婚約破棄?はい、喜んで!――つきましては、こちらの請求書をご確認ください。

小梅りこ

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「……開けなさい。私の目は節穴(ふしあな)ではなく、高性能の透視スキャナーだと思っていただいて構いませんわよ」

王宮の最深部。重厚な魔導ロックがかかった隠し金庫の前で、エーミは冷ややかに言い放った。

「な、何を言っているんだエーミ! ここは王家の最高機密……いくら父上が許可したとはいえ、元・部外者のお前が立ち入るなど……!」

ユリウスが必死に扉を背にして通せんぼをするが、その後ろからラインハルトが静かに歩み寄る。

「……ユリウス殿下。どけ。それとも、俺の剣でその扉の資産価値をゼロにされたいか?」

「ひっ……! わ、わかった、開ければいいんだろう、開ければ!」

震える手で魔導鍵を差し込むと、巨大な歯車が回り、ゆっくりと扉が開いた。
中から漂ってきたのは、金貨の輝き……ではなく、なんとも言い難い「埃(ほこり)っぽさと無駄遣いの臭い」だった。

「……何よ、これは」

エーミが足を踏み入れると、そこには金貨の代わりに、奇妙な造形物が山積みになっていた。

「これですわ、殿下! わたくしと殿下の愛の象徴、『黄金の等身大・抱擁(ほうよう)スタチュー』ですわ!」

フローラが誇らしげに指し示したのは、金メッキが剥げかかった、ユリウスとフローラが抱き合っている巨大な像だった。

「……殿下。これの購入価格は?」

「え、ええと……材料費と芸術家への特別手当で、金貨五千枚ほどだったかな」

「……金貨五千枚。……アンナ、計算して」

「はい、お嬢様。その金額があれば、辺境の全戸に十年間、冬の暖房用の薪(まき)を無償配給できる計算ですわ」

アンナの無慈悲な報告に、エーミの額に青筋が浮かんだ。

「……素晴らしいわ、殿下。薪を燃やして国民を温める代わりに、自分たちの像を眺めて自己満足に浸っていたわけね。しかもこれ、純金ですらなく『真鍮(しんちゅう)に金メッキ』じゃない。完全にボッタクリに遭っているわよ」

「な、なんだと!? あの商人は『伝説の古代金の塊だ』と言っていたのに!」

「伝説の……? 殿下、あなたの脳内には経済学という概念の代わりに、お伽話(おとぎばなし)の絵本でも詰まっているのかしら?」

エーミはさらに奥へ進む。
そこにあったのは、巨大な水槽(すいそう)に入れられた、羽の生えたトカゲのような生き物だった。

「これは……まさか、幻の『スカイ・リザード』?」

ラインハルトが驚いたように呟く。

「そうだ! これこそ未来の飛行戦力になると思って、先行投資として購入したのだ!」

「……殿下。この生き物の餌代はいくらです?」

「一日あたり、特級の魔力結晶を一石(いっこく)ほどかな。……でも、愛らしいだろう?」

「……愛らしさで国家が運営できるなら、今すぐあなたを動物園の檻(おり)に入れて見世物にしますわ。……アンナ、このトカゲの維持費を算出して」

「はい。現在までに費やされた餌代だけで、王宮騎士団の装備を全て最新の魔導鎧(まどうよろい)に更新できる金額に達しています。……なお、この種は成体になっても、せいぜい鶏(にわとり)程度の飛翔力しか持たないことが最新の研究で判明していますわ」

「……ただの、高くつくペットじゃない!!」

エーミの叫びが金庫内に響き渡った。
彼女は手に持っていた算盤(そろばん)を、猛烈な勢いで弾き始める。

「いい、殿下。これは投資ではなく、単なる『資源の廃棄』よ! 今すぐこの像は溶かして地金として売却。このトカゲは……そうね、研究機関に『寄付』という形での損切りを提案するわ。税控除(ぜいこうじょ)の対象にできるか、これから財務卿と交渉してくるわね」

「ま、待てエーミ! 私の愛着はどうなるんだ!」

「あなたの愛着なんて、貸借対照表(たいしゃくたいしょうひょう)には一文字も載りませんわ! ……あ、あとフローラ様。あなたが勝手に食べた『王家秘蔵の熟成ハチミツ』、あれ、薬用としての価値が金貨百枚分あったんですけれど。……後であなたの実家の男爵家に、全額請求書を送っておきますわね」

「ええっ!? あ、あんなに甘くて美味しかったのに、お金がかかるんですの!?」

「当たり前でしょう! この世にタダで甘いものなんて存在しませんわよ!」

エーミは怒涛の勢いで金庫内の物品を「売却」「廃棄」「返品」の三つのカテゴリーに仕分けていった。
その背後で、ラインハルトが呆れ半分、感心半分で溜息をつく。

「……ユリウス。お前は、この女を敵に回したことが、人生最大の『損失』だったと、ようやく理解したか?」

「……う、うるさい! 私は……私はただ、華やかな王宮を取り戻したかっただけなんだ……!」

ユリウスの弱々しい反論を、エーミの算盤を弾く「カチッ!」という無慈悲な音が、無惨に打ち消した。

「さあ、第一弾の資産整理は終わったわ。……次は、殿下の『公務(という名のピクニック)』に費やされた多額の旅費の精算に移るわよ。……覚悟はできていまして?」

エーミの瞳に宿る、冷徹な「監査官」の輝き。
王宮の無駄遣いという名の膿(うみ)が、今まさに、彼女の指先によって根こそぎ摘出されようとしていた。
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