回転木馬の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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21-3(早瀬視点)

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 翌日。8月9日、金曜日。午前10時半。
 
 黒崎製菓のオフィスにいる。役員室の黒崎のデスクにて、課長職以上を集めたミーティングを行っている。それぞれの持ち場の報告が終わり、進捗状況の確認が終了した。20分程度だ。立ったままで行われているため、毎度のことながらスピーディーだ。そうする必要があるほど時間がないということだ。黒崎にとっては。

「……数値目標、営業利益成長率…… 6%は越えません」
「……レストラン事業からの承継された分には……」
「……次回は2週間後、24日の11時です」
「……はい」

 黒崎はいつかは代表取締役社長のポストに就く人だ。本人はそのつもりはなくても、周りから推しまくられる。やるしかないだろう。現在の黒崎隆社長が引退すればどうなるか?深川副社長がそのポストに就く。今年67歳だ。本人は長くは留まらないと言っている。今年80歳になる社長は、さらに財界との交渉役をつとめる会長職も兼任している。その会長職だけにしろと、黒崎が社長を説得しているところだ。

 深川副社長のポストに就くのは誰だ?グループ内から選ばれるのが通例だ。数人の候補がいるうちの一人が黒崎だ。専務取締役をはじめとする役員たちは、今のポストに留まってほしいそうだ。上に行けば行くほどに身動きが取れなくなる。黒崎には常務取締役で踏ん張ってもらいたい。現場に近い立場で。それだけ黒崎が好かれている証だ。

(そうは言ってられないだろうなあ。派閥争いと経営権、取締役会、株主総会……。副社長に推されるだろう。再来年に向けての準備が……始まるだろう)

 黒崎からデスクに留まるように伝えられた。デスクに視線を向けると、可愛らしいランチボックスが置かれていた、夏樹の手作り軽食だろう。サンドイッチだろうか?昼食を食べる時間のない日があるから持たせているのだろう。

 昨日の悠人のことを思い出した。ゆっくりしてきてね、その一言が嬉しかった。優しい子だ。

「ゆうとー、どうしているかな?」
「電話をかけたらどうだ?」
「……ひいいいい。口に出したのか、俺」
「似たものカップルか?」
「はあ……」
「早瀬、どうした?」
「常務、失礼しました。午後からの予定を……」
「休みを取るんだろう。構わないぞ」
「はあ……」

 本日、何度目かのため息をついた。悠人のことを考えている。昨日の笑顔が忘れられないからだ。妹のことではない。薄情なものだ。

「家族のことを考えているのか?莉奈さんだったか……」
「ああ。心が疲れたようだ。体からきているだろうが……」
「ゆっくり休養させるといい。親父さんの話を聞いてやれ」
「本人と話したいけどね。ずっといい子を強いられて、職場に適応が出来なかったかもしれない。やっていることを否定されるのが嫌なのかも知れない。本人の性格からすると。全否定された気分かもしれない」
「そうか……」

 黒崎が苦笑した。優しい目をしている。この人の強さが現れている。影響されたエピソードは数えきれない。いい子のユーリを、一発で見破った人だ。いい子のふりが楽しいか?俺の前では笑わなくていいぞと言われた。

「……裕理。まだ時期じゃないだろう」
「……え?」
「急がない方がいい。……耳に入れておく話がある。このタイミングだが」
「もちろん。話してくれ」
「お前が千尋製菓に誘われている。お前を黒崎製菓に留めたくて、条件を出したことを覚えているか?」
「部長職と、いずれは取締役の一人になる話だったね」
「そのとおりだ。その時期が早まる可能性がある。社内の動きがあるから伝えておいた。山田……デザート事業部には気をつけておけ。千川部長もだ」
「あの人か。最近は大人しい方だよ」

 千川部長を始めとする派閥は大人しくなったが、俺が取締役の一人に迎えられると知れば、一波乱あるだろう。それはそれだ。黒崎からは笑いごとにされている。それだけ多くのトラップをクリアしたということだ。ごく自然にやるから妬まれること、この上ない。それすら笑っている。それに比べると、まだ自分は大して力を発揮していない。ワタベ電機との交渉を成功させたとはいえ。

「ここで俺に話すということは、決定事項があるわけ?」
「まだ前段階だ。どこで聞きつけたか、口うるさいのが出てくるだろう。本人が知らないでは話が通らない。これで以上だ」
「圭一さんも……、帰ってからだね」

 これ以上の話題は避けた方がいい。午後からの会議の資料等を渡して、帰り支度を始めた。枝川と平田が、鬼が帰るぞと喜んでいた。それほど、俺の顔色が曇っているのだろうか?優しい思いやりを受け取った。
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