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第1章「明人の本音」
第1章 9
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明人はうっすらと目を開ける。……ここは、どこだろう。見慣れない天井だ。僕、何してたっけ。あれぇ、明歌と隼優の顔が見える……そしてもう一人……
「──加納さん……どうしたんですか……」
「ああ、いや、出張かな」
「……兄さん!!」
明歌は明人が目を覚ましたのを見て泣き出した。それを見て明人はオロオロする。
「め、めいか……泣かないで」
「おまえがいつまでも寝てるからだ」隼優は嬉しさを隠そうとしてぷいっと横を向く。
「僕、そんなに寝てた?」
「ああ、寝だめでもしてるのかと思ったぞ」
加納が席を立った。
「隼優、看護師さんを呼んで。私はご両親に連絡する」
廊下へ出て階下へ向かう加納に隼優が呼びかけた。
「大先生!」
「ん?」
「明人を助けてくれてありがとう」
「……隼優。彼はもう目が覚めそうなところだった。少し加速させただけだ。人はね、自分しか自分を助けられない。手伝うことはできてもね。そしてその役割は君が適任だ。私がこれ以上手を出せば世界の均衡が崩れる」
「俺が……?」
「それはまた今度話そう。君たちの絆は想像以上に強いということだ」
厳重な警戒の下、久しぶりに学校へ登校した明歌には、連日テレビを見て大騒ぎの同級生たちがかわるがわる話しかけていた。高校に上がってからは明歌が歌うことはなく、病気で長期の休みに入っていたこともあり、クラスでは地味な存在だった。今回の事件で明歌の存在は世界中に知られることとなった。
しかし、なぜかメディアに横やりが入り、数週間のうちに明歌たち周辺の騒々しさは沈静化した。
明人が目を覚ましてから、鹿屋家の両親はまた働き出した。明乃はパートに出ていたので、仕事帰りに必ず明人を見舞った。
右手の傷がほぼふさがった隼優もバイトを再開し、日によっては明人の病室に泊まりこんだ。
「隼優、大学行きなよ~僕はもう大丈夫だからさぁ」
「俺はずっとおまえが起きるのを待ってたんだ。好きにしたっていいだろ」
「僕といっしょに留年でもする気? 余計金かかるじゃん」
「そうだよなぁ。親父は小金持ちだけど、旅費代がハンパじゃねぇし……」
「ねぇ、小金持ちってどういう意味?」
「大金じゃないけど、動かせる金はあるって意味だよ」
「フフっ、それ隼優の決めた定義だろ」明人は久しぶりに隼優の屁理屈を聞いて笑った。
その日、約一か月ぶりにたくみを除く事務所のメンバー全員が集まった。
明歌はコーヒーを入れてから、デスクで作業をしている海里と誠、ソファに座っている加納と隼優にそれぞれのマグカップを運んだ。
「ありがとう。明歌ちゃんもそこに座って」
明歌は隼優の隣に座った。
「全員、作業を止めて聞いてほしい。ほぼ欧州音研との交渉は完了している」
「フロランタンはどこへ消えたんですか」誠が加納に聞いた。
「残念ながらそっちは追跡中だ。だが、見つからないだろう。おそらく彼らが隠したと考えるのが妥当だ」
「じゃあ、やつらは明歌をあきらめてないな。スケート場でもおかしなことを言ってたし……」
「そう、あれは気になるよねぇ。明歌ちゃんが自らあっちへ赴くだろう、って」
誠が隼優に同意する。
「め、めいかちゃーん、どこへも行かないでよ!僕、泣いちゃうからね!」
「海里って兄さんみたいなこと言う」明歌はくすくす笑った。
「明人はこんな女々しくないぞ」隼優が反論する。
加納は話を進めた。
「フロランタンについては下部組織の者であり、無理に連れていこうとしたのも勝手な判断だったということだ。これは全て嘘だろう。政治家がよく使う手だ」
加納は欧州音研側の弁護士が用意した資料を開いた。
「あっちは明人君の入院代もこれからの活動資金も全て賠償すると言ってきている」
「じゃあ、とりまくったらいい」隼優は明人に傷を負わせた怒りを露わにする。
「それが鹿屋さんは受け取らないと言っているんだ。まぁ私が親でもそう言うけどね。とっととそんな怪しげなところとは縁を切りたいし」
「父はちょっと単純なところがあって……そういう交渉とか疎いと思う……」
加納は苦笑する。
「不思議な人だね。あれでからくり箪笥の名人なんだから」
隼優が真剣な眼差しを向ける。
「……やつらは何を考えている?」
「今回の件だけに限って言えば、明人君に賠償を続けることで、鹿屋家との縁を切らずにいられる。つまり、明歌ちゃんを遠回しに監視できるということだ」
明歌の表情が緊張し、わずかに手がふるえる。隣に座っている隼優がそれに気づき、明歌の右腕に手を添えた。
「──じゃあ、明人をわざと狙ったと?」
加納は静かにうなずく。誠が席を立ち、明歌の近くまで来て彼女の頭をポンと叩いた。誠も明歌の緊張を感じ取っているが、少しでも安心させたい。
「明歌ちゃんを他社にとられれば、彼らにとってビッグビジネスになるかもしれない機会損失につながる。逆に言えば、彼女の身は安全……でしょ? 加納さん」
「その通りだ。明歌ちゃんに危害が及ぶことはない。もし、彼女が危険にさらされるようなことがあれば、彼らは何としてでも阻止するだろう」
「だが、こんなことになって明歌がなびくなんてことは絶対にない。あいつらの切り札は一体なんだ」
「それは……現時点ではひどく曖昧でね。あとは調べるしかないなぁ」
加納はいつになくエネルギーを消耗するのがわかった。つまり、明人の件と同様、この流れは止められないということか。
欧州音研の所長は今回の件で更迭だが、元々傀儡のようなところがあった。では、背後に誰がいるのか。
ふと、本若の顔が浮かんだ。
師匠なら、どうするだろうか……
「──加納さん……どうしたんですか……」
「ああ、いや、出張かな」
「……兄さん!!」
明歌は明人が目を覚ましたのを見て泣き出した。それを見て明人はオロオロする。
「め、めいか……泣かないで」
「おまえがいつまでも寝てるからだ」隼優は嬉しさを隠そうとしてぷいっと横を向く。
「僕、そんなに寝てた?」
「ああ、寝だめでもしてるのかと思ったぞ」
加納が席を立った。
「隼優、看護師さんを呼んで。私はご両親に連絡する」
廊下へ出て階下へ向かう加納に隼優が呼びかけた。
「大先生!」
「ん?」
「明人を助けてくれてありがとう」
「……隼優。彼はもう目が覚めそうなところだった。少し加速させただけだ。人はね、自分しか自分を助けられない。手伝うことはできてもね。そしてその役割は君が適任だ。私がこれ以上手を出せば世界の均衡が崩れる」
「俺が……?」
「それはまた今度話そう。君たちの絆は想像以上に強いということだ」
厳重な警戒の下、久しぶりに学校へ登校した明歌には、連日テレビを見て大騒ぎの同級生たちがかわるがわる話しかけていた。高校に上がってからは明歌が歌うことはなく、病気で長期の休みに入っていたこともあり、クラスでは地味な存在だった。今回の事件で明歌の存在は世界中に知られることとなった。
しかし、なぜかメディアに横やりが入り、数週間のうちに明歌たち周辺の騒々しさは沈静化した。
明人が目を覚ましてから、鹿屋家の両親はまた働き出した。明乃はパートに出ていたので、仕事帰りに必ず明人を見舞った。
右手の傷がほぼふさがった隼優もバイトを再開し、日によっては明人の病室に泊まりこんだ。
「隼優、大学行きなよ~僕はもう大丈夫だからさぁ」
「俺はずっとおまえが起きるのを待ってたんだ。好きにしたっていいだろ」
「僕といっしょに留年でもする気? 余計金かかるじゃん」
「そうだよなぁ。親父は小金持ちだけど、旅費代がハンパじゃねぇし……」
「ねぇ、小金持ちってどういう意味?」
「大金じゃないけど、動かせる金はあるって意味だよ」
「フフっ、それ隼優の決めた定義だろ」明人は久しぶりに隼優の屁理屈を聞いて笑った。
その日、約一か月ぶりにたくみを除く事務所のメンバー全員が集まった。
明歌はコーヒーを入れてから、デスクで作業をしている海里と誠、ソファに座っている加納と隼優にそれぞれのマグカップを運んだ。
「ありがとう。明歌ちゃんもそこに座って」
明歌は隼優の隣に座った。
「全員、作業を止めて聞いてほしい。ほぼ欧州音研との交渉は完了している」
「フロランタンはどこへ消えたんですか」誠が加納に聞いた。
「残念ながらそっちは追跡中だ。だが、見つからないだろう。おそらく彼らが隠したと考えるのが妥当だ」
「じゃあ、やつらは明歌をあきらめてないな。スケート場でもおかしなことを言ってたし……」
「そう、あれは気になるよねぇ。明歌ちゃんが自らあっちへ赴くだろう、って」
誠が隼優に同意する。
「め、めいかちゃーん、どこへも行かないでよ!僕、泣いちゃうからね!」
「海里って兄さんみたいなこと言う」明歌はくすくす笑った。
「明人はこんな女々しくないぞ」隼優が反論する。
加納は話を進めた。
「フロランタンについては下部組織の者であり、無理に連れていこうとしたのも勝手な判断だったということだ。これは全て嘘だろう。政治家がよく使う手だ」
加納は欧州音研側の弁護士が用意した資料を開いた。
「あっちは明人君の入院代もこれからの活動資金も全て賠償すると言ってきている」
「じゃあ、とりまくったらいい」隼優は明人に傷を負わせた怒りを露わにする。
「それが鹿屋さんは受け取らないと言っているんだ。まぁ私が親でもそう言うけどね。とっととそんな怪しげなところとは縁を切りたいし」
「父はちょっと単純なところがあって……そういう交渉とか疎いと思う……」
加納は苦笑する。
「不思議な人だね。あれでからくり箪笥の名人なんだから」
隼優が真剣な眼差しを向ける。
「……やつらは何を考えている?」
「今回の件だけに限って言えば、明人君に賠償を続けることで、鹿屋家との縁を切らずにいられる。つまり、明歌ちゃんを遠回しに監視できるということだ」
明歌の表情が緊張し、わずかに手がふるえる。隣に座っている隼優がそれに気づき、明歌の右腕に手を添えた。
「──じゃあ、明人をわざと狙ったと?」
加納は静かにうなずく。誠が席を立ち、明歌の近くまで来て彼女の頭をポンと叩いた。誠も明歌の緊張を感じ取っているが、少しでも安心させたい。
「明歌ちゃんを他社にとられれば、彼らにとってビッグビジネスになるかもしれない機会損失につながる。逆に言えば、彼女の身は安全……でしょ? 加納さん」
「その通りだ。明歌ちゃんに危害が及ぶことはない。もし、彼女が危険にさらされるようなことがあれば、彼らは何としてでも阻止するだろう」
「だが、こんなことになって明歌がなびくなんてことは絶対にない。あいつらの切り札は一体なんだ」
「それは……現時点ではひどく曖昧でね。あとは調べるしかないなぁ」
加納はいつになくエネルギーを消耗するのがわかった。つまり、明人の件と同様、この流れは止められないということか。
欧州音研の所長は今回の件で更迭だが、元々傀儡のようなところがあった。では、背後に誰がいるのか。
ふと、本若の顔が浮かんだ。
師匠なら、どうするだろうか……
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