婚約破棄?はい、喜んで!――つきましては、こちらの請求書をご確認ください。

小梅りこ

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「……お嬢様。大変なことになりました」

アンナが、いつになく真剣な表情で、金色の封蝋が施された一通の手紙を持ってきた。
そこには、王国の頂点に立つ者――国王陛下の紋章が刻印されていた。

「あら、国王陛下? もしかして、私の宿に『隠居プラン』の予約でも入れたいのかしら」

エーミは優雅にハサミを入れ、手紙を開封した。
中には、国王直筆と思われる、少しだけ弱々しい筆致の文面が並んでいた。

「……どれどれ。……『愛しきエーミ嬢へ。君が去ってから、我が国の王立銀行の残高が、秋の日の夕暮れのように急速に沈んでいる。ユリウスの愚行は重々承知しているが、このままでは冬を越すための薪代すら危うい。一度、国家予算の健康診断(コンサルティング)に来てはもらえぬだろうか』……だそうよ」

「お嬢様、これ……実質的な『助けてくれ』という悲鳴ではありませんか?」

「そうね。国家のトップが、追放したはずの小娘に泣きつくなんて、王国の財政指標は相当な『売り』サインが出ているわね」

エーミは手紙をパタンと閉じると、口角を不敵に上げた。
その瞳には、一国の予算を丸ごと料理しようとする、巨大な野心が燃えている。

「ふふ……国家予算のコンサルティング。これほど面白そうな『大規模プロジェクト』、他にはないわ」

「待て、エーミ。本気か?」

執務室のドアを乱暴に開けて入ってきたのは、やはりラインハルトだった。
彼は国王からの使者が来たという噂を聞きつけ、居ても立ってもいられなくなったらしい。

「あいつらのところへ戻るつもりか? あんな、お前の価値も分からずに追い出した無能どものところへ!」

「あら、ラインハルト。戻るなんて一言も言っていないわ。私はただ、『ビジネス』の話をしようとしているのよ」

「……ビジネスだと?」

「ええ。国王陛下は私を『頼っている』のではないわ。私の『知見という資産』を買い取ろうとしているのよ。だったら、私はそれに見合う最高の見積書(オファー)を出すまでだわ」

ラインハルトは、エーミの肩を掴んで自分の方を向かせた。
その瞳は、いつになく必死だった。

「お前はあいつらに利用されるだけだ! 王都へ行けば、またあのバカ王子の婚約者に据え直されて、今度は『国の借金』を背負わされるのがオチだぞ」

「……ラインハルト、私を誰だと思っているの? 私が損をする契約を結ぶとでも?」

エーミは、ラインハルトの手の上に自分の手を重ねた。
彼の指先が、微かに震えているのが伝わってくる。

「私はあそこには戻らないわ。私の本拠地(ヘッドオフィス)は、ここ……あなたの隣にある、この温泉宿よ。……でも、国王陛下からの依頼を『有料』で引き受けることは、この領地の地位を盤石にする絶好のチャンスなの」

「……地位?」

「そうよ。王家が私に莫大なコンサル料を支払うことになれば、実質的に王家は私の『クライアント』……つまり、私に頭が上がらなくなるわ。そうなれば、誰もこの辺境に手出しはできなくなる。……これ、最高の『安全保障への投資』だと思わない?」

エーミの徹底した合理主義に、ラインハルトは呆れたように深くため息をついた。
だが、その表情にはどこか諦めと、深い信頼が混じっていた。

「……分かった。お前がそう言うなら、止めはしない。……だが、王都へ行くなら、俺の騎士団の半分を護衛につける。もちろん、『ボランティア』ではなく、俺の個人資産から給料を払ってな」

「あら。辺境伯様からの無償の警備提供かしら? ……それは嬉しいわね。利回りが一気に向上するわ」

エーミは微笑み、アンナに向き直った。

「アンナ、国王陛下への返信を書きなさい。……『喜んでお引き受けいたします。ただし、一時間あたりの相談料は金貨五枚。さらに、王立銀行の赤字を削減できた場合、その削減額の十%を成功報酬として頂戴いたします』……とね」

「……お嬢様。それ、王家が破産しませんか?」

「破産させないために私が行くのよ。……さあ、準備を始めましょう。王都の『無駄遣い』を根こそぎリストラして差し上げるわ!」

その頃、王都。
ユリウス王子は、フローラが勝手に注文した「金糸で編んだ最高級のカーテン」が届いた際、配送業者から「殿下、代金が引き落とされておりませんが?」と詰め寄られていた。

「な、何だと……!? この私が、カーテン一枚の金も払えないと言うのか!」

「ええ、殿下。銀行の残高が……ええと、マイナス表示になっております」

「……マイナス!? 数字にマイナスなどという概念があるのか!?」

算術の基本すら怪しい王子をよそに、王国はかつてない「最強の監査役」の再来を、震えて待つことになったのである。
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