われる

夕月ねむ
BL
突然父親の爵位がはく奪され、帰る屋敷も家名も失ったローレンス。貴族が集まる学院の寮からも放り出されるところだった彼を、クラスメイトのアルフレッドが引き留める。 「侯爵家の私であれば、従者をひとり授業に同席させることができる」と言って。 アルフレッドの従者となったローレンス。けれどその二年後、彼らの関係は再び大きく変わることとなった。 ※FANBOXからの転載です。 ※他サイトにも投稿しています。

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

処理中です...