この異世界は理不尽で残酷で儚く、そして竜を狩り、国を護り、獣が吠えた。

白井伊詩

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使ノ111話「天来報復」

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 ミオリアはパッツァーナのギルドの中で食事を取る。廃墟のキッチンを間借りして温かいものをつくる程度だったが今いる者たちには嬉しい物だった。
「ダチュラ……」
 アキーが呟く。
「こんな時代にこんなことをしているのよ、失うべくして失ったのよ」
 ヘムロックはアキーの肩に手を乗せて慰める。
「でも……私は部隊長なのに……これじゃあアジサイさんに顔向けできないわ」
「あそこでガブリエルとミカエルは予想外だ……クソ」
 ミオリアも責任を感じずにはいられなかった。
 
 
「あの、勝手に殺さないでもらえます?」
 
 
 ギルドの扉が開いたと同時に湿っぽくなった空気をかき消すように木霊する。
 
「ダチュラ! 無事だったのか!?」
 ミオリアは嬉しそうに歩み寄るとダチュラの目を見た。
「化けてませんよ?」
「じゃあ、ダチュラのライフルを見たときの獣の翁さんの反応は?」
 アキーは冷ややかな視線で質問する。その右手にはナイフが握られている。
「良く出来ている。弾丸を見せてくれ」
 アキーは沈黙を続け、虎をも殺しそうな目を一分間続ける。
「本物ですね」
 にっこりと笑うとナイフを腰のホルスターに収めるとダチュラの肩を掴んで心底アキーは喜んだ。
「良かった、無事で良かった」
 ヘムロックもダチュラの生存に声を震わせた。
「ところで、獣の翁さんは?」
「ヴィストークの廃墟を出るところで別件あるとかで別れました」
「やっぱあいつスパイじゃねえか?」
「どうでしょう、私は致命傷を負ったところを救って貰っているので線は薄いと思っています」
「どうしてそう思うの?」
 アキーは小首を傾ける。
「単純な話よ、私たち三人が露骨に獣の翁さんを怪しんでいた。やろうと思えば一瞬で殺せるはず、だってミオリアさんですら及ばない方なのよ?」
「一理はあるけど今ひとつ決定的な部分に欠けるわ」
「それに私はミカエルの爆撃によって重傷を負ったわ、それをあの人は助けた。それに天使は獣の翁がいる場所だけををわざわざ狙ったのは何故? 内通しているならミオリアさんたちの方を率先して攻撃するはずよ」
 アキーは深く頷いて納得した。
「わかったわ、今後獣の翁さんは仲間という認識でいきましょう」
 三人とミオリアは認識を改めた。
「さて、メシにするか」
 冷めそうな食卓に四人は向った。
 
「ミカエルとガブリエルが目下の標的になるが動きは分かるか? ここもいつばれるか怪しいしさっさと動きたい」
「その必要はありません、次に来るのはここですから」
 アキーは直ぐに答えた。
「何でだよ!」
「緊急事態とは言えパッツァーナまで行き先を伝えずに私たちを運んだんですよ? 元々は敵を誘導するための作戦でしたが迎え撃つことになると思います」
「うん、それはすまん」
「それはそれです。今から作戦を練り上げるしかありません。敵の数も分かりませんし」


「その必要は無い」
「その通り!」
 青い髪の童顔の女性と赤髪ですらりとした女性が颯爽と現れる。
「おー、ネフィリとエレインじゃん、どうした?」
「ん、アジサイから手紙が来てここに来るようにってな」
「それでボクらが来たわけ」
 ネフィリは落ち着いた声で言う。以前はアジサイの死や自分の出生やらで色々とショックを受けていたが今はかつての落ち着きを取り戻せているらしい。その証拠に自分のことをボクと言っている。
「え、アジサイ?」
「それがわからない、突然枕元に沸いて出てきた」
「あいつマジで生前は何やってんだ?」
「おそらくは時限術式で遊んでいたっぽい、日付も古い物だしおそらく死したことでそれが狂った。と見立てているが、あの男のことだ、ひょっとしてと思ってネフィリと来たら何やら部下の部下と楽しそうに会話しているのを壁越しに聞こえてな?」
 徐々にトーンが落ちていくエレインの台詞に若干の寒気を覚えたミオリアだが、事情を説明し事なきを得た。
 
「なるほどね、じゃあもうすぐここに天使来るんだね?」
「ああ、というか狙いはお前なんだが軽率過ぎないか?」
「だって王城今大変なのよ! あんなところいるほうが危険なの!」
「今、王城は猛毒の竜ヒュドラと重金の竜ウルフラムが居着いている。ジークと行き違いで何とか対処して貰っているため直に収束することだが、それまではこうやって移動している方が良いと判断した」
「王城もやばいことになってるな」
「ここからが本番だ。もしも伝承にある十二体の竜が全て目覚めればこの国は長くは持たない。もっともジークが力尽きればの話だが」
「じゃあ、杞憂だな」
 エレインはそれを聞いて一回だけ笑った。
「そうだな、ミオリアが信頼する実力ある男だ。既にバハムート、ファヴニールを倒している」
「ほらな、あいつはやるんだよ」
 ミオリアはジークの功績に鼻が高かった。
「これが好きな女の願いを叶えるために始めたことと言うのがなんともチープだがな」
 エレインは肩を竦ませる。
「さて、と、ねえ君たち」
 ネフィリは立ち上がるとアキー、ダチュラ、ヘムロックを呼ぶ。
「はい、何でしょうか?」
 アキーが代表して返答する。
「ニンギルレストに向って欲しい。一番奥にね」
「何故、でしょうか?」
「溶けたみたいなの、氷が」
「どういうことでしょうか、あそこは――」
「それを見てきて欲しいんだ。君たちなら出来るよね、アジサイは一人で行けたからね?」
 ネフィリは意地悪そうに言う。
「ですが、これから天使の大軍が来るかもしれないのですが?」
「数、は意味を成さない」
 エレインは氷のように冷たい目でアキーを見る。嘘では無いというのは彼女の雰囲気から感じ取れる。
「わかりました、私たちなら……今ならアジサイさんにも負けませんので」
 アキーの負けず嫌いが発動し、三人娘はギルドを飛びしていった。
 
 
「可愛いねあの子達、ここで終わらせるにはもったいないよ」
 ネフィリは頬を付き、足を組んで彼女たちの背中を見送る。
「アジサイ譲りのド畜生だがな」
「いいじゃないか、さて、邪魔者が消えたのでボクたちも戦うよ。本気で」
「無論だ。もう周りを気にせず戦う」
「久々に全力出せるよ、しかも今は封印も解けているから絶好調!」
「そうだな、じゃあ久々に本気で行くとするか」
 ミオリアは次元倉庫からワインとワイングラスを取り出すとグラスに注ぐ。ロゼ色の透き通る赤色は芳醇なブドウの香りを残しながらも歴史の古臭さを内包している。
 三人はグラスを持ち上げると舌の上にワインを転がした。
「さて、こうやって話のも久々だな」
「全く、ふらっと消えたと思ったら七年も消息不明だよ。浮気のひとつでもしてやろうかと思ったくらいだ」
 ネフィリは冗談気味に言う。そこにエレインが鼻で笑いながら言葉を差し込む。
「どうだかな、寂しくて死ぬー、早く帰ってこーい、ボクを一人にしないでーとか毎晩叫んでいたくせに」
「なっ、ちょっと言わないでよねえ、もー! エレインだって心配しすぎて術式を左右反転で書いていたことをバラすからね!」
「な……あれは、違う、あえて失敗する術式をだな」
「よく言うよ爆発して髪の毛もひっくり返ったじゃん」
「もういいだろう、わかったよ、寂しいと言えば良いのだろう!?」
 二人の小気味よい会話を肴にミオリアはワインを飲む。
 これからもこの小気味よい日常を守らねばと改め誓わされる。
「ま、そのへんして、体を休めようぜ」
 
 
 何せ明日は十中八九、天使と激突するのだから。
 
 
 
 
 楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、永遠に感じるほど長い時間が訪れる。
 
 空が黒い。
 
 それだけで戦況が分かる。
 もう王城は疲弊しきっており増援はもっての外だとエレインはミオリアに通告した。
 
 
「やれるか、ネフィリ」
「問題ないよ」
「エレインは?」
 ネフィリは手甲を装備すると拳同士を打ち付けて気合いを入れる。
「いつでも問題ない」
 エレインはいつもと違う杖を握る。
 
 普段であれば使うことを禁じられている武具を解禁する。
 
「霜柱の杖エーリヴァーガル……久々だな」
「ああ、久々過ぎて埃が被っていた」
 全てがクリスタルのように透明な杖は冷気を帯びている。触れれば最後、体の芯まで凍り付かせるような杖をエレインは解放する。
 かつて、イシュバルデ王国を脅かした一体の神獣の魂から生成された杖、雪の結晶のような飾りが先頭に付いており、杖を振う度に氷と硝子がぶつかるときに出るような音が心地よい。
 この杖はエレインの魔力と最も相性が良く、効率よくエレインの魔力を増幅させる事が出来る。
 
 端的にわかりやすく説明すれば、この杖を持ったエレインはイシュバルデ王国議会で使用を著しく制限されている戦略兵器である。
 
 現代で言うところの大陸間弾道ミサイルだ。
 
 ミオリアは過去に一度だけこの杖を振うエレインを見たことがあるが、振われた大地は丸々一年氷漬けとなった。
 
 
 エレインは空に向ってエーリヴァーガルを振い、詠唱する。
 空を薄氷が覆い大地が持っていた温もりの一切を剥奪する。それどころから太陽が奇妙な屈折を起こしながら白い塵と雨が降り積もった。
 
 この雨は水では無い。
 
 大気が極限まで凍る、即ち氷点下の最下にまで到達したとき、本来は空気のままで存在し続けるはずだった物が降り積もっているのである。
 
 華氏零度の世界――
 
 またの名をこう呼ぶ――。
 
 絶対零度と――。
 
 エレインがたどり着いた氷結系魔術の神髄である。
 生半可な魔力では生命活動すらまともに行えない世界が生み出された。
「相変わらずやべえな」
「まだだ。ここからがミオリアがいなかった七年の成果だ」
 
 エレインは再びエーリヴァーガルを振う。
 
 空を覆うほどの天使の大軍がまるで氷の粒のように次々と大地に落下し始める。
 たまたまミオリアの近くに天使が落下する。地面と激突した瞬間、ガラスコップを落とした時のようにパリンと砕け散った。
「全身が芯まで凍っている……」
「正確には芯から凍らしている。アジサイの体に溜まった魔力を抜き出すのに研究していた技術を転用して、相手の魔力を魔術に転換させるというものだ。私は資質的に制御が楽な氷の魔術を使っているが、燃やすこともできる」
「魔力が無くなるまで凍り続けるってことか?」
 エレインは静かに頷く。
「ボクの見せ場ぁ!」
「ネフィリが戦線に出たらまずいに決まっている、意気揚々と三人で出てきてしまったが、よくよく考えたらネフィリはギルドの中で身を潜めている方がいい」
「せやなぁ……」
「え、酷くない? せっかく天使族の持つ奇跡の力を見せて上げようと思ったのに!」
「なにそれ」
「四大種族にはそれぞれ権能があると言われている、天使族には本来起こりえないことを発生させる奇跡の権能、龍神族には厄災を引き起こす権能、鬼神族は理を操る権能、そして空神族は未だ不明だ」
「だからボクには本当なら起きるはずもないことを起こす力があるし最近はそれを制御できるようになってきたんだけど、出番が無くなったよ……」
 ネフィリは桃色の髪をワントーン暗くさせるくらい落ち込んだ表情をさせた。
 
「いや、そうでもない」
 
 ミオリアは空の方を向きながら呟く。
 確かに向けられている殺意、体の芯から凍り付かせようとするほどの強い心がミオリアの心臓を狙っていた。
 
 左右合わせて八枚の翼、青き髪に整った顔立ち、サファイアのような瞳がミオリアを見据えていた。その右手には水で出来た百合の花を持っている。
 それと対になるように白銀の髪に赤い瞳、右手には剣、左手には天秤を象った杖が握られている。
 ミオリアは両手に短剣を構える。
 
「守護天使ガブリエル」
「守護天使ミカエル、参る」
 その瞬間、ミオリアの肉体は地面に沈む。足に力を入れてミカエルの懐まで飛び込むが途中で何かに体を打ち付けた。
 自身の速度が仇となり反動が全身を駆け巡る。鈍い痛みにミオリアは地面に蹲りしばらくの間動けない。それを見逃さずにミカエルは先ほどの体が地面に沈む攻撃を仕掛ける。
 ミオリアは体がミシミシと音を立てて軋み始めるのがわかった。
「なんだこれッ、ああ、クソッ!」
 圧迫というより磨り潰されるような感覚だった。身を削ぐような痛みがじわじわとミオリアの思考を奪っていく。
 ネフィリが地面に沈みつつあるミオリアの手を掴むとガクンと腕が地面に持って行かれる。それでもありったけの膂力を腕に捧げミオリアを引きずり出す。
「助かった」
「次来るよ、エレイン手伝える!?」
「こっちは大軍を抑えるだけで精一杯だ」
「わかった」
 ネフィリとミオリアは目を合わせて合図するとミカエルの両サイドに弧を描きながら攻め入る。
 ミオリアが先にミカエルの喉元に短剣を滑り込ませる。
「ミオリアが先に来る。両サイドに展開して」
 小さな声でガブリエルはミカエルに指示を出すと、次の瞬間にはミオリアの体に重みが感じられた、即座にバックステップで距離を取り見えない重圧から逃げる。ネフィリもそれを見た瞬間、的確に距離を取る。
「読まれていやがる。未来でも見てんのか」
 ミオリアは怪訝な表情で舌打ちをする。
 ステップを真面目ながらネフィリに近づき体勢を立て直す。
「どうするミオリア?」
「どうやらガブリエルが俺たちの行動を先読みしている」
「マジ!? 面倒くさいやつだ」
「なんか言い案ないか?」
「うーん、エレインがいれば何とかなりそうだけど」
「天使軍の対応があるしな……クソッ、てか雑魚天使増えてねえか?」
「騒ぎを聞きつけて大分集まってるみたい。これから増えるよ」
「じゃあますますエレインが使い物になら――」
 
 
 遠くの空が赤白く光る。

閃光が見えた直後周囲に炎が広がった。
 
パッツァーナの森諸共、大地と天が焦げ付き、灰と化していた。
 
 懐刀、ルーサーが鎧を身に纏い、戦場に降り立ったのだ。
 
 
「雑魚は俺に任せろ」
 ミオリアたちと守護天使の間に割って入るようにルーサーが現れる。
「ルーサー、お前……」
「いいから、俺に任せろ」
 ルーサーは強く、静かに言った。その目は燦々と燃え盛る焔の鼓動である。強く気高く、そして憤怒に満ちていた。
 ルーサーはミオリアを頷かせるとそのまま前へと進む。怒りで能力が制御できていないのか一歩進む度に炎が地面から吹き出し樹木を焼き払っていた。
 地獄と化した焦土に夕日より暗く紅く燃え盛る空はまるでラグナロクの訪れである。
 炎の足跡を残しながらルーサーは天使の軍勢と相対していた。
 
「ネフィリ、指示を!」
 エレインが叫ぶと、ネフィリは頷いて喉を開いて叫ぶ。
「あの天使がいる辺りを完全に凍らせて!」
「奴らの魔力ではその程度の攻撃では傷一つ付かない、先ほどもあの空間から出てきたのが証拠だ」
「いいからやりなさい!」
 ネフィリは怒鳴るように叫ぶとエレインはエーリヴァーガルを守護天使に向って振う。
 数秒もしないうちに周囲から全ての熱を奪う。
「ミオリア、ミカエルを!」
「任せろ」
 ネフィリはガブリエルとの距離を一瞬で縮めると、鳩尾を突き上げるようなボディブローを喰らわせる。
 ミオリアはそれより先にミカエルの胸をひとつきにするが、ミカエルの剣に阻まれ、心臓から逸れ左肺に短剣が深々と刺さる。
 ミオリアは刺した短剣と右腕、そして右の肩甲骨に意識を集中させる。
 
 右肩甲骨を回転させその円運動を右手に伝える。
 次の瞬間、ナイフはより深く突き刺さり、ミカエルは強い衝撃を受けて仰け反るように地面に転がり落ちた。
 肩甲骨の回転する力を波動のように伝えるその技は、ウェイブと呼ばれている。通常の打撃を何倍にも強化させる戦闘術で獣の翁からこの技を習得した。
 ただの人間でさえこの技を習得すれば力を何倍につり上げて攻撃できるものをミオリアの強靱な肉体と神速に近づく速度で放てばその威力は計り知れない。
 効果は絶大だった。ナイフは背中に突き抜けるほど深く刺さり、放たれた衝撃でミカエルが倒れ、気絶するほどだった。
「やったな……」
「うん、エレイン助かったよ」
 ネフィリはにっこりと笑った。
「何故反応しなかったんだ……?」
 エレインは謎を膨らませる。
「音って言うのは空気があるから伝わる。そして空気は限界まで温度を下げると液体になるよね」
「……なるほどそうか、一瞬だけ真空状態を作ることで言葉が聞こえなくなったのか」
「うん、そういうこと本当に一瞬で普通じゃ分からないけど、一瞬もあればミオリアには十分だからね」
 ネフィリは得意げに言った。
「さて、じゃあ終わらせるか」
 ミオリアは短剣を構える。
 
「こ、降伏します……だ……から……ミカエルは……お願い……しま」
 
 ガブリエルが息を途絶えさせながら懇願する。
「お前らのせいで仲間が大勢死んだ、償わせてやる」
「命……だけは……お願い……します……ミカ…は…友達……なんです」
 ガブリエルは体を這いずらせながらミオリアのズボンの裾に縋り付く。
「知らねえよ」
 ミオリアはミカエルの頭を掴むと右腕の短剣を振った。
 
 だが、ミカエルに刃が届くことは無かった。
「ミオリア……その……ちょっと……」
 ネフィリがミオリアの右腕を掴む。
「だがこいつらを生け捕りにしても万が一暴れたら」
「それなら翼を落とせばいいよ、そうすれば何も出来なくなる」
 ネフィリは言う。
 
 守護天使はアジサイ、グーラント、レオニクスの仇だ、憎むべき相手である。それを殺すのは当然であり、それしか彼らを弔う事が出来ない。
 イシュバルデ王国の平和に寄与するために、当たり前の日常を永年続けるために懐刀は結成された。
 
 平和の礎となるために――
 
 だからこの守護天使は殺さねばならない。
 
 本当にそうだろうか?
 
 ミオリアの心の中で何かが訪ねる。
 
 こいつらは憎むべき相手、殺すべき相手だ。
 
 だが、だがここでこの天使を殺せば自分の中にある境界線を越えてしまいそうな。
 
 進化かもしれない、人が前に進むための一歩なのかもしれない。そうに決まっていると言い聞かせた。
 
 同時にもしも違っていたら法の上で認められた殺戮の悪鬼になるということである。
 
 戦争とは秩序が往々にして無いものである。だがそれだからこそ倫理を持つことが必要な事だと言える。
 今一度、命の在り方を自分に問う。
 
 何人の命を奪っただろうか、今更になって奪ってきた者たちの命の重圧がのし掛かる。
 
 ミオリアは右手が震える。
 
 この天使は殺さなくてはならなくて、それで――?
 怯える。ただひたすらに死に向き合うのが恐ろしくなった。
 殺すのが怖い。今までどこか実感の無い、死の感覚。
 今更になって何故?
 相手が天使だから、いや違う、それではない。
 
 戦ってきた相手が強くなったからだ。
 
 敵から受けた痛み、傷がミオリアに猛烈な生の感覚と死へと抗う本能が刺激されたからだ。
 大した努力もせず、施された力だけで悠々と生き長らえていた。
 
 そして今更になって知識に実感を得たのだ。
 
ミカエルの頭から手を放すと八枚ある翼を全て切り落とした。それから降伏したガブリエルの翼も根元から全て削ぎ落とした。
奪い取った翼はネフィリの背中に吸収され、ネフィリの翼が今まである六枚の翼に加えて新たに二枚の翼が伸び始める。
「なんだろう、多いとそれはそれで何というか」
「気持ち悪いな」
 エレインがバッサリと斬り捨てる。
「うるさいなぁ、天使は羽の枚数が多ければ多いほど優秀なんだよ!」
「そういう物なのか?」
「それは事実だ。天使の翼は魔力の生産、貯蔵、制御を行う器官だ。それが増えるということはその分性能が上がるという事だからな」
 エレインが解説を入れる。
「さて、ガブリエルとミカエルはギルドの中に縛り付けておけ」
「ミカエルの傷も応急処置しておくよ」
 ネフィリは二人の天使をひょいと担ぎ上げるとギルドに戻った。エレインもそれに付いていった。
 
 ミオリアはそれを確認してから拳を突き上げて吠える。
 
「敵将、守護天使ミカエル、守護天使ガブリエル、討ち取ったり!!!」
 
 その声が響き渡ると、士気が完全に折られて天使達は程なくして撤退した。
 
 残る敵はメタトロンのみである。
 
 ミオリアは胸に手を当てて、亡き者たちに追悼の念を送った。
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