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第1章「明人の本音」
第1章 10
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数日後、加納は明人の見舞いに病室を訪れた。
「加納さん……明歌を助けてくださってありがとうございました」
「私は連れていこうとしていた者を止めただけだ。──隼優のことは聞いてるかい?」
明人は視線を落とした。
「……ええ。僕が倒れた時点で正気を失ったと。あれだけ冷静な隼優が僕のことなんかでおかしくなるなんて意外でした」
「果たしてそうかな」
明人の表情が陰る。加納は席を立ち、窓際へ行くと外を眺めた。
「隼優が明歌ちゃんを慕っているのは知ってるね」
「ええ。でもずっと彼を牽制してきました。隼優は勇敢ですけど、明歌はあの力のせいで毎日おびえて生きていました。それが不憫でならなかった。これ以上、彼女を危険にさらしたくなかったんです。そのためには隼優を必要以上に近づけないようにしなければならなかった。加納さんもご存じのように彼は敵が多いですからね」
「でも、君のようなあまり裏表のない性格では、ストレスが大きかっただろう」
「想像以上でした。僕は、二人にこの先も仲良くいてほしいと思っていたから、なんでこんな混乱した状況になってしまったのか、自分の行為は間違っているんじゃないかと、日々苦しむようになりました。明歌が元気になってきた時、もう二人のことは流れにまかせようと考えも変わってきて」
「君はある意味で、稀有なほど愛情深い」
「僕が? 二人を邪魔していた僕のどこが愛情深いんですか」
「なぜなら今回の事件は全て、君が君自身を罰したことから起こっているからだ」
明人は目を見開いた。
「信じられないだろう。だが、ほとんどの人間は自分が自分を罰することで世の中と折り合いをつけていることに気づかない。全ての出来事は外からやってくるものだと思っている。確かに欧州音研は今のところ厄介な機関として存在してはいるが、私たちの根底にある意識が変わっていくと、現在の事態は驚くほど変化していくのがわかるだろう」
明人は両手で頭をつかみ、顔に苦悩の色を浮かべた。
「僕は……いつか隼優が斃れるんじゃないかと不安なんです。隼優のあの力は……諸刃の剣だ。強くなればなるほど、強大な何かが出現するような感じがしてしまう」
加納は意外そうな目で明人を見た。
「──驚いたな。君がそこまで気づいているとは正直、予想外だった。普通は逆に考えるものだ。つまり、強くなれば怖いものなどないとね。彼は強くならなければ明歌ちゃんを守れないと思っている」
「じゃあ、隼優はこれからも力に頼って生きていくんでしょうか」
「君も知っているだろうが、隼優は元々そういうタイプではないはずだ。そのきっかけとなったのはおそらく明歌ちゃんだろうが、本人がそのことに気づけば力に頼る生き方は自然と影をひそめるよ。そうして力を手放した時、彼の前から敵はいなくなる」
「明歌が……きっかけ?」
「私がそのきっかけも見ることはできるが、霊能力は乱用できないんだ。人々の人生を左右するからね。でも心配ない。なぜ目の前に敵がいるのか気づく時が来るだろう」
加納はずっと伝えられなかったことを明人に話し始めた。
「君は、しばらく明歌ちゃんをあきらめることだ」
「あきらめる?」
「君の人生は明歌ちゃんを中心に回っている。君の心は君自身を見ていない。そのまま人生を送り続ければ、どこかで精神に異常をきたしてもおかしくはない状況だ」
「僕が明歌を中心に生きることは間違っていると?」
「人生に間違いなんてものはないよ。ただ、君が動けなくなった理由のひとつはそれだ。自分が動けなくなれば、明歌ちゃんを自由にできる。君は自分が明歌ちゃんの自由を制限したことに罪悪感を感じているし、隼優が明歌ちゃんのために力を使い果たして斃れることを恐れている。君は隼優が力を持ってしても守れないことがあると気づかせるために、彼らを利用して自分を傷つけたんだよ」
「そんな……それが僕の気づけなかった無意識だと?」
「私は全く身に覚えがないと感じる人間に話をするほど親切ではないから」
そう言って、加納は少し微笑んだ。
「──どうかな。間違っているかい?」
「……いいえ。腑に落ちました。」
明人は肩の荷が下りたような感じがしている。
「なんだか……すっきりした気分です」
「心配するな。ここまで気づけば、君は近いうちにリハビリを始めるまでに回復する」
「加納さん、お願いがあります……明歌のこと……」明人の目から涙があふれた。
「いいよ、言わなくてもわかってるから……」
加納が事務所へ戻った後、しばらくして事務所へたくみがやって来た。
「あれ? 今日はあっちへ行ってなくていいの?」誠が聞いた。
あっち、とはたくみをこの事務所へ派遣している大元の本社である。たくみは正社員扱いではあったが、加納が通訳の会社から借りてきた、というのが本当のところだ。
「ええ、もうあっちでは僕なんかよそ者です。たまに顔出すと『先輩、何かやらかしましたか?』なんて言うんです。若者がどんどん入ってきちゃってますから」そう言ってたくみは自嘲気味に笑う。海里は肩をすくめた。
「ちょっとたくみぃ~君だって若者じゃん。じじいみたいなこと言わないでよ」
加納が事情を察して話し出す。
「──電話でもよかったのに、わざわざ来たんだね」
「ここなら盗聴の心配はないでしょう? ちょっと噂を聞いて。例の国です」
「国王か。完全に治したはずだが手抜かりでもあった?」
「息子の方です」
「二人いるね。どっち?」
「長男のロイク王子がじかに相談をするため、日本へ来る準備をしていると。スケジュールを調整しているのでまだ先になりそうですが」
「その情報がどうして君に?」
「僕の後輩が彼の側近の通訳に借りだされたからです」
「王子はなんで知らせて来ない?」
「おわかりでしょう。サプライズがお好きだそうで」
「だがこれは仕事だ。彼の大好きなパーティーならともかく」
「ロイク様は加納さんのことをただの知り合いだとは思ってませんから。驚かして喜ばそうと思っていらっしゃるのでは?」
「私がそんなことして喜ぶとでも思っているのか。それにしても側近はおしゃべりだな。情報のリークはわざとか」
「──ええ。側近の方もあの王子の自由奔放さにはほとほと困り果てているご様子ですから」
加納は何かが見えているのか目を細めた。
「ああ~なんだか大変だ」
「加納さんがですか?」たくみが不安げに尋ねる。
「いや、君たち全員だ」
めざメンター 第1章 「明人の本音」 END
次回 番外編 「それぞれの出会い」
「加納さん……明歌を助けてくださってありがとうございました」
「私は連れていこうとしていた者を止めただけだ。──隼優のことは聞いてるかい?」
明人は視線を落とした。
「……ええ。僕が倒れた時点で正気を失ったと。あれだけ冷静な隼優が僕のことなんかでおかしくなるなんて意外でした」
「果たしてそうかな」
明人の表情が陰る。加納は席を立ち、窓際へ行くと外を眺めた。
「隼優が明歌ちゃんを慕っているのは知ってるね」
「ええ。でもずっと彼を牽制してきました。隼優は勇敢ですけど、明歌はあの力のせいで毎日おびえて生きていました。それが不憫でならなかった。これ以上、彼女を危険にさらしたくなかったんです。そのためには隼優を必要以上に近づけないようにしなければならなかった。加納さんもご存じのように彼は敵が多いですからね」
「でも、君のようなあまり裏表のない性格では、ストレスが大きかっただろう」
「想像以上でした。僕は、二人にこの先も仲良くいてほしいと思っていたから、なんでこんな混乱した状況になってしまったのか、自分の行為は間違っているんじゃないかと、日々苦しむようになりました。明歌が元気になってきた時、もう二人のことは流れにまかせようと考えも変わってきて」
「君はある意味で、稀有なほど愛情深い」
「僕が? 二人を邪魔していた僕のどこが愛情深いんですか」
「なぜなら今回の事件は全て、君が君自身を罰したことから起こっているからだ」
明人は目を見開いた。
「信じられないだろう。だが、ほとんどの人間は自分が自分を罰することで世の中と折り合いをつけていることに気づかない。全ての出来事は外からやってくるものだと思っている。確かに欧州音研は今のところ厄介な機関として存在してはいるが、私たちの根底にある意識が変わっていくと、現在の事態は驚くほど変化していくのがわかるだろう」
明人は両手で頭をつかみ、顔に苦悩の色を浮かべた。
「僕は……いつか隼優が斃れるんじゃないかと不安なんです。隼優のあの力は……諸刃の剣だ。強くなればなるほど、強大な何かが出現するような感じがしてしまう」
加納は意外そうな目で明人を見た。
「──驚いたな。君がそこまで気づいているとは正直、予想外だった。普通は逆に考えるものだ。つまり、強くなれば怖いものなどないとね。彼は強くならなければ明歌ちゃんを守れないと思っている」
「じゃあ、隼優はこれからも力に頼って生きていくんでしょうか」
「君も知っているだろうが、隼優は元々そういうタイプではないはずだ。そのきっかけとなったのはおそらく明歌ちゃんだろうが、本人がそのことに気づけば力に頼る生き方は自然と影をひそめるよ。そうして力を手放した時、彼の前から敵はいなくなる」
「明歌が……きっかけ?」
「私がそのきっかけも見ることはできるが、霊能力は乱用できないんだ。人々の人生を左右するからね。でも心配ない。なぜ目の前に敵がいるのか気づく時が来るだろう」
加納はずっと伝えられなかったことを明人に話し始めた。
「君は、しばらく明歌ちゃんをあきらめることだ」
「あきらめる?」
「君の人生は明歌ちゃんを中心に回っている。君の心は君自身を見ていない。そのまま人生を送り続ければ、どこかで精神に異常をきたしてもおかしくはない状況だ」
「僕が明歌を中心に生きることは間違っていると?」
「人生に間違いなんてものはないよ。ただ、君が動けなくなった理由のひとつはそれだ。自分が動けなくなれば、明歌ちゃんを自由にできる。君は自分が明歌ちゃんの自由を制限したことに罪悪感を感じているし、隼優が明歌ちゃんのために力を使い果たして斃れることを恐れている。君は隼優が力を持ってしても守れないことがあると気づかせるために、彼らを利用して自分を傷つけたんだよ」
「そんな……それが僕の気づけなかった無意識だと?」
「私は全く身に覚えがないと感じる人間に話をするほど親切ではないから」
そう言って、加納は少し微笑んだ。
「──どうかな。間違っているかい?」
「……いいえ。腑に落ちました。」
明人は肩の荷が下りたような感じがしている。
「なんだか……すっきりした気分です」
「心配するな。ここまで気づけば、君は近いうちにリハビリを始めるまでに回復する」
「加納さん、お願いがあります……明歌のこと……」明人の目から涙があふれた。
「いいよ、言わなくてもわかってるから……」
加納が事務所へ戻った後、しばらくして事務所へたくみがやって来た。
「あれ? 今日はあっちへ行ってなくていいの?」誠が聞いた。
あっち、とはたくみをこの事務所へ派遣している大元の本社である。たくみは正社員扱いではあったが、加納が通訳の会社から借りてきた、というのが本当のところだ。
「ええ、もうあっちでは僕なんかよそ者です。たまに顔出すと『先輩、何かやらかしましたか?』なんて言うんです。若者がどんどん入ってきちゃってますから」そう言ってたくみは自嘲気味に笑う。海里は肩をすくめた。
「ちょっとたくみぃ~君だって若者じゃん。じじいみたいなこと言わないでよ」
加納が事情を察して話し出す。
「──電話でもよかったのに、わざわざ来たんだね」
「ここなら盗聴の心配はないでしょう? ちょっと噂を聞いて。例の国です」
「国王か。完全に治したはずだが手抜かりでもあった?」
「息子の方です」
「二人いるね。どっち?」
「長男のロイク王子がじかに相談をするため、日本へ来る準備をしていると。スケジュールを調整しているのでまだ先になりそうですが」
「その情報がどうして君に?」
「僕の後輩が彼の側近の通訳に借りだされたからです」
「王子はなんで知らせて来ない?」
「おわかりでしょう。サプライズがお好きだそうで」
「だがこれは仕事だ。彼の大好きなパーティーならともかく」
「ロイク様は加納さんのことをただの知り合いだとは思ってませんから。驚かして喜ばそうと思っていらっしゃるのでは?」
「私がそんなことして喜ぶとでも思っているのか。それにしても側近はおしゃべりだな。情報のリークはわざとか」
「──ええ。側近の方もあの王子の自由奔放さにはほとほと困り果てているご様子ですから」
加納は何かが見えているのか目を細めた。
「ああ~なんだか大変だ」
「加納さんがですか?」たくみが不安げに尋ねる。
「いや、君たち全員だ」
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