回転木馬の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 カタカタ……。

 毎朝の日課である、味噌汁づくりをやっている。いろんな具材を試した結果、豆腐やネギ、ワカメなどを主に使っている。定番が落ち着くからだ。

 冷蔵庫から出汁ポットを取り出した。水の中に昆布とカツオ節を入れて、一晩おくだけでいい。昨日の夕方からセットしておいた。こんなに楽なものがあるなら早く使いたかった。理久から教えてもらった商品だ。あの子は何でも知っている。

「ふむふむ……。いい感じだなあ」
「ゆうとくーん。パンを焼こうか?」
「大丈夫。テレビを観ていてねー」
「バターを出しておこうか……」
「もう、いいからー。向こうで座ってて」
「プライパンに油を引こうか?」
「もうっ、向こうで……」
「モウモウ言うとウシになるぞー?」
「ヤギになってやる!メェェー」
「モウモウ……」
「メエメエ……」
「ゆうとー、食べるぞー?」
「裕理さんを食べるぞー」
「……いいよ」
「トリャーー!」

 油断したところでブルーキックをしてやった。痛いと言いながらも笑っている。無事にリビングへ押し返すことが出来た。さっそくプライパンへ卵液を注ぎ入れて、卵焼きづくりを始めた。

 ジューーー、カタカタ……。

 今朝の卵焼きは上手に焼けた。毎朝のことでも失敗がある。上手くできた時は大袈裟なぐらいに褒められている。ちっとも悪い気がしない。リビングにいる早瀬に声をかけた。 

「裕理さーん。できたよー!」
「はーーい」

 テーブルに料理を並べ終えたタイミングでやって来た。蹴られたくないからだと笑っている。この人の操縦の仕方が分かって来た。何でもプラスに受け取る人だ。俺の方はネガティブぶりを発揮している。

 朝ごはんを食べていると、早瀬が大げさに褒めてきた。わざとらしいのに嫌味がない。得な人だと思う。本気でそう思っているからだと言っていた。

「今朝の卵焼きは成功したね。いい焼きあがりだ」
「うん。火が通ってるし焦げてないし。ネギも柔らかいもんね」
「このシャキシャキした歯ごたえがいい」
「大きく切ったんだ……。食べづらいだろ?」
「そうか?九条ネギは好きだからちょうどいい。美味しいよ」
「へへへ……」

 卵焼きからは、ざく切りの九条ネギが飛び出している。まるで炒めものようだ。もっと細かく切りたいが、グチャグチャになったことがある。加減が難しい。

 黒崎家の畑で収穫された九条ねぎを使った。夏樹が上手に育てたから美味しい。何でも出来る子だ。自分と比べて落ち込むことが多かった。

 それもいい思い出だ。"どうせ自分なんて”という呪いが解かれたからだ。縁の下の力持ちとしての役目があるのだと知った。部屋の隅にいた自分は、もう居なくなりつつある。

「悠人君、大学のほうはどうだ?変なやつに付きまとわれていないか?」
「もう大丈夫だよ。大学内は静かになったもん」
「そうか。髪型が変わった分、目を引くかと思って心配した。ごめんね。ネガティブになっている」
「へへへ。ネガティブ・ユーリ。たまにはいいよ」
「へえー。ポジティブゆうとが登場したのか?通学中、十分に気をつけなさい」
「うん。仕事を受けているし。ちゃんとするよ」
「いい子だ。何かある前に言うんだぞ?」
「うん、もちろんだよ!」

 プロモ撮影のため、肩までの長さのエクステをつけている。後ろ姿は女の子に見えるから、普段は後ろで束ねている。

 プロジェクト参加のことは大学や友人には伏せてある。IKU側との約束だ。一か月前にバンドメンバーとして告知される。IRON ANGELは解散していない。この間、桜木さんの知り合いが開いたライブにゲスト出演した。これぐらいの活動ならOKだと、IKUと話し合って決めた。

 来年の春には出来なくなるだろう。メンバーがそれぞれ企業への就職、モデル活動の幅を広げること、プロのミュージシャンへの道へ進んでいくなど、道が変わってくるからだ。今だけでも楽しんでおきたい。メンバー全員の希望だ。

「朝ご飯を食べている時だけど。白澤の件を話したい。構わないか?」
「うん。気になっていたよ……」

 痴漢で逮捕された後、5人の被害者がいることが分かった。そのうちの一人とは示談が成立し、執行猶予付きの有罪判決がおりた。その判決が下りる前に、会社側が普通退職を受け入れて、本人は退職したそうだ。

「君には手を出してこないだろう。母方の親戚が経営している会社へ、再就職が決まった。この辺りには来ない。随分遠くだ」
「まだ後ろを気にしていたんだ。気持ち悪いし……」
「それでも気をつけよう、大学へ真っ直ぐ行きなさい。帰りも寄り道をするな」
「大丈夫だってーー」

 現在は電車通学に戻った。寄り道をする時間はない。大学の授業が終わった後、バンドの練習スタジオに直行しているからだ。どんなに忙しくても楽しい。

 たしかに俺も夏樹も痩せたが、身体が引き締まったからだと思う。全身を使ったストレッチを続けているし、食事の仕方も変わった。植本さんには俺達の食べ方が変わったことを話したが、それでも心配してくれた。
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