回転木馬の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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15-1 悠人の怪我

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 7月3日、水曜日、午前6時。

 リビングのカレンダーを見ると、72候の欄には、温風至・あつかぜいたると書かれている。梅雨が明けて、熱い風が吹いてくる頃だという。

「熱い風が吹き始める頃。……これから暑くなるんだね」
「……スタジオ内で水分補給をしなさい」
「うん。冷房は効いているけど、照明のライトが暑いよ」
「今月中には終わるだろう?」
「その予定だよ。もう少しだから頑張る」

 今日は撮影スタジオに行く必要がある。告知サイトに載せるバンドの写真撮影があるからだ。プロモ撮りの本番は、定期試験後から始まる。一気に撮り終える予定だ。それだけの集中力が必要だと教わった。

 カタカタ……。

 朝ごはんの味噌汁を注ぎ入れたところで、トーストが焼きあがった。溶けたスライスチーズが指に付かないように、気をつけて皿に取り出した。ダイニングテーブルには、チーズトースト、レタスの上にツナをのせたサラダ、早瀬が焼いてくれたオムレツ、ワカメの味噌汁が並んでいる。

 今朝のオムレツには、和風きのこソースがかかっている。俺にとっては”勝負オムレツ”だ。バリエーションがあるなかで、これが一番効果がある。土曜日はビーフシチューを食べる。

「くんくん。美味しそうな匂いだなあー」
「簡単にできるソースが、”勝負オムレツ”か。いくらでも作れる」
「和食も上手なんじゃないの?俺が洋食が好きだから?」
「むずかしいよ。どっちかというと、俺も洋食が好きだ」
「ワインも好きだよね。20歳になったら飲むよ」
「デビューの翌日が誕生日になるね。お祝いしよう」
「温泉プールに行きたいなーー」
「もっといいところを考えろ。20歳なんだぞ?」
「まだ思いつかないよ……」
「お酒は飲んでみるといい。少しだけなら」
「そうだー。理久が『ひとり分の甘酒製造機』を見せてくれるんだよ」
「土曜日に佐久弥と一緒に来るだろう。その時かな?」
「そう言っていたよ。大学生になっても、お兄ちゃんが好きだってさ」
「お姉さんのようなものだからだ」
「へへへ……」

 土曜日は夏樹達の家で集まる。佐久弥と一緒に、プロモ撮りの練習をするためだ。スタジオ内では世間話もできない状況だからと、佐久弥が提案してくれた。

 理久が来るなら、月夜のレンジャーのDVDを渡そう。兄貴がテーマ曲を担当しているから、戦隊モノに興味が出たそうだ。初回から撮りためものをダビングした。

 理久のことでは気になることがある。如月とは仲が良かったはずだが、一緒にいる時に理久が沈んだ顔をしているらしい。藤沢から聞いた話だ。

「裕理さーん。理久のことで気になるんだ。如月のことが好きなのかな?」
「……何の話だ?」
「如月が冷たくあしらう時があるんだ。気のせいじゃないよ。理久が沈むからさ。それしか思いつかなくって……」
「すっかり弟みたいに存在になったね」
「うん。放っておけないタイプだよー。でも、これは夏樹の方が適任かも。……“どうしたんだよー?如月と喧嘩したのかよ?何を言われたの?”って聞くと思うよ。それで、理久の方が悪いの?ってなったら、“だめじゃん!”って……」
「ははは。ずけずけ言うから気持ちがいい。二葉さんに聞いてみたらどうだ?」
「ふむふむ……」

 意外な組み合わせだからと、俺も早瀬も驚いた。黒崎さんは納得していた。理久と二葉が仲が良くなったそうだ。あのバレンタインイベントでは、理久の発明したものを二葉が知っていて、偶然にも会えて嬉しかったそうだ。そこで二葉が理久に声をかけようとしたところを如月に阻まれたようになり、あまり話せなかったそうだ。しかし、藤沢を通じて連絡が取れて、よく食事に行っているそうだ。

 あの時、黒崎さんの弟も来ていたことを、後から知った。男グループで一人の女の子を囲い、無理なナンパをした。社員から退場を促されると、黒崎さんの名前を出して騒いだ。俺達が帰った後だった。弟を外に連れ出そうとした二葉のことを、理久が止めたという話だ。家に帰った後、乱暴な弟に叩かれる可能性を心配して。

「二葉ちゃんって、裕理さんとも気が合うかも。黒崎さんと似ているから。ご飯を食べに行こうよ。落ち着いたら……」
「今のところは出来ないんだよ」
「どうして?」
「彼女が大学に入った後、黒崎製菓で秘書のバイトを始める。俺の秘書になる可能性がある。プライベートでは線を引いた方がいい」
「ほお。黒崎さんの秘書だと、兄妹の関係があるもんね」
「俺が”鬼”だということと、女性に興味がないからだ」
「へへへ。俺だって藍生に近づいてくる男なんて認めないもん。二葉ちゃんは如月のことが好きなんだよ。如月なら、黒崎さんが気に入っているからOKだよね」
「へえ。鬼としての閻魔帳に記載しておこう」
「ひいいいっ」
「如月君のことはよかった。支えが必要だ」
「二人は付き合うのかな?だから理久がヤキモチを妬いているのかな?」
「どうだろうね。君に近づいてきた男がいたら、俺は容赦しないぞ」
「ひいいいいっ」

 早瀬の目は本気だった。氷点下マイナスというあだ名どおりだ。キッチンの隅に逃げると、オムレツが冷めるぞと笑っていた。それはいけない。すぐにダイニングへ行き、今朝のオムレツを堪能した。
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