回転木馬の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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16-1 早瀬からの看病

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 7月4日、木曜日。17時。

 今日の午前中に退院してきた。早瀬が明日も会社の休みを取ってくれた。しっかり看病すると宣言されたのが嬉しいのに、少し怖くなった。エロいことを考えているに決まっているからだ。

 カレンダーを見ると、72候の欄には温風至・あつかぜいたると書かれている。

「熱い風が吹き始める頃。……このドライヤーの風は快適だよー」
「……強くないだろう?これを選んで正解だった」
「うん。スタイリストさんのおすすめだもんねー」
「……もう渇いてきたぞ」

 さっきまで風呂に入っていた。もちろん手伝ってくれた。エクステがついているから、左手だけで洗うのが難しい。早瀬がシャンプーをしてくれた。

 ガーーーー。

 髪の毛の根元部分が温かい。ここまで髪の毛が長いのは初めてのことだ。地毛でヘアスタイルを作りたいから、これから伸ばしていくつもりだ。スタイリストさんの意見では、長めが似合うらしい。

「ゆうとー、左に首を傾けてくれるか?」
「うん。これぐらい?」
「そうだ、もっと傾けてごらん」
「うん。ぐーーっと?」
「そうだ。じっとしていろ……」
「げええええっ」

 じっとしていると、首筋に湿った感触が起きた。キスをされたのか?それにしては長すぎる。ちょうど棚のガラス扉に姿が映っている。視線だけを向けて確認すると、首筋を舐められていることが判明した。自然と声をあげた。

「ひいいいいっ、変質者!」
「久しぶりのフレーズだ。懐かしいよ」
「いつも言っているだろー。離してよーー」
「もっと聞かせろ」
「わわわ……」

 今度は噛みつかれた。痛くはないが、背中がぞわぞわして腰が浮いた。右手を庇っているから身動きが取れない。手を大事にしようと自覚している証拠だ。

「やめてよーー……」
「声が変わってきたぞー?」
「バカーー!」

 Tシャツの中に手が入って来た。抱かれていない分、身体が熱くなった。俺まで変態の道に進んだのか。書斎、リビング、外では2回の未遂。今も流されそうだ。それ以上のことは起こらなかった。肩のに顎が置かれて、頬をすり寄せるようにして囁かれた。

「変質者。バカ。……最近言われなかった。張り詰めていたからだ。今回のことはいい流れだと思いなさい。悠人が元気になれば、いいものが作れるはずだ」

 さらに頬をすり寄せるようにして、両腕が回された。温かくて気持ちいいと思えた。なぜか身体が冷えていたからだ。

「病室に来てくれた時だよね?気にするなとしか言われてないのに……」
「ネガティブゆうと。それも思いやりだ。本人が一番苦しんでいるのが分かっているからだ。夏樹君もだ。あれこれ聞かれなかっただろう?」
「夏樹は……、頑張っているんだよ。いつもそうだけど」

 集中しているのは目に見えている。それを俺が途切れさせたようだ。そうとは限らないのに。俺が倒れたことで無理がきたのだろうか。

「あのままだと倒れるかもしれないね」
「そうだよね!あのままだと……」
「その時は君が支えよう。そのために元気になっておく必要がある」
「うん……」
「はい、元気を出しなさい。明日はビーフシチューが食べられるんだぞ?」
「作っているの?ジャガイモがあったよ。別の料理?」
「そうだよ。来てごらん」

 身体を支えられるようにして立ち上った。ネコ耳付きのスリッパを履くと、久しぶりの感触だと思った。バタバタして履く余裕すらなかった。自分を大事にしないといけない。追いかけるようにして。キッチンへ行った。

 カタ……。

 大きな鍋の中には、赤ワインに漬け込まれた材料が入っていた。牛肉、人参、玉ねぎ、ニンニク、ローリエだ。これを見るだけで腹が鳴る。

 ひと晩おいて朝から煮込む。そして、夕食の時間には美味しいビーフシチューが出来上がっている。これがまた絶品だ。多めに作ってもらい、次の日も食べている。半月切りのジャガイモが入っていた。ベーコンとタマネギもある。なんだろう?ベーコンなら炒め物だろうか?

「美味しそうだなー」
「ジャガイモを使ったのはこれだよ」
「何をつくるのー?」
「じゃがいものチーズグラタンだ。初めて作る料理だよ」
「わあー。食べたことがないよ。裕理さんのグラタンも美味しいよね。カボチャ、マカロニ、鶏肉……」
「グーグー鳴っているぞ」
「へへへ……。条件反射だよ」

 そういえば、食事の量も減っていた気がする。学食ではビュッフェ形式だから気づかなかったのか。

「もしかして食べる量が減っていたかな?」
「少しだけ。自覚があるのは良いことだ」
「うん。……今から作るんだよね?手伝うよー」
「今日は見ているだけにしろ。はいはい、椅子に座ってください」

 ダイニングの椅子に促された。これではよく見えない。ブーブー文句を言って、カウンターのそばに椅子を運んでもらった。
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