令嬢の皮を被ったヘビースモーカー、侍女に化けて敵情視察。〜猫を拾ってタバコを吸っていただけなのに、なぜか次期伯爵に愛の告白をされました〜 

御厨そら

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第3話 秘密の共有と、深夜の書斎

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 夕方、侍女仲間と庭園の花の手入れをしていると、先輩侍女のマリエッタが通り過ぎた。目で追うと、屋敷の裏庭に向かっているようだ。

​ こいつはチャンスだと思った。
​ 私は侍女のアンに、スコップと球根を手渡した。

​「ごめん、ちょっと……」
 私がモジモジしてみせると、

​「行ってらっしゃい。私もトイレが近いのよ」
 アンは察したように笑った。

​ ナーディアさんに子猫のことを告げ口したのは、マリエッタ先輩に違いない。そりゃあ子猫を連れ込んだのは私だけれど、同じ侍女仲間じゃない。助け合うべきだわ。納得できないから、直接会って話すつもりだ。

​ 私はマリエッタの後をつけた。
 彼女は裏庭を抜け、雑木林の中に入っていく。
​ 仕事とはまるっきり関係ない場所よね。私は首を傾げた。

 彼女は伐採された木の切り株に腰を下ろした。足元の湧水に、手に持った何かを浸している。

​「誰かいるんでしょ。出てきなさい!」
​ マリエッタが鋭く振り返った。

​ 気づかれたか。私は仕方なく、藪から姿を現した。
​ マリエッタの顔を見て、私は息を呑んだ。
​ 左目の瞼が閉じていたのだ。
 
 そして彼女が右手でつまんでいる物を見て、ぎょっとした。
 

 ──それは、眼球だった。


     ◇


​「本物じゃないわ。義眼よ」
 
「今までマリエッタさんが義眼だって、気づかなかった……」

​「いいのよ、気にしないで」
 マリエッタは私の目の前で義眼をはめた。よくよく見ると、左右の目の色が違う。義眼の色が退色しているのだ。

​「もう限界なのよ。成長して合わなくなって、痛みが出るの。それで時々外しているのよ。本当なら新品に替えるべきだけど、高価だから我慢しなくちゃ」

​「ごめんなさい。マリエッタさんの秘密を暴いてしまって」
​ マリエッタは無言になった。

​「あなたも取ったらいい。ここは誰も来ないから」

​「……」

​「その黒髪、カツラなんでしょ。あなたの秘密を知りたいわ」

​ 私は固まった。追い詰められた気がした。でも、マリエッタの話し方は優しかった。迷ったけれど、私は決心した。

​ 黒髪おかっぱのカツラを外し、黒縁メガネも取った。
​ 私のブロンドの髪が、ふわりと舞った。


​「……美しさを隠すなんて、もったいない」
​ マリエッタが私に抱きついた。耳元で囁く。

​「でも、あなたの秘密を教えてくれてありがとう。これで私たちは、秘密を共有した仲間よ」

​ 仲間?

 意味がよく分からなかった。私には友達はいない。いつもひとりだ。
 あの事件以来、姉と一緒に出かけることはなかった。貴族学校にも行かなかった。姉のいる学校なんて、行くつもりはさらさらなかった。

 父母は怒ったが、貴族学校への入学は任意で、義務ではなかった。
 屋敷と親族の家だけが私のテリトリーだった。
 それで姉は満足したはずだ。
  

 秘密は誰にでもある。でもそれを共有するのは初めてだった。これでマリエッタとは、距離が縮まった気がした。

​ マリエッタは子供の頃、事故で片目を失った。眼帯を付けているのを不憫に思った村長が、町の義肢装具士のところへ連れて行って作らせてくれたのだという。もちろんタダではない。金を稼ぐために貴族の屋敷へ奉公に出る約束で、彼女は義眼を手に入れた。

​「もっといい義眼を買わないとね」
 マリエッタは湧水でハンカチを濡らし、左の瞼に当てた。

​「こうすれば幾分、楽になるわ」
 マリエッタが笑った。


​ それをきっかけに、マリエッタとはよく話すようになった。家族以外で仲の良い友達などいなかったから、不思議な感じだ。
 ありがたいことに、マリエッタは私が変装していた理由を深くは聞いてこなかった。

​ 何か訳ありなのだろうと、あえて踏み込まないでいてくれるのだ。もしかして、本当はいい人なのかもしれない。

​ 私とマリエッタが仲良くなった姿を遠巻きに見ていた他の侍女たちも、次第に話しかけてくるようになった。
 なんでも私は「話しかけづらいオーラ」を出していたのだそうだ。もう、そんなオーラはいらないわね。
​ 不思議なものだ。なんだか、屋敷で働くのが楽しくなってきた。

​ そして、半年が経った。
​ 子猫のルーは放し飼いが認められ、使用人みんなに可愛がられている。今では屋敷の人気者だ。

 ルーは時折、小さなトカゲや虫を咥えて私の元にやって来る。プレゼントのつもりらしいけれど、ちょっと困ってしまう。いずれ大人になったらネズミを持って来るのかしら。

 ……ゾッとするわ。

​ 私が見たライネーリ伯爵家は、今のところかなり好印象だ。伯爵に奥様、長男、次男、双子の妹たち。誰もが育ちのせいか、おっとりとした気品がある。

 同じ貴族といっても、わが家の男爵家とは雰囲気がまるで違う。姉と私の折り合いが悪いせいで、家の中はいつもギクシャクしていたから。

​「ねぇ、今度の休み、遊びに行かない?」
​ マリエッタに誘われた。なぜか二つ年上の先輩は、私にすっかり心を許している。共有の秘密というのは、それほどまでに強力なのか。友達など一人もいなかった私に、親友ができたのだ。

 でも、その前にやらなければならないことがあった。


     ◇


​ 深夜。私はベッドを抜け出して部屋を出た。足音を忍ばせ、大階段を上がる。二階は伯爵家の居住エリアだ。
 少し前まで、私は二階へ上がることを許されていなかった。新入りの侍女は一階の下働きと、庭師の手伝いと決まっていたからだ。半年が経ち、ようやく二階の掃除を任されるようになった。

 伯爵一家のそれぞれの部屋と、書斎の場所はすでに把握している。もう、ためらう理由はなかった。伯爵の悪事を暴いてやる。

 書斎の鍵は、あらかじめナーディアさんの部屋で見つけて粘土で型を取っておいた。それを町の鍛冶屋に持ち込み、複製を作らせたのだ。


​ ──カチャリ。


​ 合鍵で書斎に忍び込む。
​ 正面の出窓から差し込む月明かりが、室内を青白く照らしていた。
​ 心臓がどきどきと鳴っている。見つかったらどうなるか。ただでは済まされないだろう。
 
 だが、財務関係の書類は見当たらなかった。おそらく金庫に収められている。机の中には、村人からの陳情の手紙が山ほどあった。開封済みのものをいくつか読む。
 

 ──伝染病によってアルカ村は壊滅的な打撃を受けましたが、ライネーリ伯爵の手厚い援助により助かりました。心よりお礼申し上げます。

​ 伝染病?
 いつの話だろう。
​ よく見れば、封筒は黄ばんでいた。私が小さい頃、この地域一帯に伝染病が蔓延し、多くの人々が亡くなったことは知っている。

 一度治まったかのように見えて、再び高熱が出る。全身の発疹と、口内の白い斑点。その苦しむ様子は凄惨を極める。

​ えっ……私、なんでこんなに詳しく知っているのかしら?

​ 手紙の下をさらに探ると、表紙に『マゼッティ男爵家調査報告』と書かれた書類が見つかった。

​ 調査報告書?

 姉・ルイーザの婚約破棄は、これのせいなのか……。
​ ──ゴクリ。
​ 私は唾を飲み込んだ。
​ 最初のページには、マゼッティ男爵家の家族構成についての記述があった。

​ ヴァレンテ・マゼッティ男爵は、貸金業の取り立てから身を起こして独立した。その後の成功で手広く融資を行い、“国の財布”と称されるほどの財力を有している。しかし、妻ジルダとの間に生まれた三人の子供たちは、それぞれ不幸に見舞われている。長男フランコ(二十二歳)は三年前の国境紛争にて行方不明。次女フィオレは十年前の伝染病流行により死亡。当時五歳。
​ あっ……。間違ってる。
​ 私はここにいるじゃない。生きてるわよ。
​ 誰が調べたのかしら? バカね。私はピンピンしているわよ。呆れ返って、これ以上読み進める気力が失せてしまった。

​ 結局、めぼしい書類は見つからなかった。月明かりが雲に隠れる前に、私は部屋を後にした。
​ 自室に戻り、ランプに火を灯す。机の上に黒髪のカツラを置いた。束ねていたブロンドの髪を解き、広げる。侍女服を脱いで寝間着に着替えた。

 ベッドに腰を下ろし、書斎での出来事を反芻する。ルーが膝の上に乗ってきて、喉を鳴らした。おとなしい子。私が部屋を空けている間も、いい子にしていたみたい。子猫だけど、精神年齢は私より上かもしれないわね。

​ どうしても納得がいかないのは、あの報告書で私が「死亡」扱いになっていることだ。確かに学校にも行かず、外部の人とも会わなかったけれど、死んだことになっているなんて。何か、強い悪意を感じる。

​ ルーと一緒にベッドへ潜り込むと、私は一瞬で深い眠りに落ちた。
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