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「……閣下、この封筒を見てください。触るだけで指に金粉がつきますわ」
私は差し出された親書を、まるで汚物でも見るかのような目でつまみ上げた。
上質な羊皮紙は厚みがあり、縁には金箔がこれでもかと施されている。
極めつけは、真っ赤な特注のシーリングワックスだ。
「……ふん、悪趣味な。この紙一枚で、我が領なら家畜の餌が半年分は買えるぞ」
アリステア様が鼻を鳴らす。
彼の眉間の皺は、今日も今日とて深い。
だがその視線は、紙の美しさではなく、そこに費やされた「無駄なコスト」に向けられていた。
「開けてみますわね。……あら、中身もひどいですわ。香水の匂いがキツすぎて、鼻が曲がりそうです」
「香料の無駄使いだな。戦場なら敵に居場所を教えるようなものだ。……で、そのバカは何と書いてきた?」
私は嫌悪感を隠さず、手紙を速読した。
内容を要約すると、こうだ。
『リウ、君がいなくなってから、我が国の王宮は少しばかり……賑やかすぎるようだ。ミアは可愛いが、少しばかり数字に弱くてね。君のあの口やかましい小言が、今となっては少しだけ懐かしく感じられる。特別に許してやるから、隣国の恐ろしい公爵に捕まっているのなら、助けを求めなさい。私が温情を持って、君を側妃として迎えてやろう』
「…………」
「…………」
広間に、氷点下の大気が流れた。
アリステア様の手元で、愛用の(安物の)ペンがメキメキと音を立てている。
「……『特別に許してやる』、だと? どの口が言っているんだ」
「それより閣下、『側妃』ですって。正妃よりも予算が削られるポジションで、私に家計管理をさせようという魂胆(こんたん)ですわ。都合が良すぎて、逆に感心してしまいます」
私は手紙をバサリと机に叩きつけた。
「カイル様は、私が『悪役』として彼の浪費を止めていたことに、ようやく気づいたようですわね。でも遅すぎますわ。今の私は、一銅貨の無駄も許さない、この領地の守銭奴……いえ、守護神なのですから!」
「その通りだ、リウ。お前をあのバカ王子に返すなど、国家予算をドブに捨てるのと同じことだ」
アリステア様が私の肩にガシリと手を置いた。
その手の熱さと、彼の力強い言葉に、私の胸は高鳴る。
……ああ、これよ。
私の「価値」を、資産価値として正しく評価してくれる男。
これこそが、真実の愛(と経済的安定)の形だわ。
「返事を書きましょう。閣下、この城で一番安い……いえ、裏紙で十分ですわね」
「いや、裏紙すらもったいない。セバス! 昨日の監査で没収した、インクの出が悪い不良品のペンを持ってこい。あれを使い切るいい機会だ」
「承知いたしました、閣下!」
執事のセバスが、今ではすっかり「節約の同志」のような顔をして、小走りで去っていく。
私はアリステア様と並んで、テーブルに向かった。
「文面はどうしますか?」
「シンプルでいいだろう。『お前の手紙を読んでいる五分間で、我が領の純利益がどれだけ損なわれたか計算しろ。その損失分を支払うまで、二度と連絡してくるな』でどうだ?」
「素敵ですわ、閣下! ついでに、この手紙に使われた金粉を回収して送り返しましょうか? 『資源を大切に』というメッセージを込めて」
「……リウ。お前のそういう、徹底して毟(むし)り取ろうとする姿勢……やはり好きだ」
アリステア様が、至近距離で私を見つめる。
その強面は相変わらず凶悪だが、瞳の中には一点の曇りもない「信頼」があった。
「私もですわ、アリステア様。あなたのその、情に流されず数字で語る冷徹さ……抱きしめたくなりますわ」
「……お前、それは……」
「あら、もちろん業務時間外に、ですけれど。残業代は出せませんもの」
「……ハハッ、全くだ。お前の前では、俺の心臓の鼓動すら、エネルギー効率の無駄に思えてくるな」
私たちは、不良品のペンでガリガリと、カイル王子への「最後通牒」を書き上げた。
それは愛の言葉よりも熱く、契約書よりも重い、節約家たちの共闘宣言だった。
一方、その頃。
カイル王子の国では、ミアさんが「新作の宝石入りドレス」を十着注文し、財務官が泡を吹いて倒れていたのだが、今の私たちには知る由もないことだった。
「さあ、閣下。無駄な手紙の処理は終わりました。次は領地の『水車小屋の摩擦軽減による維持費削減』について、現地調査に参りましょう!」
「ああ。行くぞ、リウ。俺たちの黒字は、誰にも邪魔させん」
私たちは意気揚々と城を飛び出した。
空は青く、私たちの未来は、一ミンの無駄もない完璧な帳簿のように、美しく輝いていた。
私は差し出された親書を、まるで汚物でも見るかのような目でつまみ上げた。
上質な羊皮紙は厚みがあり、縁には金箔がこれでもかと施されている。
極めつけは、真っ赤な特注のシーリングワックスだ。
「……ふん、悪趣味な。この紙一枚で、我が領なら家畜の餌が半年分は買えるぞ」
アリステア様が鼻を鳴らす。
彼の眉間の皺は、今日も今日とて深い。
だがその視線は、紙の美しさではなく、そこに費やされた「無駄なコスト」に向けられていた。
「開けてみますわね。……あら、中身もひどいですわ。香水の匂いがキツすぎて、鼻が曲がりそうです」
「香料の無駄使いだな。戦場なら敵に居場所を教えるようなものだ。……で、そのバカは何と書いてきた?」
私は嫌悪感を隠さず、手紙を速読した。
内容を要約すると、こうだ。
『リウ、君がいなくなってから、我が国の王宮は少しばかり……賑やかすぎるようだ。ミアは可愛いが、少しばかり数字に弱くてね。君のあの口やかましい小言が、今となっては少しだけ懐かしく感じられる。特別に許してやるから、隣国の恐ろしい公爵に捕まっているのなら、助けを求めなさい。私が温情を持って、君を側妃として迎えてやろう』
「…………」
「…………」
広間に、氷点下の大気が流れた。
アリステア様の手元で、愛用の(安物の)ペンがメキメキと音を立てている。
「……『特別に許してやる』、だと? どの口が言っているんだ」
「それより閣下、『側妃』ですって。正妃よりも予算が削られるポジションで、私に家計管理をさせようという魂胆(こんたん)ですわ。都合が良すぎて、逆に感心してしまいます」
私は手紙をバサリと机に叩きつけた。
「カイル様は、私が『悪役』として彼の浪費を止めていたことに、ようやく気づいたようですわね。でも遅すぎますわ。今の私は、一銅貨の無駄も許さない、この領地の守銭奴……いえ、守護神なのですから!」
「その通りだ、リウ。お前をあのバカ王子に返すなど、国家予算をドブに捨てるのと同じことだ」
アリステア様が私の肩にガシリと手を置いた。
その手の熱さと、彼の力強い言葉に、私の胸は高鳴る。
……ああ、これよ。
私の「価値」を、資産価値として正しく評価してくれる男。
これこそが、真実の愛(と経済的安定)の形だわ。
「返事を書きましょう。閣下、この城で一番安い……いえ、裏紙で十分ですわね」
「いや、裏紙すらもったいない。セバス! 昨日の監査で没収した、インクの出が悪い不良品のペンを持ってこい。あれを使い切るいい機会だ」
「承知いたしました、閣下!」
執事のセバスが、今ではすっかり「節約の同志」のような顔をして、小走りで去っていく。
私はアリステア様と並んで、テーブルに向かった。
「文面はどうしますか?」
「シンプルでいいだろう。『お前の手紙を読んでいる五分間で、我が領の純利益がどれだけ損なわれたか計算しろ。その損失分を支払うまで、二度と連絡してくるな』でどうだ?」
「素敵ですわ、閣下! ついでに、この手紙に使われた金粉を回収して送り返しましょうか? 『資源を大切に』というメッセージを込めて」
「……リウ。お前のそういう、徹底して毟(むし)り取ろうとする姿勢……やはり好きだ」
アリステア様が、至近距離で私を見つめる。
その強面は相変わらず凶悪だが、瞳の中には一点の曇りもない「信頼」があった。
「私もですわ、アリステア様。あなたのその、情に流されず数字で語る冷徹さ……抱きしめたくなりますわ」
「……お前、それは……」
「あら、もちろん業務時間外に、ですけれど。残業代は出せませんもの」
「……ハハッ、全くだ。お前の前では、俺の心臓の鼓動すら、エネルギー効率の無駄に思えてくるな」
私たちは、不良品のペンでガリガリと、カイル王子への「最後通牒」を書き上げた。
それは愛の言葉よりも熱く、契約書よりも重い、節約家たちの共闘宣言だった。
一方、その頃。
カイル王子の国では、ミアさんが「新作の宝石入りドレス」を十着注文し、財務官が泡を吹いて倒れていたのだが、今の私たちには知る由もないことだった。
「さあ、閣下。無駄な手紙の処理は終わりました。次は領地の『水車小屋の摩擦軽減による維持費削減』について、現地調査に参りましょう!」
「ああ。行くぞ、リウ。俺たちの黒字は、誰にも邪魔させん」
私たちは意気揚々と城を飛び出した。
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