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午前10時。
今、大学に来ている。二時限目の量子学の授業が始まる。146教室でノートを広げていると、夏樹の姿が視界に入った。廊下で誰かと話して終わったようだ。同じドイツ語クラス山下だった。
「なつきー、ここだよ」
「おはよう~」
「今朝の調子はどう?」
「いい感じだよ。ラジオ体操もしたよ」
「ふむふむ、いいことですね」
「他にもアドバイスを貰ったよもらったよ。実践してよかったことを教えてくれたんだ。簡単にできることも……。」
「ふむふむ……。あの男もいいことを言いますねー」
佐久弥が夏樹にアドバイスをしていた。健康にいい食べ物や体操のことを。押しつけではなく、自信を持たせる話し方をしていた。過度なことをせずに、軽い運動をコツコツ続けることだと、自分の経験を話していた。俺も納得できたし、夏樹が素直に影響を受けて実践している。さすがは佐久弥だ。
夏樹には大きな出来事があった。3月13日の朝、ジョギング中に自宅の庭で倒れた。心停止を起こして意識がなかった。あの日のことが脳裏に焼き付いている。森本達と学食にいた時に、早瀬から連絡が入った。
夏樹が大学を休んだが、特に連絡がなかったから気になっていた。あのオーディションを受けた後、体力づくりをすると言い、ジョギングを始めた。ボーカルレッスンの回数を増やして猛練習を積んでいたのに。
(今日は休みなのか)
(うん。最近のあの子、心配だよ)
(鬼気迫るものがあるもんな。言っても聞かない。黒崎さんが話してもか?)
(裕理さんが言っていたよ。倒れるかもって……)
(俺たちができることはか……。電話だぞ)
(裕理さんからだ。もしもし?……え、夏樹が心肺停止?なんで今も倒れているの!?AEDがあったんだ……)
救急車が到着した時には心臓が動いていた。AEDがあってよかった。それから2日半、夏樹は寝ていた。疲れが溜まっていたからだ。元から色白なのに、病室に会いに行ったら、もっと青白くなっていた。まるで、祖母が心臓のことで入院したときのようだった。
あれ以来、緩やかな運動をはじめた。俺たちとしてはホッとした。夏樹本人は落ち込んだ。自信を失い、どうせ自分なんかと言い出した。めったに弱音を吐かない子だ。それだけの負荷がかかり、限界まで来たのだと分かった。
夏樹に嘘はついている。本当は3日間寝ていたのだが、倒れたその日の夕方に目が覚めたのだと説明している。本人が気に病むからだ。しかし、本人は日付がおかしいと言ったが、黒崎さんが説き伏せた。疲れているからだと。低血糖も起こしていた。数日前から体調が悪かったからだと言っていた。
どうせ自分なんてというのは、聞き覚えのある言葉だ。このまま沈ませるわけにはいかない。夏樹のことを引っ張っていく。
佐久弥は違う意見だった。手を貸すだけでいい。寄り添って立つイメージだと教えてくれた。それでは夏樹のことを引っ張れない。あの子から守られてきたから、今度は自分の番だ。ここで踏ん張れなくてどうする。
「よっしゃーー!」
「ゆうとー、どうしたんだよ?」
「あああ……」
どうしよう?勢いよく立ち上ってしまった。周りから拍手喝采が起きている。”いよ!ヒサダ屋ー”という、合いの手まである。可愛い、面白い。動物みたい。そんな言葉も掛けられた。
「はいはい、悠人。話があるから座って」
「ふむふむ。どうしたんだい?」
さっと椅子に腰かけて、夏樹のことを見つめた。真面目な顔をしている。きっと、今日の数量限定デザートのことだろう。今日から始まるはずだ。大福とソフトクリームのランデブーセットだ。
言いたいことは分かっている。先に走って行って、ゲットして欲しいのだろう。この子は走ることを禁止されている。俺の方が足が速いからいいだろう。
「あのさ……、ビビらせるつもりはないんだ」
「ふむふむ……」
「経済学部の奥村さんが、悠人のことを言いふらしているみたい。好きだとか、そういう類なんだけど」
「げええええっ」
「……もう何もないだろ?付きまといとか。ガードしてないけど」
「平穏だよー。噂も聞かないのに」
「さっきの山下が経済学部の友達に聞いてくれたんだけど、写真や動画を撮っているのを見た子がいるって。ドイツ語クラス全員で、悠人のことをガードしようって話になったからね」
「あああ……」
「こわくないよ~。俺も森本達もいるんだ。みんなもね。……伊吹お兄ちゃんに相談するよ。この大学の出身だから内情が分かる。……俺だと言い過ぎるだろ?早瀬さんと黒崎さんも避けたいよね?」
「あああ……」
「もう~、泣くなよ~」
バシ!背中を叩かれた。守ろうと意気込んでいたら、守られていたことが判明した。ここで『どうせ自分なんて』という考えは起きない。適材適所でお願いして、自分が出来る役目を果たす。今はそう考えている。
夏樹には頼めない。言い過ぎて相手がボロボロになる。黒崎さんは恐ろしい。早瀬は怖すぎる。早瀬は伊吹さんのことを、”敵に回したくない人物だ。思いつかない方法を取る人だ"と言っていた。夏樹と話し込んでいるうちに、神仙教授が入って来た。授業の開始だ。
今、大学に来ている。二時限目の量子学の授業が始まる。146教室でノートを広げていると、夏樹の姿が視界に入った。廊下で誰かと話して終わったようだ。同じドイツ語クラス山下だった。
「なつきー、ここだよ」
「おはよう~」
「今朝の調子はどう?」
「いい感じだよ。ラジオ体操もしたよ」
「ふむふむ、いいことですね」
「他にもアドバイスを貰ったよもらったよ。実践してよかったことを教えてくれたんだ。簡単にできることも……。」
「ふむふむ……。あの男もいいことを言いますねー」
佐久弥が夏樹にアドバイスをしていた。健康にいい食べ物や体操のことを。押しつけではなく、自信を持たせる話し方をしていた。過度なことをせずに、軽い運動をコツコツ続けることだと、自分の経験を話していた。俺も納得できたし、夏樹が素直に影響を受けて実践している。さすがは佐久弥だ。
夏樹には大きな出来事があった。3月13日の朝、ジョギング中に自宅の庭で倒れた。心停止を起こして意識がなかった。あの日のことが脳裏に焼き付いている。森本達と学食にいた時に、早瀬から連絡が入った。
夏樹が大学を休んだが、特に連絡がなかったから気になっていた。あのオーディションを受けた後、体力づくりをすると言い、ジョギングを始めた。ボーカルレッスンの回数を増やして猛練習を積んでいたのに。
(今日は休みなのか)
(うん。最近のあの子、心配だよ)
(鬼気迫るものがあるもんな。言っても聞かない。黒崎さんが話してもか?)
(裕理さんが言っていたよ。倒れるかもって……)
(俺たちができることはか……。電話だぞ)
(裕理さんからだ。もしもし?……え、夏樹が心肺停止?なんで今も倒れているの!?AEDがあったんだ……)
救急車が到着した時には心臓が動いていた。AEDがあってよかった。それから2日半、夏樹は寝ていた。疲れが溜まっていたからだ。元から色白なのに、病室に会いに行ったら、もっと青白くなっていた。まるで、祖母が心臓のことで入院したときのようだった。
あれ以来、緩やかな運動をはじめた。俺たちとしてはホッとした。夏樹本人は落ち込んだ。自信を失い、どうせ自分なんかと言い出した。めったに弱音を吐かない子だ。それだけの負荷がかかり、限界まで来たのだと分かった。
夏樹に嘘はついている。本当は3日間寝ていたのだが、倒れたその日の夕方に目が覚めたのだと説明している。本人が気に病むからだ。しかし、本人は日付がおかしいと言ったが、黒崎さんが説き伏せた。疲れているからだと。低血糖も起こしていた。数日前から体調が悪かったからだと言っていた。
どうせ自分なんてというのは、聞き覚えのある言葉だ。このまま沈ませるわけにはいかない。夏樹のことを引っ張っていく。
佐久弥は違う意見だった。手を貸すだけでいい。寄り添って立つイメージだと教えてくれた。それでは夏樹のことを引っ張れない。あの子から守られてきたから、今度は自分の番だ。ここで踏ん張れなくてどうする。
「よっしゃーー!」
「ゆうとー、どうしたんだよ?」
「あああ……」
どうしよう?勢いよく立ち上ってしまった。周りから拍手喝采が起きている。”いよ!ヒサダ屋ー”という、合いの手まである。可愛い、面白い。動物みたい。そんな言葉も掛けられた。
「はいはい、悠人。話があるから座って」
「ふむふむ。どうしたんだい?」
さっと椅子に腰かけて、夏樹のことを見つめた。真面目な顔をしている。きっと、今日の数量限定デザートのことだろう。今日から始まるはずだ。大福とソフトクリームのランデブーセットだ。
言いたいことは分かっている。先に走って行って、ゲットして欲しいのだろう。この子は走ることを禁止されている。俺の方が足が速いからいいだろう。
「あのさ……、ビビらせるつもりはないんだ」
「ふむふむ……」
「経済学部の奥村さんが、悠人のことを言いふらしているみたい。好きだとか、そういう類なんだけど」
「げええええっ」
「……もう何もないだろ?付きまといとか。ガードしてないけど」
「平穏だよー。噂も聞かないのに」
「さっきの山下が経済学部の友達に聞いてくれたんだけど、写真や動画を撮っているのを見た子がいるって。ドイツ語クラス全員で、悠人のことをガードしようって話になったからね」
「あああ……」
「こわくないよ~。俺も森本達もいるんだ。みんなもね。……伊吹お兄ちゃんに相談するよ。この大学の出身だから内情が分かる。……俺だと言い過ぎるだろ?早瀬さんと黒崎さんも避けたいよね?」
「あああ……」
「もう~、泣くなよ~」
バシ!背中を叩かれた。守ろうと意気込んでいたら、守られていたことが判明した。ここで『どうせ自分なんて』という考えは起きない。適材適所でお願いして、自分が出来る役目を果たす。今はそう考えている。
夏樹には頼めない。言い過ぎて相手がボロボロになる。黒崎さんは恐ろしい。早瀬は怖すぎる。早瀬は伊吹さんのことを、”敵に回したくない人物だ。思いつかない方法を取る人だ"と言っていた。夏樹と話し込んでいるうちに、神仙教授が入って来た。授業の開始だ。
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