イミテーションはいらない

娯遊戯空現

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前編

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百合ゆりってマジいい子だよね~」
「優しいし大人しいし可愛いし、ドジっ子だし」
「抜けてるとこが完璧じゃなくていいよね」
「でも八方美人は直した方がいいかも」
「家庭的なタイプって言葉がぴったり」
「昭和の時代なら理想的な女って感じ」
「バリキャリとかは向かなそう」
「家に飾っておきたい女の子ってこういう子を言うんだね」

 女子からの評価は概ねこんな感じ。
 いいと言えばいいし、ちょっと嫉妬が混じっている感じもある。

 でも、これがわたしなんだ。

 わたしが作り上げた――わたし。




 わたし――小鳥遊たかなし百合は周囲からの評判がいい女の子だ。

 生意気なことは言わないし、誰とも対立しない。
 相手が言って欲しいことだけを言ってあげる。
 思っていることがあっても何も言わず口を閉じていた。
 ときどき疲れて、顔に出てしまってるかもしれないけど。

「ねぇねぇ、今日どうしても早く帰りたいんだけど、委員会代わりに出てくれない?」
「もちろん、いいよ」

 めんどくさいなぁ。でも、相手は疑問形で聞いてる割にもう帰れるつもりでいるし。
 あーだこーだ言うと長引いて逆にめんどくさくなりそうだし。
 優しくて気が利くいい子のわたしは、仕方ないから引き受けてあげることにした。

「やった、サンキュー」

 本当に感謝してるんだか。いまいち信用できないけど、引き受けてしまった以上委員会に出なくちゃならない。
 ペンケース、ノート、スマホを持って委員会へと向かった。


 委員会からの帰り道。
 教室に戻ってカバンを取れば後は帰るだけ。
 ようやく帰れる。まったく無駄な時間を過ごしちゃった。
 知らず知らず溜息が出る。

「おい」

 前から来た相手に気付かなかった。

中条なかじょうくん?」

 まさか見られただろうか。
 完璧いい子なわたしが嫌な顔してるとこ。
 いやいやきっと大丈夫。溜息吐くくらいなら、別にイメージダウンはしなさそうだし。

「おまえ、なんでそんなに無理すんだよ」
「……何のこと?」

 やだ、まさか本当に見られてた?

「とぼけんなよ」
「……だから、何のこと?」

 内心ヒヤヒヤしてる。まさかこんなに疑われるとは思わなかった。

「そういうつもりなら、こっちにも考えがある」

 突然中条くんはわたしとの距離を詰めて来た。
 いきなりのことで対応できず、後ろに後ずさる。

「どうしたの、中条くん」

 壁際に追い詰められて、ほとんど壁ドン状態だ。
 中条くんの、綺麗だけど不愛想な顔が近づいてくる。

「嫌なら突き飛ばすなり罵るなりしてみろよ」
「は?」

 意味わかんない。
 でもそんなわたしの思考は一瞬で吹っ飛ばされる。

「っんん!」

 いきなり唇に柔らかいものが押し付けられる。
 えっ、なんでキス……してるの?

「んんん」

 一生懸命中条くんの体を押すけれど、まるでびくともしない。
 なんでわたしがこんな目に。
 ふつふつと怒りが湧いて来て、ぐっと右手を握り、えいっと腹を殴った。

「ぐっ」

 うめき声を上げながらようやく中条くんは離れてくれた。

「最っ低! 信じられない! あり得ない!」

 感情のままに罵ると、中条くんはニッと笑う。
 なんで笑うわけ? こっちは怒ってるのに。
 パーにした右手を振り上げて中条くんの頬にもみじを残してやろうとすると、簡単に止められてしまった。

「あぁ。そういう態度の方がいいぜ」
「んんっ」

 おまけとばかりに再びわたしの唇を奪い、その後は離れていった。
 じゃあな、って感じで手で挨拶をしていったのが憎たらしい。




「最低なんだよ! 本当に、最低なの!」

 次の日になって、お昼休みを友人の来栖くるす美幸みゆきとともに屋上で過ごしていた。
 昨日のことを思い出すと中条くんに対して怒りが湧いて来てしまうので、美幸に話して発散してるというわけだ。

「意外だね。中条くんってそういうことするタイプに見えないのに。仮にも生徒会の副会長様なわけだし」
「そう! わたしもそう思ってたの、昨日までは」

 中条晴馬はるま
 不愛想だけどその顔のよさによって一定のファンが付いている男子だ。
 生徒会の副会長も務めていて、真面目だと教師たちも思っている。
 ……周囲の評判と昨日の態度とのギャップがすごい。

「あはは、でも百合がそんなに怒るなんて中条くんもやるね」
「どういう意味さ」
「だーって、百合って私以外の前では基本的にYESガールっていうか、なんでも相手に都合のいい受け答えしてるでしょ。それなのに中条くん相手だとちゃんと本性出すんだなって」
「……気を付ける」
「なんで? そのままでもいいと思うよ。面白くて」

 面白がられてもな。
 うー、怒ってるのも馬鹿馬鹿しい。
 よし! 忘れよう。関わらないようにしよう。




「なんでここに?」
「あー、数学の教科書忘れたから貸せ」

 昼休みが終わる直前に教室に戻ると、なぜだか中条くんがわたしの席に座っていた。
 昨日までそんなこと言われたことないのに。
 珍しい来訪者に、教室のみんなもこっちを見ている。
 悔しい。貸したくなんかないのに、こんなに注目されてたら貸さないわけにいかない。
 だってわたしは優しくていい子な小鳥遊百合なんだから。

「はい。あとで返してね」

 もう来るな、って言いたいけど言えないよ。

「悪いな」

 教科書を受け取るだけだったらそのまま帰ればいいのに、なぜか中条くんはわたしの頬に軽くキスをした。
 瞬間、キャーという声が教室に満ちた。
 わたしだって叫びたい。
 そして殴りたい。
 でもそんなことできなくて、結局わたしは頬を押さえて赤面するしかなかった。


 中条くんがやって来るようになった。
 意味が分からない。
 しかもいつもキスしたりハグしたりしてくるせいで、付き合ってるんじゃないか疑惑が上がってしまっている。
 中条くんを好きな女の子はたくさんいる。
 せっかくわたしが築き上げていた人間関係が崩壊の危機だ。

「あ、キミが小鳥遊さんだね」
「えっ、倉木くらきくん?」

 移動教室から戻ったわたしを待ち受けていたのは、最近習慣になっている中条くん……ではなくて倉木まことくん――生徒会長だった。

「な、ななななんで倉木くんが?」
「へぇ、晴馬に聞いてたけど、可愛い子だね」
「えっ、いえ、そんなことはないです」
「お世辞じゃないよ。本当に可愛い」

 やめて欲しい。
 ただでさえ中条くんに絡まれて人間関係崩壊の危機なのに、その上倉木くんにまでそんなことを言われたら、倉木くんのファンまで敵に回しかねない。

「ほら、晴馬って愛想ないだろ?」
「……」
「でもキミの話をするときはちょっとニヤニヤしてるから、すごく気に入ってるんだと思うんだ」

 話さないという選択肢は、わたしには与えられていないみたい。
 何も言ってないのに、倉木くんは話を進めてしまう。

「あのわたし、中条くんに好かれる覚えないんだけど」
「顔がいいからじゃないかな?」

 思わず目をすがめて倉木くんを見てしまいそうになって、苦笑に変更する。

「まぁそれは半分冗談。たぶん性格が好きなんだと思うよ。キミ、頑張り屋だし」

 意味が分からない。
 わたしが中条くんに好かれるなんて、普段の生活からは結びつかない。

「晴馬はキミのことを気に入ってるからね。これからも晴馬をよろしくね」

 嫌ですけど。
 わたしは中条くんのこと全っ然好きじゃないし。
 なーんて、言えたらよかったけど。
 わたしが中条くんのことを好きじゃなくても、倉木くんは友達なんだ。きっと悪口なんか聞かされたら気分が悪くなると思う。
 だから倉木くんには言えない。
 曖昧に笑ってごまかすと、倉木くんは帰って行った。
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