回転木馬の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 午前11時半。

 IKU本社に隣接するスタジオで撮影を行っている。まずはバンド公式サイト用の撮影からスタートした。今回の衣装は3パターンある。プロモーションビデオのジャケット用、ネットサイト告知用、楽曲配信用のジャケット分だ。

「そっちをお願いしまーす」
「カメラテスト、悠人君、佐伯さん、夏樹君は衣装セット」
「悠人君、こっちの角度をみて」
「はい!」
「佐伯さんは後ろからーー」
「こうですか?」
「いいよーー、かっこいいねーー」

 次々とシャッターが切られていった。仙頭カメラマンが担当だ。スタジオ入りした時からメンバーと会話を続けている。常にカメラを向けながらだ。俺と夏樹を慣れさせるためのようだ。

 自分が立っている場所の近くに、着替えスペースがある。パーテーションで区切られたシンプルなコーナーだ。たくさんの服がハンガーに掛けられている。衣装合わせが済んでも、実際に撮り始めると変更があるそうだ。候補になった衣装が全部が置かれている。膨大な数だ。あんなに試着したのかと驚いた。

「夏樹君、こっちに立ってくれ」
「はい!」

 夏樹の衣装セットが終了した。白のTシャツと革パン姿だ。その上から赤い着物を羽織っている。濃いメイクが施されているから驚いた。悪魔のイメージらしい。今回のプロジェクトを表している。

 ディアドロップの佐久弥は音楽の世界で作り上げられた人物だ。物静かで近寄りがたい、28歳のギタリストだ。この年齢も作られたものだ。若い年齢層のファンを獲得するためだった。25歳でデビューしたのに、当時は22歳だと公表していた。たった3歳で大違いだそうだ。

 夏樹には、PVの中での役割を与えられている。『佐久弥の過去と現在』を担当する。プロモでの赤い着物は、生命の色を表現している。白い檻の向こうで歌い、途中でそれを蹴り飛ばす。着物を脱いだ後は、黒のジャケット姿の夏樹が現れる。現在の佐伯久弥を表している。このコンセプトを聞いたときに、佐久弥と夏樹の3人で話をした。

(さくやー、なんで自分で着物を着ないんだよ?檻を蹴飛ばしてさ……)
(傍観者として見つめているからだ。生まれ変わりを。悠人にも役割があるぞ。昔の俺のことだ)
(どういうことー?)
(ギターが好きでたまらなかった。もちろん今もそうだ。プロになると、やりたいことが出来なくなった。売れなくなるのが怖かったし、自分に関わっている人もいる。佐久弥を演じていた。悠人はデビュー前の俺のことだ。純粋な頃の。……お前はそのままでいい。楽しそうに弾いてくれ)
(ふむふむ。それなら自信があるよー)
(夏樹にはプレッシャーかな……。どうだ?)
(……正直に言うとプレッシャーがあるよ。でもね、俺も同じことがあったんだ。赤い着物を着たことで生まれ変わりをしたんだよ。黒崎さんと、長い袖は滴り落ちる血だって話をしたことがあって……)
(その話、もっと聞かせてもらえないか?)
(もちろんだよ~)

 佐久弥の表情が明るくなった。夏樹も笑っていた。このプロジェクトを乗り越えると、俺にとっても生まれ変わりを意味するような気がした。ますます頑張ろうと決めた。

 大人数のスタッフから見つめられている。プロとしての目で見ている状態だ。俺達の汗を拭いたり衣装を直したりするために待機している。いつでも対応できるようにと。

 天井からの照明、さらにサイドからも照明が当てられている。いくら空調が回っていても、暑いものは暑い。仙頭カメラマンの首筋には、タオルが巻かれている。汗をかいているからだ。それは周りのスタッフも同じだ。口にするのは文句と同じだろう。とにかく我慢した。

「夏樹君、こっち向いてーー」
「悠人君、いいよーー、その角度だ!」

 シャッターが切られている間、夏樹からの息遣いを感じている。寄り添うように立っているからだ。佐久弥は落ち着いている。夏樹は反対だ。張り詰めたような空気がある。これが終わってから声を掛けよう。

「オッケー!」
「終了でーーーす!お疲れ様でしたーー!」

 ワーーーー!

 スタジオ内に歓声が上がった。やっと終わったと大きく息を吐いた。スタイリスト数人が走ってきて、俺達を取り囲むように立った。バスタオルで顔を拭きながら、首筋に保冷剤を当ててくれた。もう大丈夫ですよ。飲み物を用意してあるからと、優しい声をかけてくれた。

「衣装、オーケーでーーす!」
「メイクさん、来てー」

 促されるままに着替えスペースへ向かった。勢いよく衣装を脱がされていった。ジャケットを脱ぐと湯気が立ったから驚いた。汗をかかない体質なのに。

 俺の隣には夏樹が立っている。着物はハンガーに掛けられていて、白いTシャツが脱がされた後だった。その身体を見て驚いた。大量の汗が流れていたからだ。おまけに顔色も悪いようだ。重い衣装を着ていたからだろう。

「なつきー、大丈夫?座ろうよ……」
「平気だよ。これで終わりだからさ。早くしないとみんなが帰れないし」
「夏樹……」

 スタッフも分かっているようだ。夏樹の周りを優先して片づけが進められている。何度も椅子を勧められても立ったままだ。こういう時は我慢しなくて構わないだろう。そっと椅子に促した。

「なつきー。座ろうよー。ほら」
「大丈夫だよ……」
「衣装、終わりましたーー!」
「お疲れーー!」

 結局、夏樹は椅子に座らなかった。無理難題は吹っかけていないのに。俺のことを頼りにしてもらえないのかと、胸がちくちく痛くなった。
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