ハーンのミサイル

有嶺哲史

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第二章  諸国のうごめき

デルマの保養所

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 高靂元年の秋、おれが就職して鳴かず飛ばずの七年が経っていた。
珍しく堯助から連絡があった。
健康状態やら身の回りの様子などを聞いていた。
一月後再び連絡があり、久しぶりに三人で会おう、と言ってきた。
会社の保養所に招待すると言う。
周りは入山禁止エリアが多く、ほとんど知られていない富士山中腹の秘境だという。
承知した、と言って心が躍った。
富士山を近くで見たことが無い。
おれの親父譲りの趣味は写真だ。
これは楽しみだ。
富士山といえば樹海だ。
樹海の木のてっぺんに登って周りの風景写真を撮りたい。
うきうきしてハッセルブラッドにしようか、リンホフスーパーテヒニカにしようか、などと仮想のカメラ選びを楽しんだが、もとよりそんな高価なものは買えない。
買えたのは国産カメラ用の一番安い交換レンズだった。

 保養所は山の中のむちゃくちゃ人里離れた寂しい所だった。
写真撮影を楽しみにしていたおれをからかうように土砂降りの大雨に迎えられた。
途中から舗装も無くなり雨水が集まって泥の川となり傾いた道を急流のように流れていた。
それを見て闘争心が起こり、逆らうようにスピードを上げハンドルを握り締めて登って行った。
到着したら近隣には建物も無ければ樹海も無さそうな荒地だった。
車は泥色に変わっていた。
移動は自家用車のみである。
自分の車が無ければ監禁されたのと同じだ。
ここまで来て何か変な保養所だと思った。
入山禁止エリアの理由は防衛関係だと後で聞いた。
保養所は、建物の表側は西洋風、裏側は純和風で、やや強引な折衷デザインだった。
こんな場所に無理をして箱庭のような日本式庭園も作っていた。
雨が上がって流れる雲間に全体が見えるようになると荒地の中の一軒家だった。
傷んでいる所はなかったが最果ての地に残された廃墟じみた雰囲気があった。
入り口に〝デルマ〟と不可解な言葉が書かれた扁額が掛かっていた。
場所もさりながら保養所全体のどことない不自然さには幽かな狂気さえ感じた。

「おれの予言通りに来たな。ようおこし」

堯助が宿の主人のように出迎えた。
我々以外客はいなかった。
古い建物らしく床壁天井すべてが黒光りして薄暗かった。
中で曲がりくねった廊下をしばらく歩いた先に舜助がいた。
三人は久しぶりの再会を喜んだ。
場はおそろしく静かだった。
先に入った二人は共に物静かなので暗い部屋は陰々滅々としていた。
あと二人、〝女性〟がいた。
一人は鯛子だった。
高校の時の恋が成就して堯助と結婚したばかりだった。
押しの弱い堯助はアマゾネスの彼女に押しまくられたのだろう。
それで高校三年生の始めころに見た北京の夢が思い出された。
堯助が宦官と結婚したような気がして一瞬言いそうになったが何とか喉元で止まった。
口に出ていたら鯛子に殴られ五体満足では帰れない。
手を口に当てたおれの驚きの表情はフラれてショックを受けた男のように誤解された。
鯛子はニヤッと笑った。

 もう一人の女とは舜助が開発中の人型ロボットで、しかも若い女という想定だという。
舜助によれば顔と性格はまだこれから作る。
むき出しの眼球や歯が恐ろしかった。
首もまるで頸椎むき出しのような金属の梯子でこれはバケモノだ。
舜助は

「こいつをお前の恋人、あるいは嫁さんにするので、あとで好みを聞かせてくれ」

無気味な姿をわざと見せている。
しかし本気なら……おれは唖然として骸骨のようなロボットを見た。



 忘れぬうちにおれの小説についての感想を二人に聞いた。
舜助は

「読んだが感想を送るのを忘れていた。申し訳ない。最後のあたりで君がナルシストだったと初めて知った」

ひょっとして舜助に送ったのは最後の部分を削除する前の原稿だったのか。
堯助が言った。

「いや申し訳ない。もらった小説はおれが読む前に家族の誰かが持っていってしまった。そのうち探して読んでおく」

聞いておれは慌てた。
鯛子を実名で登場させたが裏設定では彼女が夫を撃ち殺して自殺することにしているのだ。
明示的に書いていないが気になる本人からしつこく聞かれたら大変だ。
しかし小説が無くなったのは鯛子が堯助の家に来る前だと判って安心した。
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