上弦の月の天使~結ばれた約束の夜

夏目奈緖

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 朝陽が二葉を止めた。さすがに冷たくなってきたから、バスタオルを借りようと促している。それでも二葉は笑いながら逃げ出した。変態という声をあげて。

「気色悪いって!ばかやろーーー」
「ばーーか、ふたばっこりーー」
「おーー、上等だ。来いよーー。2回戦だ!」
「バスケのゴールがないのにかーー?」
「ドッジボールに変更。こい!」

 二葉が瞬発力を見せて走り出した。その先にあるのは、青っぽい光に包まれた場所だ。ナツツバキに取り付けられたライトと、噴水のそばに置いた外灯が混ざりあうようにと、ライトアップの仕掛けがある。

 ダン……ダン……トン……。

 二葉が真新しい茶色のバスケットボールを取った。すぐに朝陽が追いかけていったが、奪い取ることはしなかった。自分の方から止めていたというのに、また二葉の身体を噴水に押し出して、一緒に水しぶきの下に入った。

 小さな噴水だ。下のプールは浅い。足首までしか深さがない。石造りのモニュメントに背を預けた2人が、今度は笑い合っている。

 今度の涙の種類はどれだろう?走り回って流した汗なのか、思い切りぶつかり合って出された涙なのか、白いしぶきをあげた水によって濡れたのか、あるいは全てなのか。

 目の前の兄弟がずぶ濡れ状態だ。青系のエスニックTシャツと、朝陽の着ている黒色のパーカーが、白い水の舞台に色味を添えた。そして、俺達に向かって手を振り始めた。

(どこかで観たことがある。カモメみたいだ……)

 レインボーブリッジからの眺めを思い出した。植本さんから見せてもらった景色にも似ている。海面の上を自由に飛び回るカモメは、白とグレーの羽を持っている。黒い毛並みの尻尾がコントラストを作り出して、海面の色を映えさせている。そして、その海上を走る遊覧船が作り出した水しぶきがある。その船のてっぺんには乗客が立っていて、橋の上の人に手を振っていた。今の二葉たちのように。

「あさひー。そっちは危ないぞ!」
「けっこう浅い海じゃないか。深く考えるなって言ったくせに?」
「そうだ、アンディープだよ。深くない。どっちでもいい。水はどんな形にもなれる。だから何でもなれる。やったーー。泣いたーー」
「ばか……。それを……っ」

 真っ暗な夜空と、噴水のライトアップが対照的なコントラストを作り出して、まるで夜の遊園地のような光景に変わった。

 ここにあるメリーゴーランドは回らない。噴水モニュメントだから揺るがない。この辺りの目印になっている。ここにいる。待っている。そう言われているかのようだ。

(大丈夫だよ。現実の世界なんだ。だから無くならないよ。あれ?通じたのかな?)

「おーーい!そっちに戻るよーー」
「すみませんでした!俺達は大丈夫です。なつきーー、大丈夫だからなーー」

 大丈夫だよ。2人にかけた言葉なのに、自分に返ってきた。そして、カインとアベル兄弟から手招きされて、やっと彼らの世界に足を踏み入れることができた。でも、夢の世界の住人のようになっていて、触れたら消えそうだった。

「こら……。騒ぎすぎだ」
「いたた……。俺だけを叱るのか?」

 黒崎が眉間に皺を寄せて、朝陽の頭を小突いた。一貴さんが2人の靴を拾い上げた。そして、羽音さんがバスタオルを広げて、二葉の髪の毛を拭いてあげた。

「すみません。ありがとうございます」
「ははは。水も滴るいい男だねーー。夏樹君。それは着ておきなさい!」
「ううん。もう平気だから……」

 俺も二葉にブランケットを差し出そうとした時、そばに落ちている青いパーカーが視界に入った。これも着ておくと温かいだろう。

「ふたばーー。これを羽織っておけよ。濡れていないし……。これって……」

 そのパーカーを拾い上げた時、胸が痛くなった。このエスニック柄は、数匹のカモメの絵が編み込まれたものだったからだ。まるで童話にある”青い鳥”のようだ。

 幸せはすぐ近くにあったのか?これから作っていければいい。俺も手伝いたい。すぐに完成しなくてもいい。他にも誰かを呼んできて手伝ってもらうとか、誘ってみてもいい。それを改めて教えてくれたパーカーを持ち、揺るぎない現実世界にいる、兄弟の元に歩いて行った。
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