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1 私、崖から落とされましたの
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シュヴァルツ殿下はこのバルディン王国の第二王子。私は彼の婚約者、リディア・マルセル侯爵令嬢。
結婚式を2ヶ月後に控え、我々は結婚すれば忙しくなる身だからと、シュヴァルツ殿下によって直轄地の緑が美しい場所へと婚前旅行に向かうことに。突然のことで驚いたけれど、彼なりの優しさだろう。
長い馬車の旅は疲れたけれど、来てよかった。シュヴァルツ殿下は道中ずっと私を気遣い、その優しさに触れられた事で今後も安心して一緒にいられると確信できた。
それに、王都を離れた事がなかった私は、立ち寄った街で食べた様々な料理やお店、活気のある街中に思いを馳せた。
あぁ、この国を支えていくのだわ、と。私はますます殿下との結婚が待ち遠しく、殿下の夫人として恥ずかしくないように生きよう、そう思えた。
それに、到着した屋敷は本当に景色のいい所。遠くに稜線を描く山々から、足下までずっと緑が続いている。ここら一帯は陛下の直轄地らしい。
さすがに屋敷に到着した日は疲れて晩餐の後すぐに眠ってしまったけど。その翌日、朝早くに殿下に散歩に誘われた。
「朝焼けが綺麗なんだ。屋敷のすぐ裏にいい場所がある。一緒に行こう、リディア」
「喜んで、シュヴァルツ殿下」
朝食もまだ食べていないが、昨日は早くに寝てしまったからそんなにお腹も空いていない。朝焼けが綺麗だなんて言われたら見てみたくもなる。
メイドには朝早くから申し訳なかったけれど、朝の支度を済ませてもらい、持ってきていたオートクチュールの薄緑のドレスを身につけて殿下の待つ廊下に出た。さすがに寝巻きで外は歩けない。
シュヴァルツ殿下の髪は赤みがかった金髪……赤銅色とでもいえばいいのか。艶があって光をよく反射する。顔はとても整っていて、背が高く肩が広く、痩せ型というよりは鍛えられて締まっている。青く煌めく瞳は王家独特のもので、少し釣り気味の目が微笑むととても素敵。
私は金の巻毛に緑の瞳。背は殿下の胸元くらいまでで、自分で言うのもおかしいけれど、お父様とお母様が可愛いと褒めてくれる顔をしているらしい。自分ではよくわからないのだけど、まなじりの下がった大きな瞳と長いまつ毛は気に入っている。
殿下の隣で恥ずかしくないようにスタイルは保っている。だけど、発育がいいのはきっと我が家のシェフのおかげ。
マルセル侯爵家で、私は蝶よ花よと大事に育てられた。
実は、今回の旅行も反対はされた。自領にも連れて行かれた事がない私が、家の護衛を(当たり前ね、殿下の、国の護衛がついているんだもの)つけずに旅行にいくなんて、と。
そして、ほんの裏庭だから、と殿下は私の手を取り、護衛の一人もつけずに屋敷を出た。ちょっとドキドキしてしまう。護衛の居ない、ふたりきりの散歩だなんて。
直轄地の屋敷は大きな平屋建てで、その周りを回るだけでも庭木や灌木の花々が目を楽しませてくれる。
まだ朝陽が昇る前だから少し暗かったけれど、真っ暗というわけでもない。不思議な感覚だ。
「リディアにここの朝陽を見せたくてこの場所を選んだんだ。喜んでくれるといいんだけど」
「まぁ……、殿下のお心遣いに感謝しますわ。とても楽しみです」
屋敷の裏手は裏庭を抜けてすぐ、切り立った崖になっていて、少し恐ろしかった。しかし、それも稜線を切り裂くように白く眩しい朝陽が昇るまで。
黒い山影を縁取るように朝陽が昇ってくる。徐々に足元から黒から緑色に変わっていく様は、圧巻だった。
「きゃっ?!」
「リディア!」
私は朝陽に夢中なあまり、前に出てしまっていたみたい。背に回された殿下の手が私を押した気がしたのだけれど、気のせいだろう。
何せ、あの殿下が腹這いになって私の手を掴んでくれている。足は宙に浮いて、下には高い木々の枝葉が遠く見えるだけ。まるで底のない谷底に、ぞくっと背筋が震えた。
「リディア、大丈夫かい?」
「で、殿下……、はい、殿下が手を、離さないでくださるのなら」
崖はねずみ返しのように内側が抉れていて、足をひっかける場所もない。
殿下は安心させるように不安げな顔をしている私を見て微笑みかけてくれる。
「……やっと、この日がきた。リディア、君は何も悪くない。ただ、私は君と結婚するのが本当に嫌なんだ。さようなら、愛していたよ、リディア!」
「でん……」
か、と言う前に、殿下は私の手をパッと離した。
その時のシュヴァルツ殿下の顔。何と表現したらいいのか、口端を上げて喜びに瞳孔が開き、それでいて満足に事が進んで少し安堵したような……今までそんな顔をされる方は見た事がなくてうまく表現できない。
ただ、その顔が私の瞳に焼きついたまま、私は目を見開いて、底の見えない谷底へと落とされた。
それだけは確かなこと。
結婚式を2ヶ月後に控え、我々は結婚すれば忙しくなる身だからと、シュヴァルツ殿下によって直轄地の緑が美しい場所へと婚前旅行に向かうことに。突然のことで驚いたけれど、彼なりの優しさだろう。
長い馬車の旅は疲れたけれど、来てよかった。シュヴァルツ殿下は道中ずっと私を気遣い、その優しさに触れられた事で今後も安心して一緒にいられると確信できた。
それに、王都を離れた事がなかった私は、立ち寄った街で食べた様々な料理やお店、活気のある街中に思いを馳せた。
あぁ、この国を支えていくのだわ、と。私はますます殿下との結婚が待ち遠しく、殿下の夫人として恥ずかしくないように生きよう、そう思えた。
それに、到着した屋敷は本当に景色のいい所。遠くに稜線を描く山々から、足下までずっと緑が続いている。ここら一帯は陛下の直轄地らしい。
さすがに屋敷に到着した日は疲れて晩餐の後すぐに眠ってしまったけど。その翌日、朝早くに殿下に散歩に誘われた。
「朝焼けが綺麗なんだ。屋敷のすぐ裏にいい場所がある。一緒に行こう、リディア」
「喜んで、シュヴァルツ殿下」
朝食もまだ食べていないが、昨日は早くに寝てしまったからそんなにお腹も空いていない。朝焼けが綺麗だなんて言われたら見てみたくもなる。
メイドには朝早くから申し訳なかったけれど、朝の支度を済ませてもらい、持ってきていたオートクチュールの薄緑のドレスを身につけて殿下の待つ廊下に出た。さすがに寝巻きで外は歩けない。
シュヴァルツ殿下の髪は赤みがかった金髪……赤銅色とでもいえばいいのか。艶があって光をよく反射する。顔はとても整っていて、背が高く肩が広く、痩せ型というよりは鍛えられて締まっている。青く煌めく瞳は王家独特のもので、少し釣り気味の目が微笑むととても素敵。
私は金の巻毛に緑の瞳。背は殿下の胸元くらいまでで、自分で言うのもおかしいけれど、お父様とお母様が可愛いと褒めてくれる顔をしているらしい。自分ではよくわからないのだけど、まなじりの下がった大きな瞳と長いまつ毛は気に入っている。
殿下の隣で恥ずかしくないようにスタイルは保っている。だけど、発育がいいのはきっと我が家のシェフのおかげ。
マルセル侯爵家で、私は蝶よ花よと大事に育てられた。
実は、今回の旅行も反対はされた。自領にも連れて行かれた事がない私が、家の護衛を(当たり前ね、殿下の、国の護衛がついているんだもの)つけずに旅行にいくなんて、と。
そして、ほんの裏庭だから、と殿下は私の手を取り、護衛の一人もつけずに屋敷を出た。ちょっとドキドキしてしまう。護衛の居ない、ふたりきりの散歩だなんて。
直轄地の屋敷は大きな平屋建てで、その周りを回るだけでも庭木や灌木の花々が目を楽しませてくれる。
まだ朝陽が昇る前だから少し暗かったけれど、真っ暗というわけでもない。不思議な感覚だ。
「リディアにここの朝陽を見せたくてこの場所を選んだんだ。喜んでくれるといいんだけど」
「まぁ……、殿下のお心遣いに感謝しますわ。とても楽しみです」
屋敷の裏手は裏庭を抜けてすぐ、切り立った崖になっていて、少し恐ろしかった。しかし、それも稜線を切り裂くように白く眩しい朝陽が昇るまで。
黒い山影を縁取るように朝陽が昇ってくる。徐々に足元から黒から緑色に変わっていく様は、圧巻だった。
「きゃっ?!」
「リディア!」
私は朝陽に夢中なあまり、前に出てしまっていたみたい。背に回された殿下の手が私を押した気がしたのだけれど、気のせいだろう。
何せ、あの殿下が腹這いになって私の手を掴んでくれている。足は宙に浮いて、下には高い木々の枝葉が遠く見えるだけ。まるで底のない谷底に、ぞくっと背筋が震えた。
「リディア、大丈夫かい?」
「で、殿下……、はい、殿下が手を、離さないでくださるのなら」
崖はねずみ返しのように内側が抉れていて、足をひっかける場所もない。
殿下は安心させるように不安げな顔をしている私を見て微笑みかけてくれる。
「……やっと、この日がきた。リディア、君は何も悪くない。ただ、私は君と結婚するのが本当に嫌なんだ。さようなら、愛していたよ、リディア!」
「でん……」
か、と言う前に、殿下は私の手をパッと離した。
その時のシュヴァルツ殿下の顔。何と表現したらいいのか、口端を上げて喜びに瞳孔が開き、それでいて満足に事が進んで少し安堵したような……今までそんな顔をされる方は見た事がなくてうまく表現できない。
ただ、その顔が私の瞳に焼きついたまま、私は目を見開いて、底の見えない谷底へと落とされた。
それだけは確かなこと。
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