婚約破棄?はい、喜んで!――つきましては、こちらの請求書をご確認ください。

小梅りこ

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王都の巨大な正門を潜り抜ける際、沿道の市民たちから地響きのような歓声が上がった。

それもそのはず、先頭を行くのは「氷の騎士」として名高いラインハルト率いる精鋭騎士団。
そしてその中央で、王家の紋章よりも輝く「新調された最高級の馬車」が静々と進んでいたからだ。

「……あら、随分と歓迎されているわね。私の『請求書』のファンかしら?」

「お嬢様、それは違います。王都の物価が高騰しすぎて、市民は皆、お嬢様が持ち込んでくるであろう『地方の利益』に期待しているのですわ」

アンナが窓から外を伺いながら、冷静に分析する。
馬車が王宮の車寄せに止まると、そこにはすでに「出迎え」の面々が揃っていた。

その中心に立つのは、一ヶ月前より明らかに顔色が悪く、心なしか頬が扱けたユリウス王子。
そして、その隣で必死に「幸薄い美少女」を演じているが、ドレスの質が一段階落ちているフローラだ。

「……エーミ! よくぞ戻った! 父上から聞いたぞ、私の不手際を補うために、わざわざ辺境から駆けつけてくれたのだな!」

ユリウスが、まるで救世主を迎えるような顔で歩み寄ってくる。
彼は、エーミが自分にまだ未練があり、無償で助けてくれるのだと固く信じているようだった。

馬車の扉が開く。
ラインハルトが真っ先に降り、無言で、しかし威圧感たっぷりにエーミに手を貸した。
エーミは、王都の流行を三歩先取りした「洗練された勝負服」で地上に降り立つ。

「お久しぶりですわ、ユリウス殿下。……一ヶ月でお老けになったかしら? ストレスは美容と資産にとって最大の毒ですわよ」

「なっ……! き、貴様、元婚約者に対して何という無礼を……!」

「あら、元(・)ですので。今はただの、国王陛下に雇われた『外部コンサルタント』ですわ。……で、殿下。お話の前に、まずはこちらに目を通していただけます?」

エーミは挨拶もそこそこに、アンナから受け取った分厚い書類をユリウスに突きつけた。

「な、なんだこれは? 愛の詩か?」

「いいえ。王宮への『立ち入り料金』、および『一時間あたりの相談料』の事前承認書ですわ。あ、ついでにそこのフローラ様の滞在費も、今後は殿下の私費から差し引かせていただきますので」

「ええっ!? わ、わたくしの生活費を削るのですか!? ひどいですわ、エーミ様!」

フローラが泣き真似をしながらユリウスの袖を掴む。
しかし、エーミはその姿を「ゴミを見るような目」ですら見ず、ただ手元の帳簿を確認した。

「フローラ様。あなたの涙一滴あたりの塩分濃度より、あなたが昨日消費した『最高級バラの入浴剤』の単価の方が、私にとっては重要なの。……殿下、サインを。でないと、私は今すぐ辺境に帰って、あなたの不祥事をネタに『温泉落語』でも興じますわよ?」

「……お、温泉落語だと……!? ……くっ、分かった、書けばいいんだろう!」

ユリウスは屈辱に震えながら、羽ペンを走らせた。
その様子を後ろで見ていたラインハルトが、これ見よがしに剣の柄を鳴らす。

「……ユリウス殿下。エーミを単なる『財布』だと思っているなら、今すぐその認識を改めるべきだ。彼女は今、俺の領地の、そしてこの王国の『生命線』を握っているのだからな」

「アシュレイ辺境伯……! なぜ貴様までついてきているのだ!」

「護衛だ。……お前のような、数字の数え方も怪しい輩から、彼女を守るためにな」

一触即発の空気。
だが、エーミはそんな男たちの火花など、一ミリも興味がない様子で王宮の奥を見据えた。

「さあ、時は金なりですわ。殿下、案内してちょうだい。まずは……そうね、あなたの『秘密の遊興費』が隠されているであろう、地下の特別会計の金庫から監査を始めるわ!」

「なっ……なぜそこを知っている……!」

「あら、私が五年もあなたの隣にいたと思っているの? あなたの呼吸の乱れ一つで、どの口座から金を引き出したか当てることくらい、九九を暗唱するより簡単ですわよ」

エーミは優雅に踵を返し、驚愕するユリウスを置き去りにして、王宮へと堂々たる進軍を開始した。

それは、かつての「悪役令嬢」の帰還ではない。
破綻しかけた王国という名の巨大な「赤字企業」を、徹底的に解体し、再建しようとする「冷徹な執行官」の姿だった。

その夜、王宮のあちこちから、役人たちの悲鳴と、エーミが算盤を弾く「カチカチ」という無慈悲な音が、夜通し響き渡ることになったのである。
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