婚約破棄、万々歳!隣国の強面公爵(節約家)に拾われました

小梅りこ

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「……閣下。あの馬車の紋章、見覚えがありますわ。王家直属の、それも最高位の外交使節団ですわね」


私は執務室の窓から、城門をくぐってくる一台の馬車を眺めていた。
前回のカイル王子のものほど派手ではないが、その落ち着いた重厚感こそが、逆に「真の権力」と「多額の税金」を感じさせて不愉快だ。


「……ふん。カイルを返品した直後にこれか。よほどあちらの国庫は、穴の空いたバケツどころか、底が抜けた樽状態なのだろうな」


アリステア様が、冷めた(しかし二煎目でまだ味のする)お茶を口にする。


広間に現れたのは、王都の現宰相――つまり、カイル王子の父である国王陛下の右腕だった。
彼は私とアリステア様を見るなり、深々と、腰が折れるのではないかというほど深く頭を下げた。


「リウ・アルマンド様! そしてアリステア公爵閣下! この度は、我が国の愚かな王子が多大なるご迷惑をおかけしましたこと、平にお詫び申し上げます!」


「……あら、宰相様。お顔を上げてくださいな。そんなに低姿勢では、お召し物の高価な刺繍が床に擦れて、資産価値が下がってしまいますわよ?」


私はわざとらしく扇で口元を隠した。


「……それで? お詫びだけのために、わざわざこの辺境まで高い馬車を飛ばしてこられたわけではございませんわよね。ガソリン代……いえ、魔石代も馬鹿になりませんのに」


「……お察しの通りです。リウ様、単刀直入に申し上げます。……どうか、王都へ戻ってきてはいただけないでしょうか。いえ、王妃としてではなく、『国家財政再建最高顧問』として!」


宰相の叫びに、広間にいたセバスたちが「ええっ!?」と声を上げた。


「カイル王子は現在、廃嫡(はいちゃく)の上で謹慎中でございます。代わって第二王子が立太子(りったいし)いたしましたが、彼もまた……その、経済観念が乏しく……。今、我が国を救えるのは、数々の奇跡を起こした『節約の聖女』であるあなた様しかいないのです!」


「……閣下、聞きました? 私を散々『悪役』と罵って追い出しておきながら、今度は『金庫番』として戻れですって。随分と都合の良い脚本ですわね」


私はアリステア様の隣に立ち、宰相を冷ややかに見据えた。


「宰相様。私は現在、アリステア様の領地で『一分一秒を黒字に変える』という崇高な任務に就いておりますの。……それを中断してまで、赤字まみれの泥舟に乗り込むメリットが、どこにありまして?」


「そ、それは……! 公爵家への正式な叙勲(じょくん)と、リウ様には王都の一等地の領地を……」


「維持費がかかる土地なんていりませんわ。……アリステア様、どう思われます?」


アリステア様は無言で立ち上がると、私の肩を抱き寄せ、宰相に向かってその凶悪な面構えを向けた。


「……断る。リウは俺のパートナーであり、この領地の『心臓』だ。他国の失敗を埋め合わせるために貸し出せるような、安い女ではない」


「ひっ、ひいいいっ! 公爵閣下、そこをなんとか……!」


「……ただ。……リウが納得する『コンサルティング料』を支払うというのなら、話は別だがな」


アリステア様の言葉に、私の目が「キラーン」と輝いた。
流石は私のパートナー。私の心が一番動くポイントを熟知していらっしゃる。


「宰相様。……戻る気は一ミリもございませんが、『アドバイス』だけなら差し上げてもよろしいですよ。……もちろん、有料で」


私は懐から、あらかじめ用意しておいた(いつでも突きつけられるようにしていた)『王都財政再建・初期診断見積書』を取り出した。


「まず、相談料として金貨百枚。……次に、カイル王子が私にかけた『精神的迷惑料』の残債(ざんさい)一括払い。……さらに、今回の私の出張……いえ、面会時間の拘束費用。……これらすべてを、即座に現金でお支払いいただけるなら、最低限の『節約のコツ』を記したメモを差し上げますわ」


「金貨……百枚……! そんな……!」


「払えないのでしたら、お引き取りください。……あ、お帰りの際は、門の前で販売している『聖女の節約クッキー(在庫処分セール中)』を百箱ほど買っていってくださいね。……もちろん、国費ではなく、あなた個人のポケットマネーで」


宰相は、震える手で財布の中身を確認し、泣きながら金貨を積み上げた。
そして、私の書いた『まず城の全照明を消しなさい』という一文だけのメモを宝物のように抱え、トボトボと去っていった。


「……ふう。お疲れ様でした、閣下。これでまた、来期の道路舗装予算が確保できましたわね」


私は金貨を素早くポシェットに収め、満足げな溜息をついた。


「リウ。お前、本当に情け容赦ないな。……だが、そんなお前に、俺の心は完全に差し押さえられているようだ」


「……閣下。差し押さえには手続きが必要ですが、よろしいかしら?」


「ああ。……生涯かけて、お前に清算してもらいたい」


アリステア様は私の手をとり、熱い眼差しを向けた。
王都の危機など、今の私たちには遠い国の御伽噺(おとぎばなし)に過ぎない。
私たちの前には、一銅貨の誤差もない、完璧に管理された幸せな未来が広がっているのだから。


しかし、使節団が去った後、城門の外で一人、その光景を恨めしそうに見つめる女性の姿があった。


「……リウ様だけずるいですわ。……わたくしも、お金持ちの公爵様に拾われたかったですわぁ……」


ボロボロのドレスを着たミアさんが、地面に落ちたクッキーの屑を拾いながら、そう呟いていた。
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