婚約破棄、万々歳!隣国の強面公爵(節約家)に拾われました

小梅りこ

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「……何ですか、この山のようなゴミは!」


朝一番、私の怒声が城の厨房に響き渡った。
料理長をはじめとする厨兵たちが、ビクリと肩を揺らして直立不動になる。
私の指先が示しているのは、作業台の隅に置かれた大きな木箱――そこには剥かれた野菜の皮、ヘタ、そして肉の脂身や骨が山盛りになっていた。


「あ、あの、リウ様……。それはただの生ゴミでございます。これから処分しようと……」


「処分!? 宝の山をドブに捨てるとおっしゃるの!?」


私は悪役令嬢特有の、三白眼を最大限に活かした「蔑みの視線」を料理長に投げつけた。
彼は「ひいっ」と短い悲鳴を上げて後ずさる。


「いいですか。このタマネギの皮には旨味が凝縮されています。このセロリの葉は最高の香辛料になります。そしてこの鶏の骨……これを煮出さずに捨てるなんて、金貨を窓から投げ捨てるのと同じ罪ですわよ!」


「で、ですが……。そんなものを食卓に出すわけには……」


「出し方によるのですわ。いいから、大きな鍋を用意しなさい! あと、昨日余った硬いパンも持ってきて!」


私は袖をまくり上げ、自ら包丁を握った。
かつて「わがまま放題の公爵令嬢」だったはずの私が、慣れた手つきで野菜のクズを刻む姿に、使用人たちは呆気にとられている。


そこへ、執務の合間に様子を見に来たアリステア様が現れた。


「リウ、朝から騒々しいな。……ほう、厨房で戦(いくさ)でも始めるつもりか?」


「ええ、閣下。無駄という名の敵を殲滅(せんめつ)するところですわ。ちょうどいいわ、閣下も味見をしていってくださいな」


私は刻んだ野菜のクズを鍋に入れ、最低限の魔力で加熱するよう指示を出した。
煮出すこと三十分。厨房には、これまで嗅いだこともないような、芳醇で深い香りが立ち込め始める。


「……何だ、この香りは。高級なコンソメにも引けを取らんぞ」


アリステア様が、驚いたように鼻を動かした。


「これがベジタブルブロス……野菜のクズから取った黄金の出汁ですわ。ここに、脂身をじっくり炒めてコクを出したスープを合わせます。仕上げに、硬くなったパンを焼いて浮かべれば……」


私は小さな木のお椀にスープを注ぎ、アリステア様に差し出した。
彼はそれを一口啜り……その目を見開いた。


「……美味い。野菜の甘みが体に染み渡るようだ。それでいて、喉越しは力強い」


「材料費は、ほぼゼロですわ。正確には、燃料代と微量の塩代だけ。いかがですか?」


「……信じられん。これまで俺たちが捨てていたものが、これほどまでの価値に変わるとは。リウ、お前の舌は金の計算だけでなく、味覚の錬金術師でもあるのか」


アリステア様は、普段の強面をどこへやら、感銘を受けたようにスープを飲み干した。
その様子を見ていた料理長が、恐る恐る自分たちも味見をさせてほしいと願い出てきた。


「……っ! おいしい……。いつも作っている高い肉料理より、ずっと優しい味がする……」


「これなら、夜勤の冷えた体にも最高だ。しかも……これ、ゴミなんですよね?」


使用人たちの間に、驚きと感動が広がっていく。
私はここぞとばかりに、扇を広げて高らかに告げた。


「分かりましたか? 節約とは、ひもじい思いをすることではありません。手の中にあるものの価値を、限界まで引き出す知恵のことです。……料理長。今日から、この『リウ式・黒字スープ』を、使用人たちの賄い(まかない)の定番にしてください。浮いた食費の二割は、あなたたちのボーナスに回すよう閣下に交渉して差し上げますわ」


「「「おおおおお!!」」」


厨房に、地響きのような歓声が上がった。
つい昨日まで「怖い悪役令嬢」と恐れられていた私は、今や「美味しい飯を保証し、かつ小遣いまでくれる女神」へと昇格したらしい。


「リウ。お前は本当に、人心を掌握するのが上手いな」


アリステア様が、少しだけ呆れたように、しかし誇らしげに私の頭を軽く撫でた。
その無骨な手の感触が、なぜか胸の奥を温かくさせる。


「掌握なんて。私はただ、無駄が嫌いなだけですわ」


「ああ、分かっている。その潔癖なまでの合理性が、俺はたまらなく愛おしいよ」


「……閣下、そういう言葉はもっと、人目のないところで……。あ、でも言葉だけならタダですから、いくらでもどうぞ」


「フッ。……では、今夜は二人で、このスープを飲みながら次の減税計画を練るとしようか」


私たちは、満足げな表情の使用人たちに見守られながら、厨房を後にした。
胃袋を掴まれたのは、使用人たちだけではなかったようだ。
強面の公爵の心もまた、一円もかかっていない野菜のクズによって、着実に私のものへと近づいていた。
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