花婿候補は冴えないαでした

いち

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第二章

side凪咲:自分のもの

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 ある日の午前中、俺たちはショッピングモールにいた。
 フロアに流れる軽やかな音楽を聞きながら、孝景たかかげさんと並んで歩く。

「一階にカフェもありましたね。午後に寄っていきましょうか」
「はいっ」

 階段を上りながらそんな話をして、寝具という案内版の文字のほうへ進む。

 寝具コーナーには、いくつもの家具が色とりどりに飾られている。周囲の人が気になる商品の前で足を止めていた。

「えっと、ダブルベッドは……」
「あちらはどうでしょう」

 孝景さんが指さす方にはキングサイズと書かれたベッドがある。

「っ、大きすぎますって!」
「ふふ、そうですね」

 あんなベッドだったら、居心地が良すぎて一日中いてしまうとは口に出せない。俺が首を大げさに振っているのを横に、孝景さんは楽しそうにほほ笑んだ。

「シンプルなものにしましょうか。今と同じ木目調の」
「です! 色も同じがいいな」
「では、あちらに……」

 ダブルベッドの前に来ると自然と口元がゆるんでしまう。
 しかし、そこに男性の声が聞こえ──俺は表情を固めた。

「あれぇ、孝景たかかげさんじゃないすか?」

 ビクリと跳ねた孝景さんの肩ごしに、俺は顔を上げた。
 そこにはヨレたTシャツを着た一人の若い男性が立っていた。

「……樋宮ひみやさん」
「この辺に住んでたんすか?! 偶然すね~。あ、ども」
「えっと……?」

 覗き込むように首を傾げた樋宮という人とバッチリ目が合う。俺はとりあえず会釈する。

「孝景さんのかわいこちゃんと会えるとか、ツイてます~」

 ニッと歯を見せて笑った彼に対して、孝景さんの横顔は曇っていた。俺は、二人交互に顔を向けながらも、孝景さんの背に隠れて洋服の裾を握る。

「すみません樋宮さん、今は」
「ベッド買いに来たんすか?」
「ええまあ。これから休憩に行こうという所で」

 孝景さんが俺の方へ身体を向けながら答える。その動きに合わせ俺も一歩下がる。

「そうっすかー。また会えたらいいっすね」

 残念そうに肩を落とした樋宮さんが頭を掻いた。

「そうですね。では」
「ってか、首輪とか付けとけばいいのに。何もつけてないとか危ないっすよ」

 俺を隠すように歩き出した孝景さんの背に、立ち止まった樋宮さんが言った。

「さ、行きましょう」

 耳元でグっと、孝景さんの喉が鳴る。
 だけど、淡々とした声でそれだけ言うと、大きな手で俺の背中を押す。




 俺たちは家具フロアを出て、一階に繋がる階段を下った。
 降りるとその先に、併設された小さなカフェの看板がある。

「……凪咲なぎささん、すみません」
「ええと、謝らないでください」

 カフェへ入り、二人用の席に座る。
 店内は家具フロアと違ってレトロなデザインになっている。テーブルや椅子も空間に合わせられ、木製の上品な雰囲気がした。

 孝景さんは俯いたまま、細長いメニューを開くとココアを2つ注文した。

「孝景さんもココアでよかったんですか? 俺に合わせなくても……」
「甘いものを飲みたくなったので」
「……そうですね」

 俺は溜まっていた息を吐く。
 合わせるように孝景さんも一度大きく深呼吸していた。

「嫌な思いをさせてすみません。彼は樋宮ひみやといって、新しい職場の同僚です。悪い人ではないのですが……いかにもαという感じで」
「全然。変なこと言われたわけではないし」

 軽く笑ってみせるが、彼は納得できなさそうに眉をひそめる。
 そのうちトレイにカップを二つ乗せた店員が、テーブルの上にココアを置いていった。カチャリと小さな食器の音と、湯気の立ったココアの表面が揺れている。

「孝景さん、その……確かに俺がネックガードも何もしていないのは危険、かも」
「しかし私には」
「外に行くとき、ずっと一緒に居てくれるから気付かなかったけど。そろそろ俺もΩらしいことしないとな、なんて」
「Ωらしいなんて……私は、今の凪咲さんのままで十分です」

 孝景さんの声は少しだけ力がこもっていた。

 それを聞いて俺は何度も頷くだけで精一杯だ。
 机の上をぼんやり見ながら沈黙していると、彼は静かにカップを口元で傾ける。

「ココア、美味しいです。凪咲なぎささんも冷めないうちに」
「そ、そうですね」

 同じようにカップを手に取ると一口飲んでみる。
 口に広がる甘さに、段々と肩の力が抜けていった。

「本当だ、甘い」

 両手にカップを持ったまま、微笑みをつくる。
 すると向かい側の彼が、目を細めて優しい笑みを浮かべた。

「あ、孝景さんやっと笑ってくれた」
「……」
「俺、こんな風に言ってもらえるの嬉しいです。父さんの言う通り生きてたら、こうしてココアも飲めなかったし」

 孝景さんは唇を開きかけたけど、そのまま飲みこむように口をつぐむ。少しそうしていると、やっと答えるように呟いた。

「私が守ると、言いましたから」

 雑音の中でも、言葉はしっかりと俺の耳に届いた。
 耳に残る低くて優しい声。

 彼は言い終えると顔を横に向けて、店内に視線を移す。顔をそらしているが、首から上がほのかに赤くなっていた。

「はい」

 返事をすると口内に残るチョコレートのような香りと、孝景さんの香りが鼻孔をくすぐる。



 そのまま二人でぼんやりしていると、思い出したように孝景さんが話した。

「し、しかし、無防備なのは危険ですよね……ネックガードは防犯だと思って、あとは首に付ける物以外で、番の印を考えておきます」
「確かに、何か印がほしいかも。せっかく一緒に住めるようになったし」
「っ……飲み終わったら、とりあえず先ほどの階に戻りましょう。宅配できるみたいなので、注文を」
「? そうですね。楽しみだなぁ」

 孝景たかかげさんはまた顔を反らし、カップに残ったココアを飲む。

 俺はそんな彼の前で、ちょっとだけゆっくり自分のココアを飲んだ。
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