この異世界は理不尽で残酷で儚く、そして竜を狩り、国を護り、獣が吠えた。

白井伊詩

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龍ノ104話「破壊の竜エムラクール」

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 地鳴りがする。ジークは瓦礫の上で目を覚ます。
 何とかウルフラムを倒す事が出来ていたようで安堵した。
 束の間。再びの地鳴り、徐々に強くなっていく。
 
 ジークは口をゆっくりと開き、愕然とする。
 
 王城から見て北西の方向から地獄が近づいていた。
 
 ジークは瓦礫から大太刀を掘り起こすと即座に空を駆けた。
 
 大地が揺れる、それは無骨で大雑把でまるで映画でも見ている気分だった。
 領土一つが崩落し、目覚めてはいけない絶望が再び呼び起こされたということだろう。
 そして目を覆いたくなるほどのことだが、これがジークが倒すべき最後の竜である。
 
 ティラノサウルスに良く似ている。それに大量の金属塩が張り付き、その上に所々、岩石が付いている。
 ここまでの描写ならいつもの竜であるが、決定的に一点だけ大きく異なる。
 
 無骨な外骨格に、まるで映画の尺寸で物を語るようにその竜は巨大だった。
 
 領土一つ分はあることは間違い無い。おおよそで言うなら、体長は三十万キロメートル、体高は背中が雲に覆われているが、十万キロメートルくらいだろう。逆鱗のアンフォメルが小型犬に思えるくらい遥かに巨大であった。
 
 
 破壊の竜エムラクール。
 
 
 咆哮を放つ、王城の壁が砕け散る。大地は振動し生物は音に絶えられず破裂する。木々はなぎ倒され建物は粉々に砕ける。そして一歩進む度に大地が陥没する。
 エムラクールは王城に向って走っている。それだけで重篤な被害をもたらしていた。ただでさえ疲弊しきっているこの国でこの竜が好き放題歩き回るだけで国は跡形も無くなるだろう。
 そうなる前に食い止めなければならない。
 先ずは状況を立て直すために兵士を集める必要がある。
 ジークは踵を返す。そして王城の惨状を思い出す。
 荒れ果てた市場、娯楽は無く、空腹を紛らわす水さえも満足に手に入らない、通りに人の気配は薄く、ウルフラムとの一戦で砕けた大通りが目立つ。
 誰もこの状況に立ち向かえる者はいなかった。ただ一人、ジークを除いて。
 
 振り返る。エムラクールはそこにいる。
 空を走る以外の道は無い。
 
 仮に死ぬことになってもこれは仕方ない。だが勝てば英雄の証明になる。
 別に名誉も地位も大金も欲していないが、王城には愛しのアルスマグナがいる。それだけでいい。
 惚れた弱みに漬け込まれてここまでよくよくきたもんだ。ジークは自分の単純さを嗤いながら、エムラクールの鼻っ柱を抑える。
 
 竜殻を展開する。黒曜石色の外殻が体を覆う。そしてその上から鈍色の金属が斑模様を描きながら浸食する。
 
 ウルフラムは歌っている。勝利の歌を。
 
 故にジークは、この戦いも次の戦いも次の次の戦いも勝ち続ける。
 勝たねばならない。それが殺した竜にジークが送れる最初で最後の贈り物だ。
 
 エムラクールの進行が止まる。もっと正確に言うならば少しずつ後退している。
 ジークは進行を続ける。取るに足らない人の一歩を止めること無く。
 
 とにかく今はこの竜を移動させるしかない。
 ジークは魂という炎を燃やし、覚悟という薪をくべる。そして全ての竜の魂もまた共鳴し、燃え盛り、小さな灯火は巨大な篝火に生まれ変わる。
 
 エムラクールの巨躯を押しているのにも関わらずジークの体は疲れない。だが、間もなく地獄が訪れる。
 ジークは両腕でエムラクールを押すが、ピタリと動きが止まる。即座に後ろに下がり、ジークは呼吸を止める。
 龍神演武水ノ型で瀧のように流れる水を展開しエムラクールを遮り、準備を始める。
 
 衝撃
 破壊
 瓦解
 崩壊
 絶唱
 激情
 痛烈
 絶望
 
 走馬灯のように言葉が脳に響く。
 エムラクールの声は大気を震わせた。
 
 先制爆撃と言わんばかりの声がイシュバルデ王国に広がる。
 ジークはその衝撃をもろに受け砲弾のように空中を飛び制御できなくなっていた。幸い水の壁が王城を守り、損傷を抑えるがジークの体が王城の一角に激突する。
 頭を抑えてよろりと首を左右に振り周りを見回。酒瓶が転がっているのを目の当たりにする。どうやらアジサイの部屋だったらしく、それを見事に破壊していた。
 懐かしい感傷に刹那だけ浸るように首を楽にする。青天井を見る。
 
 ドアが開く音が聞こえた。おもむろに視線を合わせるとアルスマグナが今にも泣き出しそうな顔でジークを見ていた。
 歩み寄ろうとするアルスマグナに対して手で制止する。それから立ち上がり、ぎこちなく笑ってジークは王城を飛び出した。風をバネにしてより速さを突き詰める。
 弾丸のように飛び出したジークは大太刀を振るう。
 刃は甲殻を立つが肉に達することはない。これではいくら首を切ろうとも絶命に足る一撃にはならない。一撃で断てねば傷は再生する。首だけでも巨木を幾重にも積み重ねたほど太い。何回かに分けて切断も一案したがエムラクールの再生力が上回ることから今回も一撃で仕留める必要がある。
 ジークは深く息を吸う。
 
 魂が燃え、ジークの体内で熱が帯びる。刀身と肉体が陽炎でゆらりと輪郭を歪める。
 
龍神演武炎ノ型。
 
 そこにジークは龍神演武雷ノ型を重ねる。
 神速の切っ先から衝撃波が放たれ龍神演武炎ノ型の一撃を更に広げる。雷鳴が響き渡り、大地をねじ伏せるような攻撃がエムラクールの頸を狙うが、三分の一ほどしか断ち切ることができなかった。
 エムラクールも一瞬ひやりとしたのか後ろに大きく飛び後退する。それにより大地は大きく揺れ、着地点は陥没していた。
 先ほどの攻撃はジークの全てが込められた一撃だったが、それでも届くことがなかった。
 
 練り上げる時間は充分、心も落ち着き、魂は最大限磨き上げられていた。
 
 失敗したことはなかった。ただエムラクールという竜にはそれらが通用しなかっただけである。
 
 なんと言うことも無い、ただ力が足りていないだけである。
 
 ここまで来ても、足りない。
 
 小説や漫画の主人公なら、やれ新しい力が奇跡的に目覚める、やれ救援が来て希望の灯火が燃えさかるようなことがあったかもしれない。
 振り返れば荒廃した王城と城下町、救援は無い。
 
 ジークの手から大太刀が滑り落ちる。
 
 だが手元からは離れない。
 
 ジークの右手を上から握りしめている手があった。竜の外殻に覆われているが細く美しい手だ。
 アルスマグナはジークに抱き寄る。半分だけ竜になり、外殻に体を覆い、翼が背から伸びている。
 
 アルスマグナは首を横に振る。それから右手を抱き寄せ、静かに大太刀を握り直させる。
 
 それからにっこりと笑って、涙をこぼした。
 
 徐々にアルスマグナは光となり、ジークの体に吸収されていく。ジークは嗚咽を漏らしながら首を横に振りアルスマグナを否定する。
 
 左手でアルスマグナを掴もうとするが、ジークは空しか掴むことが出来なかった。
 
 
 彼女は死んだわけでは無い、肉体と魂をジークとつなぎ合わせ、一時的に融合した。
 胸の奥にある確かなアルスマグナの暖かさをジークは感じた。
 アルスマグナはジークに全てを捧げた。この世に一片足りも残さぬほど。
 ナトライマグナを討つまでジークは彼女に会えない事を覚悟した。
 
 呆然
 
 悄然
 
 視界は歪む。
 
 さよらなではないのにも関わらず。
 
 どうして犠牲が無ければ前に進めないのだろう。何かを成す度にジークは徐々に自分の何かを失っていく。
 そうやって積み重なった悲しみ、怒り、憎しみ、喜びを背負いながらジークは仇成す者を殺していく。
 殺して、その先に何があるだろうか、愛しきアルスマグナをここまでさせて何が英雄か、これではただの。
 
 ただの人ではないか。
 
 悲しみとやるせなさがジークの歩みを止める。
 
 だがここで進まないのは最悪である。
 
 わかっていた。そんなことは、それでも目の前の現実を受け入れるにはどうしても僅かな刻が必要だった。
 
 アルスマグナと呟く。
 
 胸の内側がじわりと熱くなる。まだアルスマグナは諦めていない。
 
 ジークは深く息を吸う。
 
 産声を上げるように天に咆哮を上げる。魂はかつて無いほどに燃え上がり、業火は全てを焼き尽くさんとする勢いで白炎が肉体を駆け巡った。
 軽く大太刀を振るう。衝撃が地面にまで到達し、大地に谷を作り出した。
 
 橙色の相貌がエムラクールを捉える。
 
 紫電の稲妻がジークの周囲に現れる。
 
 大太刀を両手で構える。
 
 初段――。
 
 上段から振り落とされた一撃でエムラクールの頭は地面に叩き付けられた。
 
 二段――。
 
 天に足の裏を向け、紫電を纏うジークは地面に向って跳ねる。
 重力と膂力によって射出された勢いのまま、ジークの体は紫電の加速と白炎の火力を重ね合わせる。
 そしてエムラクールの頸と切っ先を線で結ぶと振り抜く。
 
 
 だがエムラクールもただでは転ばぬと言わんばかりの姿勢で顎を大きく開き、咆哮をジークにぶつける。
 全身がズタズタに裂けるがジークは構うどころか目に入った血液すら拭わない。既にこの戦いにおいて狙うべきところは捉えているからだ。拭うという行為で速度を緩める訳にはいかない。
 エムラクールもそれは承知している。巨大な顎でジークを牙で挟み込む。
 
 ジークは呼吸を止める。
 
 龍神演武水ノ型で柱を作り、エムラクールの大顎に差し込む。差し込まれた水は更に伸びると顎を無理矢理こじ開ける。
 エムラクールの大顎を持って半ば強引にジークの龍神演武水ノ型を破ると更にその先にいるジークに牙を剥けた。
鋭い先端がジークの体を掠め裂傷となるが紙一重で牙から逃れた。
 
 口腔内を更に押し通り、喉まで達した瞬間、大太刀は放たれた。
 
 三段――。
 
 喉を切り裂き頸椎まで達するとジークは上へと駆け抜ける。肉を掻き分け、脳幹まで一気に駆け登ると最後の空気を吐き出し深呼吸をする。
 アルスマグナの暖かさが全身を包み、彼女と共に刃を振るっているような気分だった。
 
 烈火
 爆裂
 激震
 
 大地は長らく震え、瓦解する音と共にエムラクールの上顎と下顎が真っ二つに分かたれた。
 
 エムラクールは光となってジークの体に取り込まれた。
 
 アルスマグナの魂はどことなく笑っていた。
 
 ジークは天を見上げてため息をつく。
 
 アルスマグナを感じる胸をさすりながら、大太刀を強く握って静かに前に出る。
 
 これで龍極天に王手がかかる。
 
 破壊の竜エムラクール、討伐。
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