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二章 ウォルサム・サマンクルガ
2 一年生、春
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その日、案内された扉の先の光景に、オレは目を輝かせた。
ベッドとクローゼット、それに机と椅子だけが備え付けられた簡素な部屋だ。
それでも、ここが今日から自分の城になると考えれば期待に胸が膨らんだ。
オレは今日からこの寮で、魔導学術院の生徒として生活を始めるのだ。
「ん?」
ふと、違和感を感じて鼻を動かす。
香水か何かだろうか?
甘酸っぱいような、今まで嗅いだことのない果物のような匂いがふんわりと鼻先をくすぐった。
「と、こんな感じ。風呂は共用だから時間ちゃんと見てね」
「……」
「どうかしたの?」
「あっ、はい!」
問いかけられて、オレは慌てて返事をする。
匂いが気になって、途中から先輩の話を聞き流してしまっていた。
狼族の面長の顔が、不思議そうに傾いている。
「何かわからないことがあった?」
「いやちょっと……なんかこの部屋匂いません?」
「におう?」
「なんか、甘酸っぱい感じの。芳香剤かな」
オレの言葉に、先輩は長いマズルを上に向けてヒクヒクと鼻を動かす。
においを探るように首を回したりもしていたが、
「いいや? 俺は何も感じないけど」
と、首をひねりながら言う。
そんなはずはないと、オレはもう一度鼻を利かせた。
やっぱり匂う……気がする。
でも、壁や床の木材と塗料が入り混じった匂いをたまたまそんなふうに感じただけのような気もする。
はっきり匂いを辿ろうとするとなんだか確信が持てなくなってきた。
それに、先輩は狼族だ。
虎族のオレよりもずっと鼻が利くはず。
その先輩が言っているのだから、たぶんオレの気のせいなんだろう。
「いや、気のせいみたいです。すみません」
「そう? 何かあったら言ってね。寮長として出来ることはするから」
「はい。ありがとうございます」
「うん、元気があってよろしい」
言いながら先輩はオレの背中を叩き、白い歯を見せた。
年上だけど、オレから見ても人懐っこくて愛嬌のある笑顔だった。
「それじゃ、夕食は食堂で6時から。遅れるんじゃないぞ、一年」
「は、はい!」
先輩は最後にもう一度こちらに笑いかけて、扉を閉めて出て行った。
一人きりになった部屋の中で荷物も下ろさないまま、
今しがた先輩が出て行った扉を見つめる。
一年。
そう、オレは一年生だ。
その言葉を胸で繰り返すと、ようやく実感がわいてきた。
オレは、この学校、魔導学術院に進学したんだ。
魔導学術院とは、この国の義務教育には入っていない魔術に関係する勉強ができる学校のことだ。
オレはここに進学するために、わざわざ馬車で三日かけてこの町に上京してきた。
なぜ故郷から遠く離れた学校にわざわざ進学を希望したかと言うと、単に故郷の田舎町から一番近い魔導学術院がここだったというだけだ。
まだまだ子供だったオレにとってそれはちょっとした冒険で、目の前を通り過ぎていく未知の数々はまるで物語の世界を歩いているかのように錯覚させる。
けれど、これは現実なのだ。
その実感に、オレは荷物を床に放り投げると自分のベッドに身を投げ出す。
スプリングなんてない、木枠の上に布団が敷かれただけのベッドだ。
その真新しい布団の柔らかさが、小さかったオレを受け止めてくれた。
あの頃のオレは、まだ希望にあふれた少年だった。
だけど現実は、そう遠くないうちにオレの上に重くのしかかってくる。
オレには、魔術を扱う才能が致命的なほどに無かったんだ。
ベッドとクローゼット、それに机と椅子だけが備え付けられた簡素な部屋だ。
それでも、ここが今日から自分の城になると考えれば期待に胸が膨らんだ。
オレは今日からこの寮で、魔導学術院の生徒として生活を始めるのだ。
「ん?」
ふと、違和感を感じて鼻を動かす。
香水か何かだろうか?
甘酸っぱいような、今まで嗅いだことのない果物のような匂いがふんわりと鼻先をくすぐった。
「と、こんな感じ。風呂は共用だから時間ちゃんと見てね」
「……」
「どうかしたの?」
「あっ、はい!」
問いかけられて、オレは慌てて返事をする。
匂いが気になって、途中から先輩の話を聞き流してしまっていた。
狼族の面長の顔が、不思議そうに傾いている。
「何かわからないことがあった?」
「いやちょっと……なんかこの部屋匂いません?」
「におう?」
「なんか、甘酸っぱい感じの。芳香剤かな」
オレの言葉に、先輩は長いマズルを上に向けてヒクヒクと鼻を動かす。
においを探るように首を回したりもしていたが、
「いいや? 俺は何も感じないけど」
と、首をひねりながら言う。
そんなはずはないと、オレはもう一度鼻を利かせた。
やっぱり匂う……気がする。
でも、壁や床の木材と塗料が入り混じった匂いをたまたまそんなふうに感じただけのような気もする。
はっきり匂いを辿ろうとするとなんだか確信が持てなくなってきた。
それに、先輩は狼族だ。
虎族のオレよりもずっと鼻が利くはず。
その先輩が言っているのだから、たぶんオレの気のせいなんだろう。
「いや、気のせいみたいです。すみません」
「そう? 何かあったら言ってね。寮長として出来ることはするから」
「はい。ありがとうございます」
「うん、元気があってよろしい」
言いながら先輩はオレの背中を叩き、白い歯を見せた。
年上だけど、オレから見ても人懐っこくて愛嬌のある笑顔だった。
「それじゃ、夕食は食堂で6時から。遅れるんじゃないぞ、一年」
「は、はい!」
先輩は最後にもう一度こちらに笑いかけて、扉を閉めて出て行った。
一人きりになった部屋の中で荷物も下ろさないまま、
今しがた先輩が出て行った扉を見つめる。
一年。
そう、オレは一年生だ。
その言葉を胸で繰り返すと、ようやく実感がわいてきた。
オレは、この学校、魔導学術院に進学したんだ。
魔導学術院とは、この国の義務教育には入っていない魔術に関係する勉強ができる学校のことだ。
オレはここに進学するために、わざわざ馬車で三日かけてこの町に上京してきた。
なぜ故郷から遠く離れた学校にわざわざ進学を希望したかと言うと、単に故郷の田舎町から一番近い魔導学術院がここだったというだけだ。
まだまだ子供だったオレにとってそれはちょっとした冒険で、目の前を通り過ぎていく未知の数々はまるで物語の世界を歩いているかのように錯覚させる。
けれど、これは現実なのだ。
その実感に、オレは荷物を床に放り投げると自分のベッドに身を投げ出す。
スプリングなんてない、木枠の上に布団が敷かれただけのベッドだ。
その真新しい布団の柔らかさが、小さかったオレを受け止めてくれた。
あの頃のオレは、まだ希望にあふれた少年だった。
だけど現実は、そう遠くないうちにオレの上に重くのしかかってくる。
オレには、魔術を扱う才能が致命的なほどに無かったんだ。
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