上弦の月の天使~結ばれた約束の夜

夏目奈緖

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28-1 戻らない過去と再会

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 10月15日、火曜日。16時。

 今日は黒崎が昼過ぎに帰ってきた。明後日ドイツに発つ準備のために。俺は荷造りを手伝っているところだ。スーツ類と仕事関係のものと着替えを用意した。

 行きの機内では寝ているか、イラストを描いて過ごすと言っているから、荷物としては少ない方だと思う。これは国内出張のレベルだと、早瀬さんが荷物を見て苦笑していた。元秘書として段取りを手伝ってくれた。黒崎は丸投げだった。

 カタカタ……。

 日暮れが近くなり、このテラス周辺の気温が下がってきた。冷え性が改善された分だけ、まだ指先がぽかぽか温かい。すぐに冷たい手になっていた頃が懐かしい。夕方の畑の世話の時にはホッカイロを持っていたが、今は暑いぐらいになった。

「ふうーー。ボーカリストの仕事の影響だね。血流が良くなるもん。黒崎さーーん。干し柿は真空パックに加工するよ。今夜はいくつ食べる?……来ないなあ?どこに行ったのかな?」

 ここはリビングに面した場所だ。リビングで書類を読んでいるはずなのに返事がない。大きな声で呼んだから、聞こえないわけがない。羽音さんとまではいかないが、普通の声色にて、リビングの端まで声を響かせられる。

 まあいいか。予定通りの個数を取っておこう。ビニールひもで結んだ干し柿に手を伸ばした。細い木の棒を添えてあるから作りやすかった。佳代子さんから習った方法だ。さて、もう一つの目的の物を取ろう。

「てるてる坊主を持って行く。いいのかな。使っている分でも……」

 これは”雨に濡れないてるてる坊主”という、理久の発明品だ。牛乳パックで囲ってあるから濡れないし、安定感がある。これはバーテルスさんへのお土産だ。クリスマスマーケットで売っている雑貨類を送ってもらったし、二葉もお世話になった。ノアの助け舟もある。しかし、簡単なものをリクエストされた。

「ああーーー。遊ばれたよ……」

 太いゴム紐で結んだてるてる坊主に手を伸ばすと、するっと向こうに移動してしまった。まるで遊んでいるかのように見えるタイプに作ってあるから、触ったり、風が吹いたりしたら動き回る仕組みだ。ちっとも落ち着きがない。テラスの広さを利用した分、移動距離も長い。すると、黒崎が庭に出てきた。

「ゆうとーー。戻ってこいよーーー」
「悠人君が来ているのか?」
「黒崎さーーん。違うよ~。あのてるてる君が逃げて行ったからだよ。干し柿と反対だよ」
「そうか。取ってやろう。……難しいな。さすがは理久君だ」
「黒崎製菓のパッケージに使うんだよね?牛乳パック形状のお菓子」
「期間限定版だ。まだサンプルが届いていないだろう?計画が止まっている」
「そうなんだ。何かあったの?……あれーー?またあっちに行ったよ。そっちに待機してね」

 黒崎が反対方向に立った。でも、円を描くようにして動くから捕まらない。だったら、もう一つの方にしよう。それなら動きが少ない。

 黒崎が先に歩いて行き、高い位置に下げてある、黄色いてるてる坊主に触れた。すると、低音の賑やかな鈴の音が鳴り響き、笑い声を立てているかのような状況になった。

「わあーー、怖いよ。大和の笑い声に合わせたって言っても」
「似ているじゃないか。賑やかだ。二葉とはまた違う」
「ゲラゲラだもん。古めの鈴を使っているんだ。……あんたの見る目は凄いね。ワタベ電機さんよりも、先に理久のことを誘ったんだから」
「お前も賑やかだ……」

 黒崎が苦笑した。けっこう寂しがっている。23日に帰国予定だ。約一週間の留守は初めてのことだが、電話もビデオ通話もできる。直接触れないだけだ。一週間離れるのは、これからのために練習しておきたい。

 TDDの後のバンド”ディストリックサイドゼロ”では、ツアーコンサートを開催する計画が立ち上がっている。最初から華々しく活動する方向に話がまとまった。
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