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王宮の財政改革が始まって一週間。
廊下を歩けば、私を見る貴族たちの目が「恐怖」から「欲望」へと変わり始めていた。
現金なものですわ。
私が王家から北方鉱山の採掘権をもぎ取ったという噂が広がるや否や、今度は「あの計算能力を我が家に」と目論む輩が列を成しているのです。
「ウリエル様、少々お時間を。我が公爵家では、貴女を『終身財務顧問』として、今の倍の報酬でお迎えしたいと考えておりましてな」
行く手を阻んだのは、恰幅の良いウェスト公爵だった。
私は手元の懐中時計をパチンと閉じ、冷ややかな視線を送った。
「倍、ですか? 具体的には年棒いくらのお話かしら。私の時間は現在、一秒ごとに複利で価値が上がっておりますのよ」
「は、はは……。左様ですな。では、我が家の次男との婚姻も含めて検討しては……」
「お断りします。次男様の放蕩癖による損失を埋めるのに、私の人生の貴重な三年間が浪費される計算になりますもの。完全な赤字案件(デッドストック)ですわ」
私が冷たくあしらって歩き出そうとしたその時、背後から聞き慣れた、そして最高に不愉快な声が響いた。
「待て! ウリエルは、もともと私の婚約者だ! その能力を他家に渡すなど、この私が許さん!」
振り返ると、泥だらけの長靴を履いたクロード殿下が、不格好に肩を怒らせて立っていた。
どうやらドブ板清掃の現場から逃げ出してきたようですわね。
「殿下。逃亡一回につき、明日の朝食のパンは半分にカットという契約でしたわよね。……それとも、完全に絶食(コストゼロ)をご希望かしら?」
「うるさい! ウリエル、貴様、本当は私に構ってほしくてこんな真似をしているのだろう? 認めよう、お前の能力は王妃に相応しい。特別に婚約破棄を白紙に戻して――」
「寝言は、自分の支払い能力を確認してから仰ってくださいませ」
私が呆れて溜め息をついた、その時だった。
「――その汚い口を閉じろ、無能王子」
低い、地を這うような冷徹な声。
カシアン様が、廊下の角から現れた。
その手は無意識にか、腰の剣の柄に置かれている。
「ノックス辺境伯! 貴様、これは王家の問題だ。部外者は――」
「部外者ではない。ウリエルは今、我がノックス領の『至宝』として、全権を委託されたパートナーだ。……そして、私の専属だ」
カシアン様が私の肩を抱き寄せ、ぐいと自分の方へ引き寄せた。
あまりに強い力に、私の体が彼の硬い鎧に密着する。
「せ、専属……? それは、財務顧問としてか?」
ウェスト公爵が恐る恐る尋ねる。
カシアン様は、氷のような瞳で周囲を一掃し、言い放った。
「顧問としてだけではない。彼女の計算、彼女の言葉、彼女の指先一つに至るまで、すべて私が独占する契約だ。他家の男が、これ以上の下劣な視線を向けることは許さん」
「カ、カシアン様……? そんな契約条件、盛り込まれていませんでしたわよ?」
私が驚いて見上げると、カシアン様は耳をわずかに赤くしながら、けれど視線は殿下から逸らさずに答えた。
「……今、追加した。違約金ならいくらでも払ってやる。だから貴様ら、二度とこの女に近づくな」
カシアン様の殺気に押され、ウェスト公爵も、そしてクロード殿下も、蜘蛛の子を散らすように去っていった。
静まり返った廊下で、私を抱くカシアン様の腕だけが熱を持っている。
私は、自分の鼓動が「非効率な速さ」で刻まれているのを自覚した。
「……カシアン様。今の発言、市場価値を操作する『虚偽報告』に当たりますわ。私の専属料は、貴方の領地の年間予算でも足りないくらい高いのですから」
「……。構わない。領地が足りなければ、私自身を貴様に売却してやる。……ウリエル。貴様が他人の資産状況を計算しているのを見るのは、どうにも胸糞が悪い」
「……。それは、独占禁止法に抵触するレベルの強欲さですわね」
私は、彼の胸板に手を当て、少しだけ顔を赤らめた。
計算高いはずの私が、この時ばかりは「機会損失」や「利回り」のことなど、何一つ考えられなくなっていた。
「……。ウリエル。私の『秘密の貯金』、すべて貴様に預ける。だから、余所見(むだづかい)はするな」
「……。利息、高くつきますわよ?」
「ああ。一生かけて、貴様に搾り取られる覚悟だ」
カシアン様の腕に、さらに力がこもる。
どうやら、私の人生で最大かつ、もっとも「高利貸し」な関係が成立してしまったようですわ。
「……。ふふ、仕方ありませんわね。カシアン様。これほど熱烈なプロポーズ(投資勧誘)を受けたのは、初めてですもの」
私は彼の腕の中で、最高に「強欲」な笑みを浮かべた。
廊下を歩けば、私を見る貴族たちの目が「恐怖」から「欲望」へと変わり始めていた。
現金なものですわ。
私が王家から北方鉱山の採掘権をもぎ取ったという噂が広がるや否や、今度は「あの計算能力を我が家に」と目論む輩が列を成しているのです。
「ウリエル様、少々お時間を。我が公爵家では、貴女を『終身財務顧問』として、今の倍の報酬でお迎えしたいと考えておりましてな」
行く手を阻んだのは、恰幅の良いウェスト公爵だった。
私は手元の懐中時計をパチンと閉じ、冷ややかな視線を送った。
「倍、ですか? 具体的には年棒いくらのお話かしら。私の時間は現在、一秒ごとに複利で価値が上がっておりますのよ」
「は、はは……。左様ですな。では、我が家の次男との婚姻も含めて検討しては……」
「お断りします。次男様の放蕩癖による損失を埋めるのに、私の人生の貴重な三年間が浪費される計算になりますもの。完全な赤字案件(デッドストック)ですわ」
私が冷たくあしらって歩き出そうとしたその時、背後から聞き慣れた、そして最高に不愉快な声が響いた。
「待て! ウリエルは、もともと私の婚約者だ! その能力を他家に渡すなど、この私が許さん!」
振り返ると、泥だらけの長靴を履いたクロード殿下が、不格好に肩を怒らせて立っていた。
どうやらドブ板清掃の現場から逃げ出してきたようですわね。
「殿下。逃亡一回につき、明日の朝食のパンは半分にカットという契約でしたわよね。……それとも、完全に絶食(コストゼロ)をご希望かしら?」
「うるさい! ウリエル、貴様、本当は私に構ってほしくてこんな真似をしているのだろう? 認めよう、お前の能力は王妃に相応しい。特別に婚約破棄を白紙に戻して――」
「寝言は、自分の支払い能力を確認してから仰ってくださいませ」
私が呆れて溜め息をついた、その時だった。
「――その汚い口を閉じろ、無能王子」
低い、地を這うような冷徹な声。
カシアン様が、廊下の角から現れた。
その手は無意識にか、腰の剣の柄に置かれている。
「ノックス辺境伯! 貴様、これは王家の問題だ。部外者は――」
「部外者ではない。ウリエルは今、我がノックス領の『至宝』として、全権を委託されたパートナーだ。……そして、私の専属だ」
カシアン様が私の肩を抱き寄せ、ぐいと自分の方へ引き寄せた。
あまりに強い力に、私の体が彼の硬い鎧に密着する。
「せ、専属……? それは、財務顧問としてか?」
ウェスト公爵が恐る恐る尋ねる。
カシアン様は、氷のような瞳で周囲を一掃し、言い放った。
「顧問としてだけではない。彼女の計算、彼女の言葉、彼女の指先一つに至るまで、すべて私が独占する契約だ。他家の男が、これ以上の下劣な視線を向けることは許さん」
「カ、カシアン様……? そんな契約条件、盛り込まれていませんでしたわよ?」
私が驚いて見上げると、カシアン様は耳をわずかに赤くしながら、けれど視線は殿下から逸らさずに答えた。
「……今、追加した。違約金ならいくらでも払ってやる。だから貴様ら、二度とこの女に近づくな」
カシアン様の殺気に押され、ウェスト公爵も、そしてクロード殿下も、蜘蛛の子を散らすように去っていった。
静まり返った廊下で、私を抱くカシアン様の腕だけが熱を持っている。
私は、自分の鼓動が「非効率な速さ」で刻まれているのを自覚した。
「……カシアン様。今の発言、市場価値を操作する『虚偽報告』に当たりますわ。私の専属料は、貴方の領地の年間予算でも足りないくらい高いのですから」
「……。構わない。領地が足りなければ、私自身を貴様に売却してやる。……ウリエル。貴様が他人の資産状況を計算しているのを見るのは、どうにも胸糞が悪い」
「……。それは、独占禁止法に抵触するレベルの強欲さですわね」
私は、彼の胸板に手を当て、少しだけ顔を赤らめた。
計算高いはずの私が、この時ばかりは「機会損失」や「利回り」のことなど、何一つ考えられなくなっていた。
「……。ウリエル。私の『秘密の貯金』、すべて貴様に預ける。だから、余所見(むだづかい)はするな」
「……。利息、高くつきますわよ?」
「ああ。一生かけて、貴様に搾り取られる覚悟だ」
カシアン様の腕に、さらに力がこもる。
どうやら、私の人生で最大かつ、もっとも「高利貸し」な関係が成立してしまったようですわ。
「……。ふふ、仕方ありませんわね。カシアン様。これほど熱烈なプロポーズ(投資勧誘)を受けたのは、初めてですもの」
私は彼の腕の中で、最高に「強欲」な笑みを浮かべた。
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