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竜ノ62話「赴く前に」
しおりを挟むジークは扉をノックする。返事が来てから扉を押す。
中に入るとミオリアがデスクワークをこなしているが両サイドには山のように書類が積み上がっている。
ここ一年は忙しくミオリアは働いている。と言うのも、アジサイやジークが行う仕事の事務処理が全てミオリアに回ってきているからである。
特にアジサイは部下の成長や教育に使った費用などをひとつひとつは軽くても積もれば馬鹿にならないらしい。それ以上に、最近一派として力を持ってきたミオリアを面白いと思わない貴族たちが嫌がらせでよくわからない書類の爆弾を送付してくるらしい。
止めとして、王城近郊の警備、一般兵が相手にできない魔獣の緊急襲来などの割り込み業務も多い。
「お疲れ様です」
「くっそ、この書類燃やしてえ」
執務室の中でミオリアはぼやく。書類の山は来客用のテーブルまで侵食されている。
「仕事ですからね、手伝えることはありますか?」
「あー、この書類の山にスタンプを押す作業してくれるか?」
ミオリアは来客用のテーブルを指差す。テーブルには書類の山とサイン替わりのスタンプが置かれている。
「わかりました」
ジークは来客用のテーブルにつくと署名のところにスタンプを押し始める。
「んで、どした?」
「竜の反応がありましたので報告をしようと思いましてね」
「場所は?」
「正確にはわかりませんがパッツァーナだと思います」
「エルフの森のパッツァーナかぁ、あそこは癖のある魔獣ばっかりで面倒だった記憶しかねえ、森しかねえし虫は多いし、ああでも飯は美味かったな」
書類整理の手を止めずにミオリアは話を続ける。
「まぁ、そんな感じなので来週辺りには旅立ちます」
「おう、わかった。と言いたいんだが、アジサイの様子はどうだ?」
「うーん、なんともっすね、部下三人がいい感じにタガの役割をしていますので表面的には問題ないと思いますが、天使族と鉢合わせするようなことが無ければあいつも大丈夫だと思うんですけど、心配っすね」
「だよなぁ……流石に婚約者を無くしてるんだからな……しかもさぁ」
ミオリアは筆を止めてジークの方を見る。ジークも視線に気づいて顔を向ける。
「どうしました?」
「天使族から王城宛てに天使族から最後通牒の達しが届いた。これはまだ王と懐刀、そして有力な貴族だけにしか伝わっていない話だが使者が来るのは来週なんだよね」
「不味くないですか?」
「ゲロマズ状態やなぁ」
このままではジークが不在の時に天使族が来て、アジサイがそこで鉢合わせしてしまったら、最後通牒が一気に宣戦布告まで発展してしまうことになる。
アジサイを監視するにしても完全に壊れたアジサイを生かした状態で尚且つ確実に止めるためにはジークとミオリアの二人が必要である。
「来週まで自分残りますか?」
「一応、アジサイには魔獣討伐の仕事を十件用意した。これで出払ってもらう。プラスアルファで逆賊退治の仕事も数件あいつに回すようにした」
「それならしばらくは王城に居る状態を減らせそうですね」
「たぶん大丈夫だろ、んでも心配だな」
「スピカさんが亡くなって一年ですけど、アジサイの部屋には未だに彼女が使っていた柳葉刀が飾られていますからね」
「引きずるよな」
「ことあるごとにヴェスピーアに行って彼女の墓に日が暮れるまでいるそうですし、むしろ今、仕事している時に平常なのが気持ち悪いっすな」
「それな、一周回って狂気だよな」
ミオリアは書類に視線を落とし、手を動かす。
「真意がわかるのは天使と出会ったときでしょうな」
「まぁ、バカじゃないし、大丈夫だ」
「そうですね。あっ、しかし書類多いですね」
「ファッキンクソ貴族共がマジで死んでくれよ頼むから」
ミオリアが暴言をまき散らす。
「なんかあったんですか?」
「わかりやすくいうと淡々と仕事こなしてたら俺らを疎ましくなって嫌がらせされまくっている」
「あらら、アジサイ派遣したらいいんじゃないですか?」
「いや、そこまでならないように微妙にネチネチとやってくるから余計にイラッとする」
「具遺体的に何されてんですか?」
「うーん、この大量の書類の中に頭おかしい契約書を紛れさせたり、わざわざ嫌味を言うだけの会議を用意したり散々だな。最近は部下のダチュラ、アキー、ヘムロックの三人への小言がうるさくてな」
「おっと、それはぜひ俺も処刑に参加したところですな」
「奴隷が王城にいるのがそもそもおかしいだの、アジサイそのものが黒い噂しかないだの、ジークは蛮族の出身とかもあったな。ああ、クソッ、いちいちいちいちうるせえんだよクソ!」
「最後の二つはぐうの音も出ないところですけど、アキーたちが悪く言われるのは看過できないっすな」
「ちなみにその後の会議にアジサイと三人をフル装備でその貴族の後ろに立たせてひたすら一時間アジサイにそいつを凝視させてやった」
「火に油を注いでますね! 俺も混ぜてくださいよ」
「いやぁ、段階を踏まえてやらないとな」
「くっそ笑う」
「煽られたら煽り返す。百倍返しだ」
ミオリアはいつぞやドラマでやっていたセリフをパロディする。
「と言っても、それなりに力を誇示しないと舐められますし」
「ああ、それやったら嫌がらせも減ったな、もっとはやくやっときゃよかった。それでも書類の山だがな」
「心中お察しします。こっちにあるのは終わりましたよ」
「あいよ、じゃあこっちの山を頼む」
ミオリアは署名が必要な書類の山を指差す。
ジークは二つ返事で、書類を自分の机に運ぶと作業を再開する。
「いやこれほんと無駄な作業っすね」
「だろう?」
コンコンと扉をノックする音が響く。
「はいよー」
ミオリアは返事をする。
「ういっすー」
アジサイが部屋に入ってくる。
「お、アジサイ、良いところに」
「えっ?」
ジークと向かい合う形で予備のスタンプを渡されアジサイも作業に加わる。
「妙なタイミングで来てしまったな」
ジークが笑いながらスタンプを押す。
「ほんとうだよ」
「いやぁ、噂をすればなんとやらだな」
ミオリアも笑いながら書類の選別を行う。
アジサイは魔力をうまく操作してスタンプと書類に一切触れずにソファーに寝そべりながら仕事をこなす。
「いや、最近顔も見てないから遊びに来たと思ったらこの始末」
「言ってる割には体勢が楽だな」
ジークが笑いながらアジサイに言う。
「しょうがねえなぁ」
ジークのスタンプが自立して動き始める。
「便利だな」
「言ってもまだ魔力操作に集中力が必要だから手でやった方が正確、今回は決まった場所に決まった力で単調な動きを行うだけだからいいんだけど」
「魔力操作の練習ってやつか」
「正解、ダチュラが最近魔力操作のコツを掴んで来たから追い抜かれないように必死さ。あの黒髪おっぱいは器用過ぎて困りものだな」
冗談っぽくアジサイは話す。
「ダチュラと言えば、この前の成長記録書を見たけど、そこそこ使えるようになったんじゃねえか?」
ミオリアは相変わらず書類の選別をしている。
「そうですね、実戦経験を積ませたいところですね」
「あ、そうだ、ほいこれ」
ミオリアが依頼書をまとめた冊子をアジサイに投げる。アジサイはそれを受け取ると依頼書を眺める。
「あらら、これは、大変そうですね、巨大獅子ネメアリオンに昨年自分が見つけたあの巨大昆虫はエミルワームって名付いたんですね」
「魔獣だけでも中々のラインナップだろ」
「骨が折れそうですね。このエンプレスワプスとクイーンアピスってのも気になりますね」
「あー、そいつらは注釈に書いてある通り人語を理解するから気を付けろよ」
「なるほど。興味が湧いてきました。お、ワイバーンも手厚いですね。今度は群れを成さない大型種、名前はヴァイオレット……」
「そいつは強烈な毒を持っていて、駆除対象だったんだが冒険者が挑んで帰って来ないのことが頻発してな、こっちに回って来た」
「あとこのアラクネっていうのはやっぱり蜘蛛ですか?」
「らしい」
「ほいほい、見たことも聞いたこともない魔獣と暗殺任務かぁ……」
「今回はワイルドコート商会からの依頼だな。裏で流行している麻薬の元締めの暗殺」
「何なら組織ごと潰しましょうか?」
冗談交じりにアジサイは言うが、本気でやりかねないのである。
「裏社会に奴らの中には貴族たちと癒着がある。下手に壊滅まで追いやると余計面倒だ。もし余裕があるなら癒着した貴族との関係まであばけりゃ最高ってところだな」
「りょうかーい」
「頼むわ」
「あ、ちょうどいいや、部下を暗殺に連れて行っても?」
アジサイがリストを細かく確認しながらミオリアに許可を願う。
「任せる。稼働を増やさないと穀潰しになっちまうしな。と言ってもしっかり管理してくれ」
「わかりました。さてと、作業終わりました」
「おー、サンキュー」
「魔術も便利だな」
ジークは感心した。
「まぁ、こればかりは適正が関係するしねえ、もっと色々な人が汎用的に使えるようにしたいね」
「そうだな」
「ジークに渡したサバイバルキットも中々便利だと思ったけど」
ニンギルレストでの防寒装備を思い出す。あれのおかげで極寒の夜もジークは体を十分休めることが出来た。
それ以外にもアジサイはジークの食事、体質改善、トレーニングに至るまで手厚くサポートしている。あの大量の食事もジークの筋力強化を兼ねている。
「あれは助かったなぁ」
「何より何より、改善してほしい所があったら言ってくれ」
アジサイは依頼書をパタンと閉じる。
「あー、今のところは特に、強いて言うなら軽量堅牢化かな、ちょっと繊細な部分が多い」
「軽量堅牢ね、わかった。まだまだ改良の余地があるね」
アジサイは依頼書を持って立ち上がる。
「すぐに出発します。暗殺と魔獣の討伐の優先付けはこちらで判断してよいですか?」
「オッケー、助かったわ」
ミオリアの返事を聞くとアジサイは足早に執務室を後にした。
「さて、俺もボチボチ行きますわ」
ジークも立ち上がって執務室から出る。
自室へ戻る途中の廊下は夕陽が差し込んでいた。鮮やかな赤色が空を染め上げている。
自室に戻ると、アルスマグナが窓辺に椅子を寄せて、赤い夕陽を眺めている。
「ビサンティンか?」
「ええ、翼を研いでいるようです。あれの翼脚は刃物と言われております。大木を断ち、鉄を切り裂く刃」
「バロックもすごかったが、それ以上なのか?」
アルスマグナは首を縦に振る。
「かまいたちを名に冠するとか」
「かまいたちか……」
肉を切り裂く風、それだけでもビサンティンの強さがひしひしと伝わる。
「強いです。なにせ私の魂を二番目に量が多い分魂ですからね」
「一番は……アンフォメルか」
「はい」
「バロックの時もそうだが、流石に死ぬんじゃねえかな」
「冗談はよして下さい。と言いたいのですが、落命の覚悟が必要かもしれません」
「そうか……そうだな」
「嫌です。ここでお別れは」
「……」
いつもなら二つ返事で任せろと言いたかったが昨年のバロックでの戦い、たまたま竜の外殻を纏う力である『竜殼』を発現させたから勝てたもので、また今回も同じような偶然が起きるとは限らないし、起きたとしても今度は勝てるか怪しい。
「ジーク様?」
アルスマグナは心配そうにジークを見つめる。
「いや……すまん……俺は――」
何を竦んでおるのだ――
貴様、よもやこの期に及んで死に怯えておるのか――
笑わせてくれる。貴様は我が力を手にした男だ。そう易々と討たれては困りものだ――
刀さえ、その刀さえ正しく握り正しく振えばそれでよいそれだけでよいのだ――
「ジーク様!?」
ジークは我に返る。
「ああ、俺は大丈夫だ。ビサンティンを討つ!」
マニエリスムの魂がジークの血に熱を通わせ、魂を燃やす。
「そうではなくて、目が!」
「うん?」
ジークはアルスマグナに手鏡を渡される。
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「なんだこれ!」
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「龍神って……俺は龍神族とは関わりがねえぞ」
「私にもどうしてその眼がジーク様に宿っているのか存じませんがその眼は龍神族の瞳です」
鮮やかなルビーと炎を混ぜ合わせたような色の瞳がジークの両目に宿っていた。
「まぁ、病気じゃないならいいや、じゃあそろそろ準備しようか」
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