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「……いやだあああ! なぜ、私がこんな、ヌルヌルした石を磨かなければならないんだ!」
辺境の温泉宿『グラナード・スパ&リゾート』の大浴場。
かつて王宮で優雅にワインを傾けていたユリウス王子は今、泥まみれの作業着に身を包み、必死に大浴場の床をブラシで擦っていた。
「殿下、無駄口を叩く暇があったら手を動かして。その石一つを磨き残すごとに、宿の資産価値が銀貨一枚分毀損(きそん)していると思ってちょうだい」
エーミは浴場の縁に立ち、ストップウォッチを片手に冷たく言い放った。
「エーミ様ぁ……わたくし、もう指がふやけてしまいましたわ。ジャガイモの皮なんて、調理人にやらせればよろしいじゃありませんか……!」
隣の厨房(ちゅうぼう)入り口では、フローラが山積みの野菜を前に涙目になっていた。
彼女の担当は、宿泊客に提供する「地産地消フルコース」の下準備だ。
「フローラ様、それこそが『搾取(さくしゅ)』のマインドね。食材一つにどれだけの労力がかかっているかを知らなければ、あなたは一生、他人の財布で贅沢をするだけの寄生虫のままよ。……ほら、そのジャガイモ、皮を厚く剥きすぎ。一ミリの誤差につき銅貨一枚の減給よ」
「げ、減給!? もともと無給(むきゅう)なのに、これ以上何を引くんですの!?」
「あなたの将来の『まともな人間としての評価』という無形資産から差し引いているのよ」
エーミは事務的にメモを取ると、監督役として壁際に立っていたラインハルトに声をかけた。
「辺境伯、彼らの働きぶりはどうかしら? あなたの軍隊式の教育論から見て、改善の余地はある?」
ラインハルトは、情けない声を上げて腰をさするユリウスを、心底憐(あわれ)むような、あるいは呆れたような目で見つめた。
「……改善の余地以前の問題だな。動作に無駄が多すぎる。……おい、ユリウス。腰を入れるんだ。そんな撫でるような擦り方では、三日経っても苔(こけ)は落ちんぞ」
「ア、アシュレイ辺境伯……! 貴様、私を誰だと思っている! 次期国王だぞ!」
「王冠(おうかん)を被る前に、まずはそのブラシを正しく握ることを覚えるんだな。……エーミ、こいつをいつまでここで働かせるつもりだ?」
「王家の負債を労働力で換算(かんさん)したところ、あと三年は必要ね。……でも、意外と彼、一生懸命磨いているわ。自己肯定感が低い分、物理的な成果が見えると夢中になるタイプなのかしら」
エーミの分析に、ラインハルトはふっと口角を上げた。
「……お前は、本当に復讐のためにこれをやっているのか?」
「復讐? そんな非生産的なこと、私がすると思う? 私はただ、彼らを『維持費ばかりかかる不良資産』から『自立した稼働資産』にコンバージョンしようとしているだけよ」
エーミはラインハルトを見上げ、いたずらっぽく微笑んだ。
「……それとも、私が彼に執着しているように見えて、嫉妬(しっと)でもしたのかしら?」
「なっ……! 何を、馬鹿なことを……!」
ラインハルトは顔を赤くして視線を逸らしたが、その耳がわずかに火照っているのを、エーミは見逃さなかった。
彼女は「ふふ、非合理的なバグね」と呟き、再びストップウォッチをリセットした。
「さあ、休憩時間は終了よ! 殿下、次は露天風呂の枯葉拾いですわ。フローラ様は、宿泊客の靴磨き百足(ひゃくそく)分。……時間は金なり! 一分でも遅れたら、夕食のランクを『麦飯(むぎめし)のみ』に下げさせていただきますわ!」
「「ひいいいいっ!!」」
二人の悲鳴が、辺境の静かな山々に響き渡った。
一方で、王都。
国王は、エーミが持ち帰った「ベルモンド伯爵からの没収金」と「王宮のリストラ案」により、数年ぶりに国庫が黒字に転じたという報告書を読み、深く安堵の溜息をついていた。
「……あの子を追い出したのは、やはり我が国最大の『経済的損失』であったな。……ユリウス、そこでしっかり叩き直されてくるがいい」
国王は、息子の将来を案じつつも、手元の高級なワインを、エーミに教わった「コストパフォーマンスに優れた安価で美味い銘柄」に変え、その風味を楽しんでいた。
エーミの支配は、もはや辺境の宿だけではなく、王国の経済そのものにまで浸透し始めていたのである。
辺境の温泉宿『グラナード・スパ&リゾート』の大浴場。
かつて王宮で優雅にワインを傾けていたユリウス王子は今、泥まみれの作業着に身を包み、必死に大浴場の床をブラシで擦っていた。
「殿下、無駄口を叩く暇があったら手を動かして。その石一つを磨き残すごとに、宿の資産価値が銀貨一枚分毀損(きそん)していると思ってちょうだい」
エーミは浴場の縁に立ち、ストップウォッチを片手に冷たく言い放った。
「エーミ様ぁ……わたくし、もう指がふやけてしまいましたわ。ジャガイモの皮なんて、調理人にやらせればよろしいじゃありませんか……!」
隣の厨房(ちゅうぼう)入り口では、フローラが山積みの野菜を前に涙目になっていた。
彼女の担当は、宿泊客に提供する「地産地消フルコース」の下準備だ。
「フローラ様、それこそが『搾取(さくしゅ)』のマインドね。食材一つにどれだけの労力がかかっているかを知らなければ、あなたは一生、他人の財布で贅沢をするだけの寄生虫のままよ。……ほら、そのジャガイモ、皮を厚く剥きすぎ。一ミリの誤差につき銅貨一枚の減給よ」
「げ、減給!? もともと無給(むきゅう)なのに、これ以上何を引くんですの!?」
「あなたの将来の『まともな人間としての評価』という無形資産から差し引いているのよ」
エーミは事務的にメモを取ると、監督役として壁際に立っていたラインハルトに声をかけた。
「辺境伯、彼らの働きぶりはどうかしら? あなたの軍隊式の教育論から見て、改善の余地はある?」
ラインハルトは、情けない声を上げて腰をさするユリウスを、心底憐(あわれ)むような、あるいは呆れたような目で見つめた。
「……改善の余地以前の問題だな。動作に無駄が多すぎる。……おい、ユリウス。腰を入れるんだ。そんな撫でるような擦り方では、三日経っても苔(こけ)は落ちんぞ」
「ア、アシュレイ辺境伯……! 貴様、私を誰だと思っている! 次期国王だぞ!」
「王冠(おうかん)を被る前に、まずはそのブラシを正しく握ることを覚えるんだな。……エーミ、こいつをいつまでここで働かせるつもりだ?」
「王家の負債を労働力で換算(かんさん)したところ、あと三年は必要ね。……でも、意外と彼、一生懸命磨いているわ。自己肯定感が低い分、物理的な成果が見えると夢中になるタイプなのかしら」
エーミの分析に、ラインハルトはふっと口角を上げた。
「……お前は、本当に復讐のためにこれをやっているのか?」
「復讐? そんな非生産的なこと、私がすると思う? 私はただ、彼らを『維持費ばかりかかる不良資産』から『自立した稼働資産』にコンバージョンしようとしているだけよ」
エーミはラインハルトを見上げ、いたずらっぽく微笑んだ。
「……それとも、私が彼に執着しているように見えて、嫉妬(しっと)でもしたのかしら?」
「なっ……! 何を、馬鹿なことを……!」
ラインハルトは顔を赤くして視線を逸らしたが、その耳がわずかに火照っているのを、エーミは見逃さなかった。
彼女は「ふふ、非合理的なバグね」と呟き、再びストップウォッチをリセットした。
「さあ、休憩時間は終了よ! 殿下、次は露天風呂の枯葉拾いですわ。フローラ様は、宿泊客の靴磨き百足(ひゃくそく)分。……時間は金なり! 一分でも遅れたら、夕食のランクを『麦飯(むぎめし)のみ』に下げさせていただきますわ!」
「「ひいいいいっ!!」」
二人の悲鳴が、辺境の静かな山々に響き渡った。
一方で、王都。
国王は、エーミが持ち帰った「ベルモンド伯爵からの没収金」と「王宮のリストラ案」により、数年ぶりに国庫が黒字に転じたという報告書を読み、深く安堵の溜息をついていた。
「……あの子を追い出したのは、やはり我が国最大の『経済的損失』であったな。……ユリウス、そこでしっかり叩き直されてくるがいい」
国王は、息子の将来を案じつつも、手元の高級なワインを、エーミに教わった「コストパフォーマンスに優れた安価で美味い銘柄」に変え、その風味を楽しんでいた。
エーミの支配は、もはや辺境の宿だけではなく、王国の経済そのものにまで浸透し始めていたのである。
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