上弦の月の天使~結ばれた約束の夜

夏目奈緖

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 いくら言葉で言ったとしても、親子の縁を切ることができない。何か起きれば子供が動くことになる。誰が見ても、黒崎が用件を済ますものだと、何かあった時の関係者は判断する。それが分かっているからこそ、黒崎の中で親子喧嘩ということにした。それが全ての理由ではない。

「……親子喧嘩のことか?そうではないと、再会した時に精神的な負担になりそうだ。必ずそうなる。さようならはできない。向こうはそう思っていなくても。もっと年を取れば、身体が動かなくなる。近くの他人が存在するとは限らない」
「うん。階段から転ぶとか。玄関でつまづくとかあるよね。絵理奈ちゃんのおじいちゃんが、同じことになったそうだよ。いつまでも入院できないからって。じっかもそうだよ。全く行き来していないのに、お父さんが……」
「すまなかった。先に思い出させた」
「こっちこそごめんね!せっかくいい感じで帰っているのに」

 中山の祖父の身体が弱ったことで、いじめられた母が世話を焼くようになった。とは言っても、たまに祖母宛に連絡するぐらいだ。向こうから送ってきた菓子を受け取って、お返しを送るという付き合いだ。そして、祖母が踊りで使っていた時の稽古着を、マメに洗濯して保管している。まだ実家に残っている分だ。祖母が母に習わそうとしたからだ。

 万理の事件が起きた後、母が祖父母からこう言われた。母親がしっかりしていないからだと。その前から母への接し方に問題があると思っていた父が、祖父母と縁を切ると言った。

 その父が稽古着を焼却場に持って行こうとしたのを、伊吹が止めた。祖父母への愛情からではない。何か問題や争いが起きた時の、”切り札”にするためだ。焼却したことを腹が立っている証にするのではなく、”それでも着物を捨てられなかったという気持ちを武器にしろ"と言ったそうだ。それを残した方が美談になる。話を聞いた他人の同情を誘う。それでいいじゃないかと言った。

 祖父母と写っているアルバムは捨てたと聞いた。それだけの怒りが起きた証にするために。伊吹が父に相談せずに処分した。いまさら取り戻せないように。

 当時の伊吹は高校一年生だった。父から見て淡々としていたそうだ。そういうわけがない。父も痛いほどに理解している。一番上の息子だ。損な役目といえば、簡単すぎる表し方になる。母には一切教えていない事情だ。

 今から一か月前に、黒崎から聞かされたことで知った。黒崎は父から聞かされていた。そして、その稽古着の着物は、半分ぐらい我が家に置いてある。俺がデビューする前に日舞を習う必要があり、勿体ないから使いたいと言って、母に送ってもらった。

「お前が着物を捨てない選択をしたことを尊敬する」
「その話を知らなかったからだよ……」
「一か月前に話したぞ」
「分かったよ~。お母さんには、一人でタンスから取り出して、また片付けさせたくなかったんだ。美談になる?俺が送ってよって頼んだら、少しは気がまぎれるかな?って。余計なおせっかいだよ。それでドツボにはまった」
「デビュー前の思い出の着物だ。大変な努力の汗を吸っている。その理由だろう?」
「うんっ。黒崎さーん。泣いてもいいよ?お先にどうぞ……」
「泣いてしまえ……」
「うん……」

 黒崎が泣くわけがない。黒崎が泣かない代わりにそうする。でも、なぜか涙が出なかった。向こうに見える光景に、心を奪われたからだ。

 ガサザサ……バタバタ……!

「ふたばーー?いつの間に……」
「あれはバスケか?」

 いつの間に、お義父さんの家を出てきたのだろう?ナツツバキの向こうから、人影が近づいたかと思えば、すぐにまた遠ざかった。それと同時に足音が立ち、バタバタと賑やかな音に変わって遠くに行った。
 
 ガサザサ……ダンダン……!

 今度はボールが跳ねる音が聞こえてきた。朝陽がバスケットボールをドリブルしている姿を見つけた。ナツツバキが連なる道の向こうに。

 朝陽がダッシュを始めた。それと同時ぐらいに、二葉が追いかけてきて、ボールを奪い取ってしまった。なんて瞬発力だろう?あの運動神経が信じられない。朝陽が悔しそうな声をあげた。

「コノヤローー!」
「バスケだ!まだまだ!このーー、へーーたーーくーーそーー!」
「そういう……ところが……」
「あさひーー、どうした?」

 朝陽が立ち止まって息を荒くした。すぐに二葉が駆け付けて、ボールを地面に置くと、ささっと朝陽が奪い取って走り出した。

「わあーー、凄いねえ」
「朝陽の瞬発力も負けていない。二葉が負けてやったぞ……」
「うんうん……」

 てっきり追いかけて取り返すかと思えば、二葉が悔しそうに地団駄を踏んだ。わざと弟に負けてやる兄貴の姿になっている。
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