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その優しさが僕を壊していく
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教室の窓、ほんの少しだけ開けてたせいで、カーテンがゆっくり揺れてた。
5時間目の終わり頃から、ずっと風の音が気になってて、授業なんてあんまり頭に入らなかった。
放課後、いつもより少し早く荷物をまとめて席を立とうとしたとき
「あ、ねえ、もう帰るの?」
振り返ると、いつもの声。
隣の席の彼女。
なんてことない声かけだけど、ちょっと嬉しくなるから不思議だ。
「うん、別に部活ないし。今日はもういいかなって」
「そっか。じゃあさ、一緒に帰ってもいい?」
そう言ってニコッと笑う顔は、昔から変わらない。
幼稚園の頃からずっと一緒にいて、今も同じクラスにいる。
でも最近、あの笑顔を見るたびに、胸の奥がザワッとする。
教室を出て、下駄箱までの廊下。
話すことなんて特にないのに、彼女と並んで歩いてるだけで、少し特別な感じがする。
「ね、ちょっと思ってたんだけどさ」
「ん?」
「湊くんって、最近ちょっと変わったよね。雰囲気?」
不意打ちすぎて、ちょっとだけ歩くスピードが遅くなった。
「前より目合わせてくれるようになったし、話すときの声も柔らかくなった気がする」
彼女はそう言って笑ったけど、なんだかその笑い方が、少しだけ寂しそうに見えた。
それがなぜか気になって、言葉が返せなくなった。
……あの笑顔が、もし他の誰かのものになったら。
そんなの、ちょっと耐えられないなって思った。
あれから数日が経った。
帰り道に一緒に歩くのが、なんとなく日課になりつつある。
いつものように昇降口で彼女を待っていたら、廊下の向こうから声が聞こえた。
「えー、マジ?じゃあ今度その店一緒に行こうよ」
「いいよー、また今度クラスのみんなで行く計画立てよー」
彼女の声だった。笑ってた。
それ自体は別に、よくあること。だけど──
隣にいたのは、僕じゃない男子だった。
彼女とよく喋ってる、クラスの中心にいるような明るいタイプのやつ。
なぜか、胸の奥がグッと詰まった。
「なんであんなに楽しそうなんだろう」とか、
「僕のときと笑い方が違う気がする」とか、
そんなことばっかり考えてた。
帰り道、彼女は何も変わらず隣を歩いてくれた。
だけど、僕はなんとなく目を合わせられなかった。
「……湊くん、なんかあった?」
「……いや、別に」
自分でも情けないくらい、声がうまく出なかった。
嫉妬してる?って自分で思って、ちょっと笑いそうになった。
いや、笑えなかった。
その夜、ベッドの中でスマホをいじっていたら、インスタの通知がふと目に入った。
彼女が投稿していた。
投稿の1枚目は、友達と撮ったプリクラの写真。
2枚目には、カフェで笑ってる彼女の自撮り。
キャプションには「放課後最高✨ またこのメンツで行きたいな」って書かれてて、
コメント欄には「かわいい~」「え、天使かよ」「誰が撮ったの笑」とかが並んでる。
僕はその中に、一つだけ気になるアカウント名を見つけた。
それは、昼間彼女と話してた男子のアカウントだった。
その男がこうコメントしていた。
「次は俺も混ぜてな?笑」
……胸の奥が、キュッと詰まった。
コメントを打ちかけて、消した。
いいねを押そうとして、やめた。
彼女の世界に、僕以外の誰かが普通に入ってきてることが、なぜか許せなかった。
その数日後僕らはいつものように帰り公園に寄り道した。
「ここ、こんなに静かだったっけ」
彼女がベンチに座りながら、空を見上げた。
公園の遊具は誰も使ってなくて、すべり台の影が長く伸びていた。
夕焼けがにじむ空。風が木の枝をさらさらと揺らす音だけが、耳に残っている。
「あんまり、こういうとこ来ないから新鮮」
僕は隣に座りながら、足元の砂をつま先でなぞっていた。
「よかった、来てくれて」
「誘ってくれたの湊くんでしょ。断る理由ないし」
彼女の言葉は何でもないようなものなのに、胸が少しだけ熱くなる。
「最近、なんか考えごと多くない?」
「……そう見える?」
「うん。目がどこか遠く見てるとき、ある」
僕は返事をする代わりに、少しだけ目をそらした。
「……たぶん、僕って弱いんだと思う」
「弱い?」
「誰かに優しくされると、それだけで勘違いしてしまう。
それが自分だけに向けられたものだと思い込んでしまう」
彼女はしばらく黙っていた。
でもそのあと、そっと声を落として言った。
「それって、ダメなことかな」
僕は少し驚いて彼女の方を見た。
「優しさが嬉しいって思える人の方が、ずっとまっすぐだと思うよ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥でなにかが揺れた。
僕はゆっくりとうなずいた。
だけど、もうひとつの感情が喉元までせり上がっていた。
言葉にしてしまえば、きっと壊れてしまうような気がして。
僕は、何も言えなかった。
ただ、隣にいる彼女の横顔を、風の中でずっと見つめていた。
ほんの少し、寂しそうに見えた。
それから一日が経っただけなのに、季節が変わったような気がした。
今日もまた、同じ時間、同じ公園。
昨日より少し肌寒くて、彼女はカーディガンの袖を手のひらで包んでいた。
「来てくれて、ありがとう」
「……うん。なんか、昨日のまま帰るの嫌だった」
ベンチに並んで座る。
沈黙が長く続いた。だけど昨日とは違って、その沈黙には言葉よりも重たい何かがあった。
僕はゆっくりと口を開く。
「昨日、言えなかったことがあるんだ」
彼女は何も言わず、僕の方を見つめていた。
「君のことを思うと、嬉しくて、苦しくて……
それがどんどん膨らんで、もう普通じゃいられなくなっていく」
手が震えていた。心臓の音が、体の内側から鳴り響いている。
「ごめん、君を苦しめるかもしれないってわかってる。
でもそれでも、伝えなきゃって思ったんだ」
少し息を吸って、ゆっくり吐き出す。
「ねえ、真の愛ってどんなものか知ってる?」
「それはね……
どんな時もその人のことを考えて、時折、殺したくなってしまうようなもののことを言うんだよ」
風が止んだような気がした。
彼女はすぐには何も言わなかった。
でも、逃げもしなかった。
「……こわいよ」
彼女がそう言った声は、かすれていた。
「うん、僕も怖いよ。でも、君だけなんだ。
こんな気持ちを抱えてしまっても、そばにいてほしいと思えるのは、君だけなんだ」
僕はそっと、彼女の手の先に手を伸ばした。
指先が少しだけ触れる。
夕陽が地平線に沈みかけていて、公園全体が茜色に包まれていた。
世界は、静かに夜へと変わろうとしていた。
それでも、僕の中にはまだ、終わらない何かが灯っていた。
5時間目の終わり頃から、ずっと風の音が気になってて、授業なんてあんまり頭に入らなかった。
放課後、いつもより少し早く荷物をまとめて席を立とうとしたとき
「あ、ねえ、もう帰るの?」
振り返ると、いつもの声。
隣の席の彼女。
なんてことない声かけだけど、ちょっと嬉しくなるから不思議だ。
「うん、別に部活ないし。今日はもういいかなって」
「そっか。じゃあさ、一緒に帰ってもいい?」
そう言ってニコッと笑う顔は、昔から変わらない。
幼稚園の頃からずっと一緒にいて、今も同じクラスにいる。
でも最近、あの笑顔を見るたびに、胸の奥がザワッとする。
教室を出て、下駄箱までの廊下。
話すことなんて特にないのに、彼女と並んで歩いてるだけで、少し特別な感じがする。
「ね、ちょっと思ってたんだけどさ」
「ん?」
「湊くんって、最近ちょっと変わったよね。雰囲気?」
不意打ちすぎて、ちょっとだけ歩くスピードが遅くなった。
「前より目合わせてくれるようになったし、話すときの声も柔らかくなった気がする」
彼女はそう言って笑ったけど、なんだかその笑い方が、少しだけ寂しそうに見えた。
それがなぜか気になって、言葉が返せなくなった。
……あの笑顔が、もし他の誰かのものになったら。
そんなの、ちょっと耐えられないなって思った。
あれから数日が経った。
帰り道に一緒に歩くのが、なんとなく日課になりつつある。
いつものように昇降口で彼女を待っていたら、廊下の向こうから声が聞こえた。
「えー、マジ?じゃあ今度その店一緒に行こうよ」
「いいよー、また今度クラスのみんなで行く計画立てよー」
彼女の声だった。笑ってた。
それ自体は別に、よくあること。だけど──
隣にいたのは、僕じゃない男子だった。
彼女とよく喋ってる、クラスの中心にいるような明るいタイプのやつ。
なぜか、胸の奥がグッと詰まった。
「なんであんなに楽しそうなんだろう」とか、
「僕のときと笑い方が違う気がする」とか、
そんなことばっかり考えてた。
帰り道、彼女は何も変わらず隣を歩いてくれた。
だけど、僕はなんとなく目を合わせられなかった。
「……湊くん、なんかあった?」
「……いや、別に」
自分でも情けないくらい、声がうまく出なかった。
嫉妬してる?って自分で思って、ちょっと笑いそうになった。
いや、笑えなかった。
その夜、ベッドの中でスマホをいじっていたら、インスタの通知がふと目に入った。
彼女が投稿していた。
投稿の1枚目は、友達と撮ったプリクラの写真。
2枚目には、カフェで笑ってる彼女の自撮り。
キャプションには「放課後最高✨ またこのメンツで行きたいな」って書かれてて、
コメント欄には「かわいい~」「え、天使かよ」「誰が撮ったの笑」とかが並んでる。
僕はその中に、一つだけ気になるアカウント名を見つけた。
それは、昼間彼女と話してた男子のアカウントだった。
その男がこうコメントしていた。
「次は俺も混ぜてな?笑」
……胸の奥が、キュッと詰まった。
コメントを打ちかけて、消した。
いいねを押そうとして、やめた。
彼女の世界に、僕以外の誰かが普通に入ってきてることが、なぜか許せなかった。
その数日後僕らはいつものように帰り公園に寄り道した。
「ここ、こんなに静かだったっけ」
彼女がベンチに座りながら、空を見上げた。
公園の遊具は誰も使ってなくて、すべり台の影が長く伸びていた。
夕焼けがにじむ空。風が木の枝をさらさらと揺らす音だけが、耳に残っている。
「あんまり、こういうとこ来ないから新鮮」
僕は隣に座りながら、足元の砂をつま先でなぞっていた。
「よかった、来てくれて」
「誘ってくれたの湊くんでしょ。断る理由ないし」
彼女の言葉は何でもないようなものなのに、胸が少しだけ熱くなる。
「最近、なんか考えごと多くない?」
「……そう見える?」
「うん。目がどこか遠く見てるとき、ある」
僕は返事をする代わりに、少しだけ目をそらした。
「……たぶん、僕って弱いんだと思う」
「弱い?」
「誰かに優しくされると、それだけで勘違いしてしまう。
それが自分だけに向けられたものだと思い込んでしまう」
彼女はしばらく黙っていた。
でもそのあと、そっと声を落として言った。
「それって、ダメなことかな」
僕は少し驚いて彼女の方を見た。
「優しさが嬉しいって思える人の方が、ずっとまっすぐだと思うよ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥でなにかが揺れた。
僕はゆっくりとうなずいた。
だけど、もうひとつの感情が喉元までせり上がっていた。
言葉にしてしまえば、きっと壊れてしまうような気がして。
僕は、何も言えなかった。
ただ、隣にいる彼女の横顔を、風の中でずっと見つめていた。
ほんの少し、寂しそうに見えた。
それから一日が経っただけなのに、季節が変わったような気がした。
今日もまた、同じ時間、同じ公園。
昨日より少し肌寒くて、彼女はカーディガンの袖を手のひらで包んでいた。
「来てくれて、ありがとう」
「……うん。なんか、昨日のまま帰るの嫌だった」
ベンチに並んで座る。
沈黙が長く続いた。だけど昨日とは違って、その沈黙には言葉よりも重たい何かがあった。
僕はゆっくりと口を開く。
「昨日、言えなかったことがあるんだ」
彼女は何も言わず、僕の方を見つめていた。
「君のことを思うと、嬉しくて、苦しくて……
それがどんどん膨らんで、もう普通じゃいられなくなっていく」
手が震えていた。心臓の音が、体の内側から鳴り響いている。
「ごめん、君を苦しめるかもしれないってわかってる。
でもそれでも、伝えなきゃって思ったんだ」
少し息を吸って、ゆっくり吐き出す。
「ねえ、真の愛ってどんなものか知ってる?」
「それはね……
どんな時もその人のことを考えて、時折、殺したくなってしまうようなもののことを言うんだよ」
風が止んだような気がした。
彼女はすぐには何も言わなかった。
でも、逃げもしなかった。
「……こわいよ」
彼女がそう言った声は、かすれていた。
「うん、僕も怖いよ。でも、君だけなんだ。
こんな気持ちを抱えてしまっても、そばにいてほしいと思えるのは、君だけなんだ」
僕はそっと、彼女の手の先に手を伸ばした。
指先が少しだけ触れる。
夕陽が地平線に沈みかけていて、公園全体が茜色に包まれていた。
世界は、静かに夜へと変わろうとしていた。
それでも、僕の中にはまだ、終わらない何かが灯っていた。
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