令嬢の皮を被ったヘビースモーカー、侍女に化けて敵情視察。〜猫を拾ってタバコを吸っていただけなのに、なぜか次期伯爵に愛の告白をされました〜 

御厨そら

文字の大きさ
2 / 6

第2話 潜入、黒髪の侍女モニカ

しおりを挟む
​ そんな経緯(いきさつ)で、私はライネーリ伯爵邸の侍女になった。没落貴族の娘としてのお勤めだ。だから仕事は一から教わった。

 自分の部屋さえ掃除したことのない私が、一生懸命に廊下をモップで拭くことになるとは思わなかった。

 テーブル、窓枠、部屋の隅々まで綺麗にすること。それとゴミ出し。庭の奥にある焼却炉にゴミを運ぶ。臭いのはかなわないわね。こんなことは下男にやらせるべきよ。……ん、侍女も下男と同じようなものか?

​「ご苦労さま」
​ 背後から声をかけたのは、エプロン姿の若い男だった。

 バケツには野菜くずや肉を削ぎ落とした骨が見える。彼はバケツの中身を焼却炉に放り投げた。

​「……あ、はい」

​ 私は後ずさりした。知らない男とは口をきかないのがモットーだけど、この職場ではそうもいかない。

​「確か、名前は……」

​「モニカです。モニカ・ポラーノ」

​「そうか、よろしくな。俺はウーゴ・メリーギ」

​ そう言うと、ウーゴは顔を近づけてきた。そして私の黒髪(カツラ)に鼻先を寄せた。クンクンと臭いを嗅いでいる。

​ やば、こいつ変質者?
​ 私が固まっていると、右手首を握られた。ウーゴは周りに誰もいないことを確認すると、私を焼却炉の裏側へ連れ込んだ。

 た、助けて────!

​ 叫ぼうにも声が出ない。恐怖で涙目になった。

​「ほら、あんたもこれが好きだろ?」

​ ええええっ!

​ 彼がゴソゴソとエプロンの下を探った。そして取り出したのは……紙巻きタバコだった。

​「吸う?」


 うまい!
​ 私はタバコを吸った。
 ゆっくり煙を吐き出すと、隣に並んでウーゴも一服していた。

 実は私も隠れてタバコを吸う習慣があったのだ。人気のない場所を見つけては嗜んでいた。火打石と金属プレートで麻の繊維に火をつける。そりゃ手慣れたものよ。
 ウーゴはそんな手間をかけなくても、厨房の火から種火を作って携帯用の火種箱に入れるだけだから楽でいいわね。

​「ここに同好の士がいるのは嬉しいよ」
 ウーゴはニコッと笑った。

​ ふーん、ウーゴって悪い人じゃないみたい。
 おっと、これは屋敷のスキャンダルを知るチャンスかも。
 私は世間話をしながら、レンダーノ伯爵の探りを入れた。

​「いい人だぞ。みんなに好かれている」
 
 あっそう。
 ま、会ったばかりの人間に本音は晒さないわね。そのうち仲良くなったら色々と出てくるでしょう。それまで根気よく頑張るか。


​ ニャー、ニャー!


​ どこからか私の足元に子猫がやってきた。黒猫だ。足首にすりすりしてくる。

​「見かけねえ猫だな」
 ウーゴが言った。

​ 私は子猫を抱き上げた。私の胸の上で、喉をゴロゴロと鳴らしている。
​ 思わず、にっこり笑った。

​「へっ、あんた笑うんだ?」

​「?」

「いやさ、無愛想にしてるから、そういう女かと思ってたぜ」

​ 確かに私は無表情でいることが多い。同僚とも距離を取っている。だって貴族の子弟だってバレたらやばいでしょ。

​ 子猫の母親を探したけれど、見つからなかった。

​「この子、どうしようかしら」

​「とりあえず、ここで飼ってみりゃいい」

​「見つかったら怒られるわよ」

​「何とか言いくるめたらいいさ。侍女が猫を飼っちゃ駄目なんて規則、聞いたことないぜ」


     ◇
​ 

 夜。一日の仕事が終わって、屋敷の使用人たちはそれぞれの自室に戻った。

 私はこっそり部屋を抜け出して裏庭に出た。焼却炉の前に行くと、草むらからお腹を空かせた子猫が飛び出してきた。

​「ごめんね、遅くなって」
​ 鍋の残飯を、ものすごい勢いで食べた。慌てなくてもいいよ。誰も取り上げないから。私は屈んで子猫の様子を見ていた。

​ 子猫が食べ終えると、私は鍋を持ち上げた。背を向けると、子猫が足にしがみついてきた。

​ ニャー、ニャー

​ ソックスに爪が掛かった。引き離しても、またしがみついてくる。
​ こら、帰さないつもりか。困ったな。私は苦笑いをした。


​ そっと子猫を抱えて戻ろうとしたら、廊下から声がした。

​「モニカさん、外出していたの?」
​ 首だけ振り向くと、二つ向こうの扉が開いていた。先輩侍女のマリエッタがこっちを見ている。

​「ちょっと外の空気を吸いに……」

​「ふーん」
​ そう言って、彼女は自分の部屋に戻っていった。
 
 
 翌朝の朝礼で、侍女長のナーディアさんが言った。
​「昨晩、使用人部屋から猫の鳴き声が聞こえたと苦情が入りました。誰か心当たりはありませんか?」

​ 私はギクッとした。
 マリエッタに視線を向けたが、知らん顔された。仕方なく手を挙げる。

​「すみません。庭に子猫がいたので連れてきました」

​「数日だけ猶予を与えます。誰か引き取り手を探すこと。もちろん、仕事は手を抜かないように」

 昼間の休憩時間に、厨房のウーゴのところへ行った。

​「ほらよ」
 手渡された鍋に盛られた残飯は、子猫の餌だ。

​「ありがとう」

​「いいってことよ。で、どうするんだよ子猫?」

​「ここで飼うのは無理みたい。実家に預けようか考えてる」

​「それじゃ安心だな。ところで、子猫に名前は付けたか?」

​「ルー」
 思わず、姉の愛称を言ってしまった。

「そりゃいい名前だ。うん、俺もお気に入りだ」
​ 
 夜、仕事が終わって部屋でくつろいでいたら、ナーディアさんがやってきた。

​「子猫を見せてくれる?」
​ 部屋に入ったナーディアさんは、ベッドの上にいたルーを抱き上げた。

​「女の子よね、かわいいわ。私、猫が大好きなの。実家にオッドアイの白猫がいるのよ。黒猫もいいわね」

​「ルーも、ナーディアさんが好きみたい」
 ルーは顎の下を撫でられてご満悦だった。
 
「子猫を飼うことを許可します。ネズミ駆除のためよ。この子にもいずれ働いてもらうわ」

​ うわっ、感激。

 ナーディアさんのこと、好きになりそう。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

皇帝の命令で、側室となった私の運命

佐藤 美奈
恋愛
フリード皇太子との密会の後、去り行くアイラ令嬢をアーノルド皇帝陛下が一目見て見初められた。そして、その日のうちに側室として召し上げられた。フリード皇太子とアイラ公爵令嬢は幼馴染で婚約をしている。 自分の婚約者を取られたフリードは、アーノルドに抗議をした。 「父上には数多くの側室がいるのに、息子の婚約者にまで手を出すつもりですか!」 「美しいアイラが気に入った。息子でも渡したくない。我が皇帝である限り、何もかもは我のものだ!」 その言葉に、フリードは言葉を失った。立ち尽くし、その無慈悲さに心を打ちひしがれた。 魔法、ファンタジー、異世界要素もあるかもしれません。

「妹の方が可愛い」と不倫夫に捨てられた私。どうぞ借金まみれの実家ごと引き取って。私が肩代わりしていた負債、すべてお二人に引き継いでおきました

唯崎りいち
恋愛
「お前より妹の方が可愛い」 不倫した夫は私を追い出し、略奪した妹と笑った。 どうぞ、その「可愛い妹」と地獄までお幸せに。 私が肩代わりしていた実家と店の多額の借金、すべてお二人に引き継いでおきましたから。 「財布」を失った元夫と、逃げ場を失った妹。 身の丈に合わない贅沢を望んだ寄生虫たちの、惨めな末路を特等席で眺めさせていただきます。

三年分の涙を飲み込んで離婚を決めた私に、今さら愛してると言わないでください

まさき
恋愛
「別れてください」 笑顔で、声を震わせずに、澄花はそう言った。 三年間、夫の隣に立ち続けた。残業続きの夫を待ち、不満を飲み込み、完璧な妻を演じた。幼なじみの麗奈が現れるまでは、それが愛だと信じていた。 嫉妬も、怒りも、とうに泣き尽くしていた。残ったのは、静かな決意だけだった。 離婚届を差し出した翌朝、夫・誠は初めて泣いた。 ――遅すぎる。三年分、遅すぎる。 幼なじみに夫を奪われかけた妻が、すべてを手放す覚悟をしたとき、夫はようやく目を覚ます。泣き終わった女の強さと、取り戻せないものの重さを描く、夫婦の崩壊と再生の物語。

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

妹の身代わりだった私に「本命は君だ」――王宮前で王子に抱き潰され、溺愛がバレました。~私が虐げられるきっかけになった少年が、私と王子を結び付

唯崎りいち
恋愛
妹の身代わりとして王子とデートすることになった私。でも王子の本命は最初から私で――。長年虐げられ、地味でみすぼらしい私が、王子の愛と溺愛に包まれ、ついに幸せを掴む甘々ラブファンタジー。妹や家族との誤解、影武者の存在も絡み、ハラハラと胸キュンが止まらない物語。

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

【1話完結】あなたの恋人は毎夜わたしのベッドで寝てますよ。

ariya
ファンタジー
ソフィア・ラテットは、婚約者アレックスから疎まれていた。 彼の傍らには、いつも愛らしい恋人リリアンヌ。 婚約者の立場として注意しても、アレックスは聞く耳を持たない。 そして迎えた学園卒業パーティー。 ソフィアは公衆の面前で婚約破棄を言い渡される。 ガッツポーズを決めるリリアンヌ。 そのままアレックスに飛び込むかと思いきや―― 彼女が抱きついた先は、ソフィアだった。

地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに

阿里
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。 選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。 地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。 失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。 「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」 彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。 そして、私は彼の正妃として王都へ……

処理中です...