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“森井美夕”の電話番号をタップした。お父さん、お母さんと登録しなくなったのは、いつのことだっただろう。両親が離婚した時だった。電話をかけると、すぐに出てくれた。
「おはようー。お母さん、どうしたの?」
「……おはよう。10分程度いいかしら?」
「いいよ。朝ごはん前だし」
「お母さんの会社が、東証二部に上場します」
「よかったねー」
「もう一つは悪いお知らせがあるの」
「ほお……」
母の話し方は、相変わらずのハキハキしたものだ。バリバリ働いて会社を動かしている。プライベートでも同じだ。いつも背筋が伸びている。ただし俺はダラダラしている。今までの俺なら、緊張感から背筋を伸ばしていた。しかし、今は違う。早瀬との暮らしで変わったところだ。
(ダラダラして話せるようになったなー。前なんか相槌を打つのも、ちゃんとしていたのに……)
そう教え込まれたからだ。日頃から習慣づけておかないと、とっさに対応できないのが理由だ。冷静になること、聞き返さないこと、適度な相槌を打つこと。それを嫌がっていたが、仕事で役立っているから文句はない。もう両親は怖い存在ではないし、対等に思っているから遠慮しない。父を噴水に叩き落として、殴りつけようとまでした。母を傷つけたからだ。そこで雪解けが始まった。俺の中のドアが開いた瞬間だった。
「お母さんの実家の森井家は ”森井物産” の創業者一族です。知っているわね?」
「もちろん。おじいちゃんが社長だよね?たしか」
「お母さんはミユー企画の代表であり、森井物産の役員の一人になっています。去年の7月からよ」
「知っているよ。続きは?」
「ミユー企画を子会社化しました。森井物産の」
「勘当されたんじゃなかったの?」
「ビジネスだからよ。森井物産の役員の一人が横領をしました。社内で調査中で、100%、固まりました。内々にもみ消すのがベター。……そうはなりません」
「お母さんがやったの?」
「やっていないわよ。関わってもいないわ。春から調査していたの」
「どうして俺に話すの?」
少しだけ面倒くさそうに反応した。こういう聞き方をしても母は気にしない。ストレートに用件のみを口にするからだ。俺もそれが出来るようになった。傷つくこともなくなった。
母が詳しいことを話すのは、バンドのスポンサーに黒崎製菓がついたからだろうか。それとも、早瀬の実家を頼るのか。そもそも、そんなことはないのか。
母は早瀬のことを知っていた。紹介もしていないのに、名前を聞いてすぐに、千尋製菓のことを口にした。当時は嫌な気分だった。だからこそ、母との心の距離が出来たのだろう。
「……まずは結論からよ。社内では済まないことが発覚しました。関係会社から刑事告発されます。うちの森井物産が」
「つぶれるの?どうして俺に報告するわけ?」
「10月にデビューを控えているわね?」
「そうだよ。急に話し方が変わったよ。柔らかいね?」
母の話し方が変化した。なんだか優しいと思った。自分が憧れている、お母さんという感じだ。
「今回の件は大きく報道されるわ。時期はいつなのかは分からないの。あなたの音楽活動に影響する可能性があるの。イメージが悪くなる。いい方にはならない」
「お祖父ちゃんと俺は会ったことがないのに?ああ、調べられるのか。週刊誌の記事にしたいから。他に事件がなかったら長くやるよね。ワイドショーとか」
千尋製菓の件で知った。佐久弥の件でも。佐久弥からは記者を嫌うなと諫められた。
「……そうよ。100%とはそうなるとは言えないわ。でも、スポンサー企業が、ゴシップを嫌がる可能性があるの。そろそろ企業へ噂が広まる頃だから」
「ここに裕理さんがいるから聞いておくよ」
「……お母さんが話してもいい?」
「だめ。俺から話す。又聞きにはしないから」
これからは一人前だ。助けてもらっても、最初は自分でやりたい。成長できないからだ。
「まずはあなたに謝りたい。ごめんなさい」
「お母さんの責任じゃないだろ。そっか。役員メンバーだもんね。知らないでは済まされないのか……」
「あなたの活動を阻んだことは間違いないの。可愛がらない上に、足を引っ張ってごめんなさい……」
「泣かないでよーー」
母が言う通り、ほとんど面倒を見てもらっていない。デキ婚の結果、すぐに別居して祖母に預けっぱなしだった。恨んできたが、結果論でしかない。今は幸せだ。大人として、今は泣いている母に寄り添いたい。
「おはようー。お母さん、どうしたの?」
「……おはよう。10分程度いいかしら?」
「いいよ。朝ごはん前だし」
「お母さんの会社が、東証二部に上場します」
「よかったねー」
「もう一つは悪いお知らせがあるの」
「ほお……」
母の話し方は、相変わらずのハキハキしたものだ。バリバリ働いて会社を動かしている。プライベートでも同じだ。いつも背筋が伸びている。ただし俺はダラダラしている。今までの俺なら、緊張感から背筋を伸ばしていた。しかし、今は違う。早瀬との暮らしで変わったところだ。
(ダラダラして話せるようになったなー。前なんか相槌を打つのも、ちゃんとしていたのに……)
そう教え込まれたからだ。日頃から習慣づけておかないと、とっさに対応できないのが理由だ。冷静になること、聞き返さないこと、適度な相槌を打つこと。それを嫌がっていたが、仕事で役立っているから文句はない。もう両親は怖い存在ではないし、対等に思っているから遠慮しない。父を噴水に叩き落として、殴りつけようとまでした。母を傷つけたからだ。そこで雪解けが始まった。俺の中のドアが開いた瞬間だった。
「お母さんの実家の森井家は ”森井物産” の創業者一族です。知っているわね?」
「もちろん。おじいちゃんが社長だよね?たしか」
「お母さんはミユー企画の代表であり、森井物産の役員の一人になっています。去年の7月からよ」
「知っているよ。続きは?」
「ミユー企画を子会社化しました。森井物産の」
「勘当されたんじゃなかったの?」
「ビジネスだからよ。森井物産の役員の一人が横領をしました。社内で調査中で、100%、固まりました。内々にもみ消すのがベター。……そうはなりません」
「お母さんがやったの?」
「やっていないわよ。関わってもいないわ。春から調査していたの」
「どうして俺に話すの?」
少しだけ面倒くさそうに反応した。こういう聞き方をしても母は気にしない。ストレートに用件のみを口にするからだ。俺もそれが出来るようになった。傷つくこともなくなった。
母が詳しいことを話すのは、バンドのスポンサーに黒崎製菓がついたからだろうか。それとも、早瀬の実家を頼るのか。そもそも、そんなことはないのか。
母は早瀬のことを知っていた。紹介もしていないのに、名前を聞いてすぐに、千尋製菓のことを口にした。当時は嫌な気分だった。だからこそ、母との心の距離が出来たのだろう。
「……まずは結論からよ。社内では済まないことが発覚しました。関係会社から刑事告発されます。うちの森井物産が」
「つぶれるの?どうして俺に報告するわけ?」
「10月にデビューを控えているわね?」
「そうだよ。急に話し方が変わったよ。柔らかいね?」
母の話し方が変化した。なんだか優しいと思った。自分が憧れている、お母さんという感じだ。
「今回の件は大きく報道されるわ。時期はいつなのかは分からないの。あなたの音楽活動に影響する可能性があるの。イメージが悪くなる。いい方にはならない」
「お祖父ちゃんと俺は会ったことがないのに?ああ、調べられるのか。週刊誌の記事にしたいから。他に事件がなかったら長くやるよね。ワイドショーとか」
千尋製菓の件で知った。佐久弥の件でも。佐久弥からは記者を嫌うなと諫められた。
「……そうよ。100%とはそうなるとは言えないわ。でも、スポンサー企業が、ゴシップを嫌がる可能性があるの。そろそろ企業へ噂が広まる頃だから」
「ここに裕理さんがいるから聞いておくよ」
「……お母さんが話してもいい?」
「だめ。俺から話す。又聞きにはしないから」
これからは一人前だ。助けてもらっても、最初は自分でやりたい。成長できないからだ。
「まずはあなたに謝りたい。ごめんなさい」
「お母さんの責任じゃないだろ。そっか。役員メンバーだもんね。知らないでは済まされないのか……」
「あなたの活動を阻んだことは間違いないの。可愛がらない上に、足を引っ張ってごめんなさい……」
「泣かないでよーー」
母が言う通り、ほとんど面倒を見てもらっていない。デキ婚の結果、すぐに別居して祖母に預けっぱなしだった。恨んできたが、結果論でしかない。今は幸せだ。大人として、今は泣いている母に寄り添いたい。
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