婚約破棄?悪役令嬢の定休日を作ろうと思ってたんですが。

小梅りこ

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「……完璧ですわ。予定通り午前九時、一秒の狂いもなく覚醒いたしましたわ!」


私はベッドの上でガバッと跳ね起き、真っ白なシーツを華麗に跳ね除けた。
窓から差し込む朝日は、私の計算によればセロトニンを分泌させるのに最適な角度。
これぞ、効率化された睡眠の極み。


「お嬢様、おはようございます。九時まで寝るなんて、本当にお疲れだったのですね」


ニーナが呆れたように着替えを持って入ってくる。
彼女にしてみれば、いつも五時に起きていた私が九時まで寝るのは「大遅刻」に見えるらしい。


「失礼ね、ニーナ。これは『遅刻』ではなく『戦略的休息』ですわ。さて、今日は人生初のスローライフ初日。徹底的に、かつ効率的に『何もしない』を楽しみますわよ!」


私は鼻歌を歌いながら(もちろんテンポは120。最も歩きやすい速さですわ)、ダイニングへと向かった。
そこでは、昨日から居座っているセシル様が、エプロン姿でフライパンと格闘していた。


「あ、ミカルお姉さま! おはようございます! 私、お姉さまのためにスローライフな朝食を作っておりますの!」


「スローライフな朝食……? 嫌な予感がしますわね」


テーブルを見ると、そこには生焼けのベーコンと、殻が混じった目玉焼き、そしてまだ沸騰すらしていないお湯が入ったティーポットが並んでいた。


「お姉さま、スローライフとは時間をかけて、ゆっくりと、心を込めて作ることだと本で読みましたわ。だから、この目玉焼きを焼くのにも三十分かけて……」


「三十分!? セシル様、それはスローライフではなく、単なる『熱エネルギーの無駄遣い』ですわ!」


私はセシル様からフライパンをひったくると、コンロの火力を最大に引き上げた。


「いいですか、セシル様。スローライフとは『無駄な動きを省き、浮いた時間で心を豊かにすること』を指します。調理に三十分かけるなら、その二十八分を節約して、庭の小鳥のさえずりを聴く時間に充てるべきですわ!」


「えっ、そ、そういうものなのですか!?」


「見てなさい。強火で一気に表面を焼き固め、余熱で黄身を仕上げる。紅茶は茶葉が最も舞い踊る温度を科学的に割り出し、三分の蒸らし時間を一秒も違えずに注ぐ! これが私のスローライフ、爆速(トップスピード)・ブレックファストですわ!」


ものの数分で、完璧な朝食がテーブルに並んだ。
セシル様は目を丸くして、黄金色に輝く目玉焼きを口に運んだ。


「お……美味しい! お姉さま、昨日まであんなに焦がしていた私が、お姉さまの指導一つでこんなに美味しいものを食べられるなんて!」


「当然ですわ。料理は化学と熱力学の融合です。さて、朝食というタスクを完了しましたし、次は村の視察……いえ、村の散歩に行きますわよ」


私はセシル様を連れて、屋敷の外へと飛び出した。
ラ・ヴァリエール領の村は、のどかで美しい。
だが、効率厨である私の目には、その「のどかさ」が「改善の余地(バグ)」にしか見えなかった。


「お姉さま、見てください! あそこで村人さんたちが井戸端会議をしていますわ。なんて平和な光景……」


「平和? いいえ、セシル様。見て御覧なさい、あの井戸の滑車。油が切れていて、水を一杯汲み上げるのに余計な力が三ニュートンは必要ですわ。村人たちの筋肉の疲労を合計すれば、一日にパンを五個焼くエネルギーが失われている計算になります」


「えっ、あ、あそこのおばあさんは、荷車を引いてゆっくり歩いていますわよ」


「あの道の舗装が甘いせいで、車輪の回転効率が二十パーセント低下していますわね。あの段差一つで、おばあさんの寿命が三秒は縮まっているはずです。……許せませんわ」


私は我慢できなくなり、近くにいた村の青年を捕まえた。


「ちょっと貴方! そのスコップの持ち方、テコの原理を無視していますわよ! もっと支点を意識して、角度を十五度下げなさい!」


「えっ、だ、誰だあんた……えっ、公爵令嬢のミカル様!? な、何でこんなところに……」


「細かいことはどうでもいいですわ! そこの井戸の滑車を外しなさい! ニーナ、油を持ってきて! あと、村長を呼びなさい。今からこの村の動線を三時間で最適化しますわよ!」


「お姉さま! スローライフはどうなったのですか!?」


セシル様が叫ぶが、私の耳には届かない。
一度スイッチが入った私の脳内には、村全体の最短ルート図と、物流の改善案が滝のように流れ落ちている。


「セシル様、よく聞きなさい! 不便な生活を我慢するのはスローライフではありません、それはただの『停滞』です! 真に豊かな暮らしとは、インフラが完璧に整い、人間が何もしなくても全てがスムーズに回る状態を指すのですわ!」


私はドレスの袖をまくり上げ、村人たちに矢継ぎ早に指示を飛ばし始めた。


「そこのおじさんは、あそこの側溝を掘りなさい! 水はけが良くなれば、雨の日に歩く速度が二倍になります! そこの子供たちは、落ちている石を拾ってあそこの穴を埋めなさい! 遊びながらできるでしょう? ゲーミフィケーションですわ!」


数時間後。
村のメインストリートは見違えるほど平坦になり、井戸の滑車は羽が生えたように軽く回り、市場の屋台は客の動線を考慮した完璧な配置へと修正された。


「……ふぅ。これでようやく、散歩に適した環境(スローライフ・エリア)になりましたわ」


私は額の汗を拭い、満足げに村を眺めた。
村人たちは、あまりの爆速での変化に腰を抜かしていたが、実際に生活が便利になったことに気づき、感謝の言葉を口にし始めていた。


「お姉さま……凄いですわ。お姉さまが通った後には、草も生えないどころか、道ができるのですね……!」


セシル様は、尊敬を通り越して畏怖の念を抱いたような目で私を見ていた。


「さて、ニーナ。次の散歩ルートを……」


「お嬢様。もう夕方です。スローライフ初日の『何もしない』という目標は、どこへ行ったのですか?」


ニーナの指摘に、私はハッとして時計を見た。
そこには、働き詰めで一日を終えようとしている、非効率な私の姿があった。


「……お、おかしいですわね。私はただ、のんびりと庭を眺めるつもりだったのに……」


「お嬢様には、スローライフはまだ早すぎたようです。……あ、あちらから誰か来ますよ」


村の入り口から、一台の馬車が砂煙を上げて近づいてきた。
王宮の紋章が入った、見覚えのある馬車。


「……ギルバート?」


私は、仕事中毒仲間の影を感じて、思わず身構えた。
私の定休日は、開始二日目にして早くも「仕事」の匂いに侵食されようとしていたのである。
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