上弦の月の天使~結ばれた約束の夜

夏目奈緖

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28-12(黒崎視点)

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 10月18日、金曜日。午前3時。

 今、宿泊先のホテルの部屋に居る。日本時間は午前10時だ。夏樹が起きるタイミングで電話をかけてある。体調に変わりはないようだ。父の家も静かだという。今日は一貴が一日家に居るから安心している。

 シャワーを浴びた後、ベッドに寝転がった。今日の午前中にフェリックス氏に会う。バーテルスビスケット会社の社長室での面会だ。バーテルス氏も同行する。用件はただ一つ。楽譜を返すだけだ。その後は専務と会う。そして、午後からの受賞式典に出席する。さらに、夕方から夜にかけて会食が入っている。観光はできない。夏樹と一緒がいい。しかし、バーテルス氏から、市内を車で回ろうかと申し出があった。おとぎの国のような建物を見るだけでも楽しめそうだ。

 それにしても、この間見つけたアルバムのことが忘れられない。33年前に黒崎家で開かれたガーデンパーティーのものだ。菜々子さんを慰労するために開かれたのだと、父から聞いた。メンバーは黒崎家からは、父、拓海兄さんと晴海兄さん、黒崎製菓の社員、菜々子さんの同僚、母、そして、フェリックス氏だ。菜々子さんとフェリックス氏は別れた後だ。強引に彼の方が来たのか?彼女のことを諦められずに。その答えを聞いたとき、絶望感が目の前に襲ってきた。彼のことは母が呼んだそうだ。父も菜々子さんも、当日まで知らなかった。どうしても菜々子さんと会いたいフェリックス氏から母に連絡が入り、招待したという。

(余計な事をする人だ。菜々子さんと友人だったと聞いていたが。友情が壊れるところだった)

 菜々子さんは母のことを許したようだ。仕方の無い人ねという反応だったそうだ。父からそう聞いた。俺ならそうはいかない。度量の大きさの違いだ。フェリックス氏とは顔を合わしていないそうだ。父がそうさせなかった。ただし、赤ん坊の早瀬のことは一目だけでもいいから見たいという願いは叶えたと聞いている。遠目からだ。その時は拓海兄さんが抱いていたそうだ。

 菜々子さんが勤務先の高級クラブに入店後、数人の客から交際の申し込みがあったそうだ。その話をされる度に、彼女は店のママに報告する決まりがあった。危ない男を近づけないためだ。彼女の方も交際するつもりはなかった。しかし、拓海兄さんが接待で連れてきたフェリックス氏は違った。初めて会ったときから惹かれた。フェリックス氏が何度か1人で店に来るようになり、彼の方から交際の申し込みがあった。しかし、菜々子さんはママに報告しなかった。反対されると思ってのことだ。そして、付き合うようになり、妊娠し、妻子持ちだと打ち明けられたわけだ。そして、拓海兄さんとの縁談が持ち上がった。菜々子さんは何度も断ったそうだ。せめて拓海兄さんにフェリックス氏との交際を打ち明けていれば、妻子持ちだと分かっただろう。

 アルバムのガーデンパーティーの様子を見ると、大勢の客で賑わっていた。俺の写真もあったが、記憶はおぼろげだ。大人の中に入り、戸惑ったことは覚えている。そして、母から眉をひそめられたことも。

 パーティーでは食事が用意されていた。母に伴われてテーブルに行き、食事をした。そして、唐揚げのような物を食べたときに、噛みきらずに飲み込み、喉に詰まって吐き出した。そして、パーティーの緊張感からか、嘔吐した。助けてくれたのは、俺の面倒を見てくれているお手伝いさんだ。母からは嫌な目で見られた。私の服が汚れる。そう言われた気がする。男性達も駆けつけてきた。そして、お手伝いさんと一緒に洗面所を借りた。その時は、菜々子さんもいたような記憶がある。目を覚ますと病院に居て、点滴を受けていた。後は覚えていない。

(シンプルな話だ。ママは俺のことは可愛がっていなかったということだ。いや、同じ家にはいてくれた。何でも否定するのは良くない……)

 “ママ“は同じ家に暮らす女性の名前だった。たまに訪ねてくる男性のことを”お父さん”と呼ぶように言われたのは、いつのことだったか。そのお父さんとは、同じ敷地で暮らし、俺の帰りを待ってくれている。夏樹がいなければ、こうなっていないだろう。

「……夏樹。おやすみ」

 今頃何をやっているだろう。早くも疲れてきている。今日は忙しい一日になりそうだ。息をつき、目を閉じた。
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