婚約破棄?はい、喜んで!――つきましては、こちらの請求書をご確認ください。

小梅りこ

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「……皆様、一週間の『修練』お疲れ様でした。これより、最終的な宿泊費用およびコンサルタント料の清算を行いますわ」

エーミは、宿のロビーに整列した令嬢たちの前で、分厚い台帳を広げた。

一週間前、王都の流行だけを追いかけていた「ひ弱な苗木」たちは、今や見違えるほどに精悍な顔つきになっている。
肌は温泉と泥パックで内側から発光し、山道を駆け抜けた足腰は適度に引き締まり、その瞳には「投資対効果」という概念が宿っていた。

「エーミ様、こちらがわたくしの清算金ですわ。追加の『美肌維持オプション』と『殿下操縦マナー講座』の代金も含まれています」

一人の令嬢が、ずっしりと重い革袋をエーミに差し出した。

「ええ、確かに。……あら、銀貨三枚分ほど多いわよ?」

「それは『チップ』ですわ。わたくし、ここに来て初めて気づきましたの。今まで王都で買っていた高価なドレスより、ここで流した汗と、この温泉泥の方が、よっぽど自分の資産価値を高めてくれるということに!」

「素晴らしいわ! そのマインドセットこそ、この合宿の最大の収穫ね」

エーミは満足げに頷き、次々と令嬢たちから現金(あるいは即金性の高い宝石)を回収していった。

「お嬢様、本日の売上だけで、辺境の全道路の舗装工事費、および来期までの運営資金が確保できました」

アンナが電卓を叩くような速度で帳簿を整理し、耳打ちする。

「ふふ、計算通りね。さあ、皆様。王都へ帰りなさい。そして、あのバカ王子……いえ、ユリウス殿下に、本当の『価値』というものを見せつけて差し上げるのよ」

令嬢たちは、かつてない自信に満ちた表情で馬車に乗り込んだ。
彼女たちの去り際、最後尾で見張っていたラインハルトに、一斉に黄色い声が飛ぶ。

「辺境伯様! 次に会う時は、もっと高く売れる女になって戻ってきますわ!」

「わたくしを落としたければ、もっと高い年俸を用意して待っていてくださいませね!」

「……勝手にしろ。二度と泥だらけで縋り付いてくるな」

ラインハルトは不機嫌そうに吐き捨てたが、去っていく馬車を見送るその瞳には、少しだけ安堵の色が混じっていた。

「……ようやく静かになるな。お前の商魂には、我が騎士団も辟易していたぞ」

「あら、彼らだってボーナスが出て喜んでいるはずよ。それよりラインハルト、次のビジネスプランの準備はできているかしら?」

「……まだやるのか」

「当然でしょう? 彼女たちが王都に戻れば、この『辺境リゾート』の噂は爆発的に広まるわ。次は、彼女たちの親……つまり、王国の経済を握る『お父様方』がターゲットよ」

エーミの瞳には、すでに次の金貨の山が見えていた。

その頃、王都。
ユリウス王子は、一週間ぶりに戻ってきた令嬢たちの姿を見て、絶句していた。

「……えっ? だ、誰だ君たちは……?」

そこには、以前のように彼に媚びを売り、プレゼントをねだる令嬢たちの姿はなかった。
彼女たちは、泥を落とし、最高に磨き上げられた美貌で彼を冷ややかに見据えた。

「殿下、本日は失礼いたします。わたくし、殿下とお話しする一時間を時給換算しましたところ、今の殿下の『将来性』では割に合わないという結論に達しましたの」

「えっ……?」

「それと、殿下。そのネクタイの結び方、非効率ですわ。もっと時間を有効に使いなさいな。それでは、ごきげんよう」

令嬢たちは、王子を「不良債権」を見るような目で一瞥すると、颯爽と去っていった。

「な、なんだ……!? みんな、あんなに私に夢中だったじゃないか! フローラ、これは一体どういうことなんだ!」

「わ、わかりませんわ……。みんな、肌がピカピカしてて、なんだか……怖いですわ……!」

フローラも、彼女たちの放つ「自立した美しさ」という圧倒的なオーラに、完全に気圧されていた。
自分のような「甘えるだけの女」が、もはや通用しない世界になりつつあることを、彼女は本能的に悟った。

王都の社交界には、急速にある噂が広まっていった。
『辺境には、女を女神に変え、男を賢者に変える、奇跡の地がある』。
そして、『その地を支配するのは、かつて王子に捨てられた、最強の財務令嬢である』と。

辺境の屋敷のテラスで、セシル王女がシャンパングラスを掲げた。

「おめでとう、エーミ。王都のトレンドが、完全にあなたに塗り替えられたわよ」

「ありがとうございます、セシル様。でも、これはまだ『先行投資』の回収に過ぎませんわ」

エーミは遠く王都の方角を見つめ、不敵に微笑んだ。

「本当の『ざまぁ』……いえ、本当の『市場独占』は、これから始まりますのよ」

その隣で、ラインハルトが呆れながらも、彼女のために新しい紅茶を淹れていた。
彼もまた、この「非合理な恋」という最大の赤字リスクを抱えながら、エーミという名の優良銘柄から離れられなくなっていたのである。
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