上弦の月の天使~結ばれた約束の夜

夏目奈緖

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 午前9時。

 目を覚ますと、ホテルのベッドの上に居た。どうも体調が悪いようだ。風邪を引く手前だろうか。夏樹がいないことで、情けないことだ。ベッドの脇のデスクには、アントンのイラストが描かれたカードを置いてある。昨日の会食でプレゼントされた。復刻版の菓子と併せて、絵本を発売するそうだ。夏樹への土産にしたい。

 俺が好きな絵本がある。長く物置にしまわれていたウサギが、神の手により、本物のウサギになり、自由に走り回るストーリーだ。夏樹のコレクションの中から見つけた。それを会食の席で話すと、みんながタイトルを知っていた。おかげで盛り上がった。

 シャワーを浴びてきた。バーテルス氏は2時間後に迎えに来る。それまでに朝食を取っておきたいが、腹が減っていない。夏樹との電話の時間に充てることにした。向こうは16時だ。電話をかけると、すぐに出た。体調は良さそうだ。

「黒崎さん、おはよう!」
「ああ、おはよう。ちゃんと食べているか?」
「うん。お昼ご飯にカツ丼を食べたんだけど、まだお腹が張っているんだ。黒崎さんもそうじゃない?たくさんビールを飲んだだろ?」
「ああ。おかげで腹が減っていない。朝食はパスする」
「やっぱり?体調はどうなんだよ?そっちは寒いよね?」
「ああ。肩が凝っている。お前のコレクションの絵本の話をしたら、会食が盛り上がった。ウサギの話だ。アントンのイラストのカードをもらった。持って帰る」
「ありがとう。昨日はカズ兄さんと、33年前のガーデンパーティーのアルバムを見たよ。噴水が写っていたんだ。見たことある?」
「少しだけ見た。そっちに帰った後、ゆっくり見ようと思っている」
「あんたがたくさん写っていたよ」

 夏樹が笑っている。ホッとした。寝る前の陰鬱な気分が晴れた。これからフェリックス氏に会う。表向きは、優良企業大賞とアントンの祝いだ。午後から並び合った席で式典に出る。言い争いをするわけにはいかない。あっさりした面会になるか、会社の合併の嫌みを言われるか。どちらかだろう。バーテルス氏も同席する。アントンの絵本発売があるからだ。

「お義父さんがね。晩御飯はお弁当にしようっていうんだ。商店街に新しく出来たお店だよ。あんたが帰ってきた後にしたかったけど、先に食べるよ。ごめんね」
「気にするな。腹に入るのか?」
「それがね。レディース御膳っていうのがあるんだ。ご飯少なめで、小さいおかずが多めのお弁当だよ。二葉もそれにするって。そしたら、カズ兄さんもそうするって言うんだよ~。お義父さんもだよ。晴海お兄ちゃんは夜は来られないんだ。で、みんなお揃いだよ」

 夏樹の話に、自然と笑顔がこぼれた。温かなダイニングが思い浮かんだ。俺が欲しかったものだ。リッターラグナの代表に就任後、これが欲しくて、レストラン事業をやりたかった。そして、その時に諦めたアントンの復刻版は発売される。今日は良い日になるに違いない。

 夏樹がそろそろ電話を終えると言い出した。俺の支度が進まないからだという。また折りを見て電話をすると言い、通話を終えた。
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