回転木馬の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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6-4(早瀬視点)

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 ……ANAAS771便、ご搭乗のお客様に。
 ……ビジネスクラスご搭乗の。

 午前8時半。

 羽田空港第2旅客ターミナルビルに到着した。手荷物検査を終えて、待合ロビーのソファーに座った。今日の会議資料は頭に入っている。会議3本、取引先との会食、お付き合いという名のセミナー出席が予定されている。

 頭の中に浮かんでいるのは、悠人の姿だ。昨日は紺色の浴衣姿で待ってくれていた。期待半分で帰宅したというのに。きいいいいっと怒り出すのが面白くて、大袈裟な要求を口にしたからだ。その結果、後悔するような流れになった。それでも、怒らせるのがやめられない。すでに重症だ。

「我慢できなかった……」

 浴衣姿を写真におさめる程度にしようと思ったのは、帰宅後、ほんの数分のことだった。普段どおりに振る舞いつつ自制心を保とうと務めたが、紙袋を覗き込んできた姿に理性が崩壊した。

どうしてあれほどまでに可愛いのか?頑張ってしつこくしたおかげだ。悲鳴を上げられ、変質者だと言われても嬉しかった。

それが翻弄されている状態だと気づいたときには、手遅れだった。昼の休憩時間では、オムレツのレシピを検索している。きのこソース、デミグラス、美味しいトマトケチャップなども探している。

 薬指には結婚指輪が存在している。この件は瞬く間に社内で知れ渡った。おかげでデートの誘いを受けなくなった。

「悠人はどうだろう?しつこい男がいるからなあ。ファッションリング程度だと勘違いする奴がいるかもしれない……」

 こうしている間も心配になっている。そろそろマンションを出る頃だろう。先にこっちから電話をかけようとすると、別の相手からラインが入った。差出人は母だった。

 母である早瀬玲子は本家の長女だ。実母で母の妹の菜々子が25歳で俺のことを出産し、4年後に亡くなった。早瀬家の子供には違いないことと世間体を考えて、甥っ子の俺のことを養子にした。大事に育ててもらったが、気持ちの上では大きな距離を取っている。

「『早瀬玲子  おはよう。今月の予定を教えてちょうだい』」

 予定を聞いて来る理由はいつも同じだった。千尋製菓と早瀬家の跡取りとしての役目を果せというものだ。恋人がいても構わない。跡取りをつくれ。そういう考えを持っている。今だに見合い相手を物色しているらしい。

 父のことを馬鹿にしているが、何も言えなくなっただろう。千尋製菓内で味方が多く、次の代表取締役社長として名前をあげられている。株主総会で認められるだろう。しかし、本人には、そのつもりがない。

 今回はどんな理由だろう?電話をかけた。手早く片づけたいからだ。すぐに母が電話に出て、普段通りの優しい声が聞こえてきた。

「……裕理君。空港かしら?」
「お母さん、おはよう。搭乗前だよ。どうしたの?」
「お父さんのことよ。千尋製菓をやめると言い出したわ」

 その声は強張っていた。さっきまでは普段通りのものだった。最初は体裁を整えておいて、本音が出てくるのがパターンだ。最初からそうすればいいものを。

 そして、俺が相づちを打つ前に話し始めた。その件は父から聞いている。ここでは知らないふりをしておこう。無駄に騒ぎ立てるのが目に見えている。母からは堰を切るように言葉が出てきた。

「お父さんは業績を回復させただろう?」
「自分のやることが終わったと言っているの。せっかく代表取締役社長の椅子が用意されたのに。……次の社長には、グループ以外の人を推薦しているのよ。早瀬家以外の人よ!このままだと……」

 他人に盗られると言いたいのか?父から聞かされているのは、今すぐではないが、引退する考えだということだ。いい波を取り戻せた後に、グループから退く。今後を任せる人を推薦することもだ。今度会った時に話を聞く。母には黙っている。

 推薦したい相手のことに興味が出たが、聞けば長くなりそうだ。そろそろ切り上げよう。

「お母さん。もう時間だ」
「このままだと……。お父さんが推薦するのは、島川一貴という人よ。プラセルコーポレーションの代表取締役。聞いたことはあるかしら?」
「アパレルの大手だね。お父さんが決めたことなら口出しできない。飛行機に乗るよ」
「予定を教えて頂戴」
「その件ならタッチしない」
「悠人君のご両親のこともよ。お母さまが、森井物産の関係だと知っていたの?あの会社は……」
「時間がない。じゃあ」

 通話を終えた後、そのまま悠人に電話をかけた。マンションを出るところだという。どこかに身体をぶつけたらしく、小さな声を上げたのが可愛らしくて癒やされた。
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