いけめんほいほい

Scene07 コインロッカーの女の子

166 つらい日々

　ママは、気付いてくれない。
　もしかしたら知っているのかもしれない。
　もしかしたら知らないふりをしているのかもしれない。

　だけど、そんなことは考えたくなかった。

「理香？」

　ママが、優しくそう言って私の肌に触れる。

「これって、タバコの跡？」

　気付いてくれた。
　私からは、怖くて言いだせなかった。

「誰にやられたの？
　もしかして、武君？」

　姉は大きくうなづいた。
　涙が出そうになった。

「そいつが、言うことを聞かないからだよ。
　これは、しつけだな。
　そう、しつけ！」

　武さんが、そう言ってケラケラと笑う。

「理香！
　きちんと武君の言う事を聞かなきゃダメでしょ！」

　涙が止まる。
　どうしたらいいのかわからない。

　私が、悪いの？
　私は、何もしていないよ？

　それとも何もしていないからダメなのかな？

　姉は、シュンと小さくなった。

「理香！
　なんとかいいなさい！
　武君にごめんなさいは？」

「……」

「理香！」

　ママは、そう言って姉の頬を叩いた。
　痛い……
　痛いよ、ママ。

　どうしてだろう？
　頬を叩かれたのに胸が痛い。

　痛い痛い痛い痛いよ……

　ママは、何度も私の頬を叩いた。

「謝りなさい！
　理香！武君に謝りなさい！」

　姉は涙を堪えながら武さんに謝った。

「ごめんなさい……」

　悪くないのに謝った。
　謝らなければつらい思いをするから謝った……

「ふん……」

　武さんは、鼻で返事をした。
　そして、テレビの電源をつけて、ケラケラと笑う。

「理香。
　武君は、もう家族なのよ？
　パパと同じなのよ？
　だから、武君の言う事はきちんと聞くのよ？」

　姉は何も答えない。

「理香！
　返事をしなさい！」

「はい……」

　涙を堪えながら返事をした。

　武さんは、パパじゃないよ？
　パパは、パパだけだよ？

　姉はゆっくりと自分の部屋に戻った。
　誰もいない部屋。

　寂しいけど仕方がない。

　部屋の鍵を閉めてから姉は泣いた。
　静かに泣いた。
　1人で泣いた。

　悔しかった。
　つらかった。
　切なかった。

　でも、どうする事も出来ない。

　苦しいよ。
　つらいよ。

　一日、一日が過ぎる度に姉の火傷の跡は増えて行った。
　お外へ出る事もなくなった。
　家には、武さんと姉と私の3人しかいない。

「おい、ガキ！
　ちょっと来い！」

　なんだろう？
　私は、言われるままに武さんの元へ行った。
　すると突然、私は右の頬を叩かれた。

「痛い……」

「勉強の時間だ。
　イエス・キリストは、こう言った。
　『右の頬を打たれたら、左の頬を差し出せ』ってな！
　言葉の意味わかるな？」

　武さんは、ケラケラと笑う。

「……はい」

「わかったら、左の頬を向けろ！」

　姉は、首を横に振った。
　そしたら、強引に姉の左頬を叩いた。

　どうして？
　どうしてこんなことするの？

　姉には、わからない。
　なにもかもわからない。

　ただ、ただ、ただ。
　それが、つらかった。