回転木馬の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 16時半。

 家に帰って来た後、珈琲を飲んで気持ちを落ち着かせた。窓からは夕焼け空が広がっている。だんだんと暗くなり、今夜の半月がはっきり見えるだろう。外は気温が下がっている。早瀬が何時に帰れるだろう?

「湯豆腐を用意しておこう……」

 最近の自信作メニューのひとつだ。キッチンへ行き、土鍋に水と昆布を入れた。これで出汁が取れる。あとは早瀬が帰ってきた時に加熱すればいい。そして、薬味のネギをきざみ終えて、その大きさに唸り声をあげた。毎回のことではある。

「みじん切りにしてみようかな?ザクザク、トントン……。げええええっ。形がなくなったーー」

 どうも自分は不器用だ。適当にとどめておけばいいのに。まな板に張り付いた状態のネギを見て、ため息をついた。

「少ないなあ。もうネギがないし。気持ちを伝えようっと」

 わりとポジティブになってきた。夏樹からのアドバイスはこうだった。”図々しくなれ”、”パートナーに遠慮は無用だ”と。それぐらいが俺には丁度いいと言ってくれた。

 一人で過ごしても寂しい気持ちが薄れている。これも成長の証かな?それだけ今の生活が幸せだということだ。

 ふと時計を見て焦った。月夜のレンジャーが始まる直前だ。急いでリビングへ行った。もう少しで見逃すところだった。今日だけ放送時間が変更になった。先週からストーリーが終盤に差し掛かっている。この後でミカリンがある。

 ババババーーザザンーータタタッターー。

 お馴染みの主題が流れている。クライマックスシーンだ。この楽曲は、佐久弥のソロ活動分だ。ディアドロップとは正反対の音楽性だ。向こうは妖艶なメロディー進行であり、神秘的なイメージだ。ソロ名義の楽曲は、バリバリのロックだ。ディアドロップは女性ファン層が占めているが、佐久弥には男性ファンが多いそうだ。遠藤さんから教えてもらった。

「……『月夜のレンジャー!来週は……悪い魔法使いが登場するぞ!』……」
「おおー、ラスボスかなあ?……あれ?電話だ。裕理さんかな?ひいいいっ」

 噂をすれば影という言葉どおりだろう。電話の相手は佐久弥だった。この人はラインを使わないのが基本形だ。朝っぱらは遠慮して、ラインを送ってくる。しかし、電話の方が手っ取り早いと言っている。営業マンをしていた名残らしい。

 電話口から聞こえてきたのは、ややハスキーな声だ。健康を考えて、煙草を吸わないし飲酒は適量だと言っていた。元から色気のある声なのだろう。本人は色気の欠片もない人物だと言える。大きな子供だ。

「もしもしー?」
「……俺が始める新しいプロジェクトのことで話がある。次のミカリンが始まる前までで構わないから聞いてくれ」
「どうして知っているんだよ?」
「裕理から聞いた。連絡を寄越す時は、月夜のレンジャーとミカリンの時間帯をはずせって。尻に敷いているんだな。いい感じだ」
「……んん?プロジェクトって?」
「期間限定でバンドを組むやつだ。正式にオファーがあるだろうけど。ギタリストして参加をしてもらいたい。夏樹君もだ。……IKUの所属契約のことを、本人に話していないそうだな?理由を知っているか?」
「うん。実はね……」

 プロジェクト参加の話は驚いたが、夏樹の家の事情を話すのが先だ。夏樹には黒崎製菓グループでの仕事があることと、音楽活動は応援されているが、本人の身体のことを考えて様子を見ていること、全てのことに集中力を注ぐタイプのため心配されていること。その話をした。佐久弥は驚く様子がない。黒崎家と佐伯家が昔から関わりがあることを、早瀬から聞いている。

「そうか。健康面の問題か」
「うん……。あ……」

 プロジェクトの話が始まった時、ミカリンのオープニングテーマ曲が流れた。佐久弥も見ているようで、始まったかと言い出した。

「IKUのHPを見ておいてくれ」
「うん。分かったー」
「へえ、今週はミカリンの妹が登場するのか。じゃあな!」
「じゃあねーー」

 プツ。電話を切った後も、夏樹のことが思い浮かんだ。こうして悩んでも仕方がないのに。
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