【完結】29歳で「売れ残り」とお見合い勧告されましたが、裏では最強のアルファ部長が「運命だ」と逃がしてくれません

Marine

文字の大きさ
15 / 29

しおりを挟む
 午前中、桐生部長は部門長会議に出席していた。
 俺は空っぽのデスクを見ながら、少しほっとしていた。
 何しろ金曜日から月曜の朝まで、ずっと一緒だったんだ。

――それは、とろとろに甘やかされた時間で……嫌じゃなかったけど。
 でもやっぱり、一人になって落ち着きたい。
 彼と一緒にいると、最高級のダウンに沈み込んだみたいに、思考がストップしてしまうから。

 正午になって、営業メンバーがランチに席を立つ中。俺はそのままデスクに残った。
 朝からホテルのブレックファストを食べて満腹だったし(卵が二個もついていた!)
 気持ちを整理したかったからだ。

 彼は発情暴走のときよりも前に、俺のフェロモンを知っているような口ぶりだった。
 もしかして、混乱していないのか?
 もっと前から、俺のことを……?

――怖い、期待してしまいそうで。

 彼の優しい指や、情熱的な愛撫や……独占欲丸出しの言葉とか……。
 思い出すだけで、指先がチリチリするほど、体中の血が熱くなる。

 でも、もし正気に戻って『違う』と言われたら?
 今の自分を鑑みると、『そんな』期待をしてしまうのが恥ずかしくなってくる。

 俺はため息をつきながら、PCで今朝まで滞在していたホテル名を検索した。
 あのホテル、やはりかなり高級だ。
 手が震えてしまうが、まずは一番安い部屋をクリックしてみた。

「……いち、じゅう、ひゃく、せん……」

 つい何度も桁を数えてしまう。
 一番安い部屋ですら、一泊10万円。一万円でも高いのに……その十倍の値段だ。
 嫌な予感がして、マウスを持つ手が汗ばむ。

 俺たちが泊まったのは、こんな狭い部屋じゃない。リビングがあって、角部屋で……東京タワーが目の前に見えていた。
 恐る恐る『スイート』のタブをクリックする。
 画面に現れたのは、見覚えのあるシックなインテリアと、圧倒的な夜景の写真。
 そして、その下に書かれた数字。

「……よんじゅう……ごまん……?」

 一泊、450,000円~。
 目の前が真っ暗になった。
 三泊したから……え、ひゃくさんじゅうまん……?
 俺のボーナスなんて目じゃない金額が、たった三日で消えたことになる。
 こんな高級な場所で、俺はあられもない姿で鳴いて、中に出してとねだったのか。
 恥ずかしさと申し訳なさで、胃がひっくり返りそうだ。俺なんかが、関わっていい人じゃない。

「……気に入ったか?」

 不意に、背後から低い声が降ってきた。
 心臓が……口から飛び出るかと思った。
 いつの間に戻ってきていたのか、桐生部長が俺のデスクのすぐ後ろに立っていた。

 耳に顔を近づけて「お前が気に入ったなら、いつでも予約するぞ」と囁かれた。
 その後ろには、ランチから戻った瀬名や日野たちの姿もあるのに。

「え、あ……ぶ、部長……」

 桐生部長の横から、瀬名がひょいと顔を覗き込んできた。

「あっ、ここ、プロポーズ・スイートじゃないですか」
「え……?」
 聞き捨てならない単語に、俺は動きを止めた。瀬名は興奮気味に画面を指さした。

「このホテル、都内最高クラスで、しかもコーナースイートがロマンチックだから、ここでプロポーズする人が多いんだって。SNSでも有名ですよ」
「そ、そうなんだ……」
「へぇ、一泊四十万かぁ。すごいなぁ」

 瀬名は金額を見て、ため息交じりに言った。

「ここまで高いと、もう『本命』じゃないと連れて行かないですよね。プロポーズするような相手じゃないと、こんな金額出せませんもん。ま、牧田さんはいくら見ても、こんなところでプロポーズしてくれる彼氏なんて無理ですけどね」
「な、なんだよ。見るくらいいいじゃないか」

 金、土、日とここで三泊して、食事はずっとルームサービス。
 あーんで食べさせられながら、ずっとベッドから出してもらえなかったなんて……言えない。

 桐生部長はふっと短く笑っただけだった。

「……ほら、休憩は終わりだ。仕事に戻れ」

 部長の一声で、瀬名たちは「はーい」と自分のデスク散っていった。
 彼らがパソコンに向かい始めたのを見て、部長は自分のデスクに資料を置いた。
 そして、まだ強張っている俺の方へ向き直る。
 
「じゃあ俺は昼飯に行ってくる。牧田も来るか? 食べてないだろう」
「お……俺は、胸……いやお腹がいっぱい……なので」
 慌てて断ると、彼は「そうか」と短く言って、フロアの自動ドアから出ていった。

 周りは賑やかなのに、俺はまだ仕事をする気になれずに、熱い頬を両手で包み込んだ。

――本命じゃないと無理。

 瀬名の無邪気な言葉が、耳の奥でリフレインする。
 あんなホテル、混乱しているのに予約するだろうか。。
 だとしたら、彼は……。
 
 ドクン、と胸の奥が音を立てた。

 そのとき。手元のPCから、ピン、と硬質な通知音が鳴った。

 社内チャットだ。
 画面の右下にポップアップが出ている。

『送信者:桐生 晃(エンタープライズ事業本部)』
 心臓が止まるかと思った。
 慌てて周囲を見回し、誰も背後にいないことを確認してメッセージを開く。
 そこには、短い一文だけが表示されていた。
 
《kiryuu:顔、赤いぞ》

「ひゃっ……!?」

 変な声が出て、慌てて口を押さえる。
 画面の向こうで、彼がニヤリと笑っているのが目に見えるようだ。

――全部、見透かされている。

 俺が値段を見て青くなっていたことも。
 今、「本命」という言葉に赤くなっていることも。
 
 隣のオープンスペースから日野と瀬名の打合せが聞こえてきた。
 顧客について話している、事務的なトーンの声。

 俺は熱を持った指先で、画面の文字をそっとなぞった。
 オフィスでの秘密のやりとり。
 それがこんなに、甘くて刺激的だなんて知らなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました

水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。 新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。 それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。 「お前は俺の運命の番だ」 彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。 不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

僕たちの世界は、こんなにも眩しかったんだね

舞々
BL
「お前以外にも番がいるんだ」 Ωである花村蒼汰(はなむらそうた)は、よりにもよって二十歳の誕生日に恋人からそう告げられる。一人になることに強い不安を感じたものの、「αのたった一人の番」になりたいと願う蒼汰は、恋人との別れを決意した。 恋人を失った悲しみから、蒼汰はカーテンを閉め切り、自分の殻へと引き籠ってしまう。そんな彼の前に、ある日突然イケメンのαが押しかけてきた。彼の名前は神木怜音(かみきれお)。 蒼汰と怜音は幼い頃に「お互いが二十歳の誕生日を迎えたら番になろう」と約束をしていたのだった。 そんな怜音に溺愛され、少しずつ失恋から立ち直っていく蒼汰。いつからか、優しくて頼りになる怜音に惹かれていくが、引きこもり生活からはなかなか抜け出せないでいて…。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…? タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。 歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話

降魔 鬼灯
BL
 ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。  両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。  しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。  コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。  

処理中です...