回転木馬の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 オーナーが、店の奥の部屋に案内してくれた。エクステを外している途中なのに迷惑だろう。それでも大丈夫だと言って貰えた。ここで気持ちを落ち着かそう。

 俺の向かいには佐久弥が座っている。現役ミュージシャンに話を聞いて貰った方がいいからと、待合で待つと言った佐久弥のことを、早瀬が連れてきた。男2人に励まされて泣き止もうとしている。みっともない。

「うぇ……うぇ……」
「ゆうとー、ナーバスになっていたなー?」
「うぇ……」
「誰でも通る道だぞ。俺にも経験がある。何が不安なのか分からないぐらいだ。そうだろー?」
「うん……。うぇ……」

 早瀬が向かいに移動して、俺の顔を覗き込んできた。何も恥ずかしくない。心配そうにするな。俺達だけしかないのに。そう言われた。背中を叩く優しい力を感じて、目頭が痛くなった。鼻もツンと痛んだ。唇がいっそう震えて閉じない。

「悠人君。やっと自分のことで泣いたね。えらいぞー」
「うぇ……?」 
「いい子のユート君。泣くのを我慢してきたんだろう?10代最後にわあわあ泣け!」
「そんな……だめだって……」
「泣くのが恥ずかしいのか?生まれ変わりの痛みだ。素敵なことだ」
「ゆう……りさんっ。さくや……」

 今度は佐久弥から抱き寄せられた。早瀬とは違う力で背中を叩かれた。力強い。強弱のあるリズムが心地いい。こういう時も呼吸が合うのか。俺と夏樹もそうなれるだろうか?すでになっているのだろう。

「こらー。いつも人のことばかり思っているぞ?自分のことはそっちのけで。ほら、顔を拭いてやる。お前は男前だ!自信をもて」
「さくやー……」

 ホカホカのタオルを顔に当てられた。顔を上げると佐久弥が笑っていた。いつもは豪快に笑っているくせに、人が変わったかのようだ。こんなに優しく笑うなんて知らなかった。

「はいはい。ズーーッて、やってごらん」
「ズーーッ」
「よーーし……」
「ありがとう。ズズ……」
「裕理。どこに置くつもりだ?ゴミ箱はこっちだ」
「ありがとう。持って帰ろうかと思った」
「……ゴミ箱に捨てて構わないそうだ。悠人のファンだから嬉しいそうだ。マジだ。ゆうとー、どうする?保管されたら」
「うひぇ……」
「ぎゃははは。次に来た時は、鼻水ティッシュを展示されているぞー?さすがに嫌か?」
「ゴミ箱を洗えないって言ってもらえるかもしれないね?悠人君、その時はお礼を言おうね。練習しようか?」
「……ありがとう」

 早瀬がティッシュで鼻水を拭いてくれた。佐久弥がゴミ箱を差し出してきた。背中を叩いているのは早瀬の手だ。何もかもが連動している。幼馴染みとして、長い月日を過ごした2人だからこそだ。知らない年月を歩いてきた分だけ、クリアしてきたものがある。

 その2人が泣けというなら、この涙はいいことか?わあわあ泣けというのは、悪いことではないのか?男のくせに泣くな!これは、子供の頃にかけた自分自身への呪いだ。

 佐久弥がしゃがみ込んで、俺の顔を覗き込んできた。お兄ちゃんの久弥がいた。等身大の佐久弥でもある。

「お前はギタリスト "yu-to" だ。久田悠人でもある。他の誰になるんだ?」
「カッコいい男。クールな……」
「バーカ。グッチャグチャに悩んで泣いて、表では笑っている奴が好きだ。親しい人の前で弱音を吐く男だ。今のお前のような男だ。俺がフォローする。久田悠人として、ステージを披露しろ!」
「さくやーー……」
「失敗がなんだ?誰でもやることだ。次からどうすればいいかを考えろ。うちの理久が、裕理から掛けてもらった言葉でスッキリしたそうだぞ。……どんな言葉だった?」
「どれだろう。沢山話した。無かったかもしれない」
「インターンシップの時だと言っていたぞ?」
「これだな。……一つの失敗で、全てが終わったと思うな。そう言ったはずだ」
「ほらなー?裕理おじさんはさすがだなー?」
「……っ」

 最後は茶化すのか。丸っきり子供扱いじゃないか。それでもいいか。転んでドロだらけになって立ち上がる。それでOKだ。涙を拭かないままで顔を上げると、早瀬から頬にキスをされた。佐久弥には唇を奪われて、大きな悲鳴を上げてしまった。
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